※日経トレンディ 2019年6月号の記事を再構成

芥川賞・直木賞と同日に発表される「新井賞」。たった1人の書店員が勝手に選ぶ賞にもかかわらず、第1回の受賞作は当時働いていた店で直木賞受賞作を超える売り上げとなった。さらに、大手チェーンも食いついて、新井賞コーナーを設ける広がりを見せる。その原点には、直木賞受賞を逃した作品への、「この本に関してだけは引けなかった」という強い決心があった。

書店員
新井見枝香

1980年、東京生まれ。アルバイトから、契約社員を経て、三省堂書店の正社員となる。独自に設立した文学賞「新井賞」は、芥川賞・直木賞と同日に発表。自らもエッセーを3冊上梓している。5月からHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEに勤務する

『勝手に面白い本を選ぶ「新井賞」
直木賞受賞作より売れることもあった』

 芥川賞・直木賞より売れる文学賞がある。書店員の新井見枝香氏が、半年で一番面白かった本をたった1人で“勝手に”選ぶ「新井賞」だ。芥川賞・直木賞と同日に発表するが、あくまで独断のため、著者に受賞の連絡をすることはない。

直木賞受賞を逃した作品を売る苦肉の策

 2014年度上半期、記念すべき第1回の受賞作となったのは、『男ともだち』(千早茜著・文藝春秋)だ。「直木賞候補作の中で、自分は飛びぬけて面白いと思ったのに受賞しなかった」。芥川賞・直木賞が発表されれば、書店の棚は受賞作で埋め尽くされる。当然、候補作は下げなければならないが、「この本に関してだけは引けなかった」。直木賞受賞作と同列に扱う決心をした。

 そこで、目を付けたのが本の帯だ。「直木賞受賞作」に対して、「候補作」では弱い。そこで、自分の名前を冠した「新井賞」の手書き帯を苦肉の策として巻き、真剣度を伝えようとしたのが始まりだった。

 結果、当時在籍していた三省堂書店有楽町店では、直木賞受賞作を超える売り上げを見せたという。以来、芥川賞・直木賞の発表同日に「新井賞」を発表する、異色の文学賞がスタートした。

 新井賞の選考方法は極めてシンプルだ。「普段は全く賞のことは考えず本を読む」と言い、発表の時期直前に「一番面白かった本は何か」と問いかけ、ぱっと浮かんだ1冊を発表する。「候補作とは選ぶ側が複数いる場合に必要となるもの。個人で選ぶなら、迷った時点でもう一番ではない。思いつかなければ該当なしでいい」というポリシーが、そこにはある。

 これまでの受賞作には、第3回『朝が来る』(辻村深月著・文藝春秋)、第8回『ののはな通信』(三浦しをん著・KADOKAWA)など有名作家のものから、後に映像化した第2回『イノセント・デイズ』(早見和真著・新潮社)など、知名度の低かった作家のものまである。何と漫画作品である『ダルちゃん』(はるな檸檬著・小学館)も受賞。新井氏本人も「新井賞が小説じゃなきゃいけないなんて誰が決めたよ」とツイッターに投稿し、予測できないラインアップが、本好きの心をつかんでいる。

買ってくれる固定ファンがいる

 しかし、なぜ一介の書店員が発表する賞にこれだけの注目が集まるのか。第1回の開催当時から、新井氏には固定ファンがいた。常連客に話しかけ、的確な本を薦めることを自分に課していた新井氏のアドバイスは鋭い。わざわざ遠くから足を運んでくれる人もいた。新井賞を開催しても、「何人かは絶対に買ってくれるだろうというある程度の勝算はあった。何も実績がないまま挑んでいたら、絶対に成果は得られなかった」。

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