P&G時代につかんだ「競合と競争しないマーケティング」

 山形氏が、キリンビールで最初に手掛けたのは、17年の「一番搾り」のリニューアル。縮小するビール市場で30年の歴史があるロングセラー商品をどう伸ばすのか。彼が選んだ戦い方は、非常にシンプルだった。「ビールっておいしい」という体験を素直に伝えたのだ。

 この成功の法則は、山形氏がP&Gでシャンプーブランドの「パンテーン」でとった戦略を振り返るとよく分かる。

 「消費財とビールは一見遠いように思えますが、似た業界構造なんです。つまり新規参入が少なく、競合が限られている。そのなかでやってしまいがちなのは、競合他社との比較を打ち出すことに躍起になってしまうこと。『A社の商品よりも優れている』ということを言わんとするあまり、お客さんが本当に欲していることから離れてしまうことがあるんです」

 例えばパンテーンの場合、商品のコンセプトは「輝く髪」。他社商品よりもいかに輝くのか、前回がシルクのように輝くとうたったから、今度はダイヤモンドだろうか……といった状態で、どんどん発想が狭くなっていた。

 そこで考えたのは、「お客様はシャンプーに何を求めているのか」ということ。おのずと出てきた答えは、ダメージを補修して以前のいい状態をキープしたいという実利的なニーズだった。そこで、ダメージケアの発想を打ち出し、洗い流さないトリートメントなどの開発に力を入れた結果、数パーセントだったシェアは10倍にもなった。

 ビール業界でも同じ発想で考えたリニューアルの結果、一番搾りは歴代シリーズ最高売り上げを達成した。

 「競合商品がコクと旨味をうたっているなら、キレを追加したらどうか……などと、競合他社を見て売り方を考えていると、それは本当にお客様が求めている価値とは離れてしまう。そんなにお客様は、他社との味の微細な差を求めているんだろうか。キリンビールはビールの本流をつくってきた会社です。その会社が自信を持って、ビールっておいしいんだと打ち出し、お客様がそう感じる体験をもっと増やすことが先決だと考えたんです」

 商品群を縦軸と横軸に分けてプロットする、四象限マトリクスのマーケティング手法も否定した。

 「市場を4つに分割してブランドポジションを分析し、この分野に競合商品がなく空いているといいというのは、社内の書類を書くには都合がいい論理。しかしそれではお客様のニーズは理解できません。同じカテゴリーの商品でも、売れるものとそうじゃないものがあり、その違いが何かを見つけることが大事なんです」