通信事業者の位置データは、地方自治体が観光振興や防災のために利用することが多かった。その既成概念を超える「売り上げ増」に直結させるデータ活用が今後は広がりそうだ。ソフトバンク子会社のAgoop(東京・渋谷)は、スマホのセンサーでユーザー行動を詳細に捉えるサービスの準備を進める。
「暑いなあ。もうへとへとだ」。ある夏の午後。出先でプレゼンを終え、最寄り駅への坂道を上る途中で、何気なくスマホを手に取った。「お疲れのようですね。冷たいアイスコーヒーはいかが」。タイミングよくメッセージが現れた。「今なら50円引き」というクーポンも付いている。道路の脇に目を向けると、その喫茶店がある。「ちょうど休憩したかったんだ」とドアを開けて中に入った。
そんな位置データ活用の将来像を語るのは、Agoop社長兼CEOの柴山和久氏だ。位置に合わせて広告やクーポンを配信するジオターゲティングの手法は以前からあった。違いは、ユーザーの行動や状態に合わせて配信すること。ゆっくり歩いているのか、早足なのか。ベンチに座っているのか、バスやタクシーに乗っているのか。移動の状況を捉えることで「疲れていて、そろそろ休憩がしたいかという状態まで把握できる」(柴山氏)。
冒頭の例では、急ぎ足の人に休憩しましょうといっても、効果は薄い。ゆっくり歩いていて、疲れていそうな人に集中してクーポンを配信することで、来店率の向上につながる。「単に人流データを販売するだけでは、(差異化ができず)安く売るだけになる」(柴山氏)という危機感がある。だからこそ、データに位置以上の付加価値を持たせ、行動分析による「タイミング×リコメンド」を実現するサービスを構築する。現在は実証実験を進めており、2019年度中に実サービスの展開をにらむ。
月間210億件のログを収集
なぜユーザーの行動を把握できるのか。ユーザーそれぞれのスマホが備えるGPS(全地球測位システム)のセンサーで、誤差数メートルの位置情報が分かるからだ。
Agoopはラーメン情報アプリ「ラーメンチェッカー」や、周辺の混雑状況が分かるアプリ「混雑マップ」などを提供している。そのアプリの利用者から事前の許諾を得たうえで、GPSの位置情報を取得している。それ以外にも、海外を含む第三者のソフトウエア開発者が手掛ける多数のアプリからもデータを得ている。Agoopによると、全世界249の国と地域から、月間210億件のログを収集しているという。
こうした人の移動にまつわる「人流」データを使えば、時間帯別にどれだけ多くの人がいるか分析でき、出店計画や広告戦略に利用できる。
さらにスマホはセンサーの塊だ。加速度や角速度の情報を分析すれば、ユーザーの動作が分かる。高度で、高層ビルの中にいることも分かる。最近は気圧センサーが付いている機種も多い。台風が来た時など気候に関する分析に利用できる。Agoopはこうした複数のセンサー情報を組み合わせることで、ユーザーの状況や行動の様子を把握し、人流データの価値を高めようとしている。
AIの活用で処理をリアルタイムに
ユーザーの状況を瞬時に把握し、即座に広告やクーポンを配信するには、リアルタイムの情報処理が必要となる。Agoopでは、情報分析にAI(人工知能)を活用することで処理速度を高めている。まずは多数のユーザーから取得したデータで、急激な値の落ち込み、トレンド転換などをディープラーニング(深層学習)により分析する。察知した変化の原因が何かは、これまでの解析ノウハウで作り上げた機械学習のモデルを使って判断する。現在の人流データは「3分のタイムラグで表示できる」(柴山氏)という態勢を整えている。AIを高度化することで、タイムラグ短縮を目指す。
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