※日経トレンディ 2019年6月号の記事を再構成
埼玉県への“ディスり”を笑いに変えながら、県民の共感を得ることに成功した映画『翔んで埼玉』。当事者である埼玉県民に受け入れられるには、ディスりを絶妙なさじ加減で成立させる必要があった。この難問に対し、プロデューサーの若松央樹氏が出した答えは、徹底的なディティールの追求だった。
若松央樹
1968年生まれ。早稲田大学卒業後、日本テレビを経てフジテレビ入社。2018年に現職である編成局映画事業センター映画制作部 制作担当部長に就任。過去手掛けた作品に、「電車男」「のだめカンタービレ」「風のガーデン」「最後から二番目の恋」『帝一の國』など
『面白い題材は「リアリティー」があって最大限生きる
マスを狙う精神が、超ローカル映画を全国区にした』
海も無い、空港も無い、他県民がうらやむ観光名所も無い――。埼玉県民が抱く劣等感を徹底的に突き、笑いに変えた異色映画『翔んで埼玉』。2019年2月22日に封切りされるや否や口コミが広がり、4月中旬には興行収入33億円突破する快挙を成し遂げた。
原作は、1982年に発表された摩耶峰央による未完の同名漫画。2015年に復刊され、60万部以上を売り上げたヒット作だ。これを、『のだめカンタービレ』でもコンビを組んだ、武内英樹監督と若松央樹プロデューサーが映画化した。
「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」「埼玉狩りだ!!」という強烈なセリフとともに、盛大な「埼玉ディス」が行われる。東京都民であることが最高のステータスとされる世界で、埼玉県民は「通行手形」が無いと東京都に入ることすらできない。それを破った県民は特殊部隊「SAT(Saitama Attack Team)」に捕獲される。学校でも、埼玉出身の生徒はボロ小屋に追いやられるなど散々だ。
千葉県民も埼玉と深い因縁を持つ存在として描かれ、群馬はそれよりもさらに辺境。神奈川は埼玉より上だが東京にこびるイヤなヤツ。都内でも、池袋は「埼玉の植民地」と揶揄(やゆ)されるというありさまだ。
これが受け入れられるのは、ぶっ飛んだ世界観があるからだ。『ベルサイユのばら』を彷彿(ほうふつ)させる豪華絢爛な世界のバトルは、さすがに現実とは思えない。映画で埼玉県民が窮地に陥るたびに出てくる不思議なポーズ「埼玉ポーズ」は、格好のSNSネタになり、口コミで広がっていった。
結果、興行収入のうち埼玉県での上映が占める割合は26.8%。一般的には埼玉県が占める割合は6%程度というから、驚異的な数字だ。
ぎりぎりの「ディスり」が生命線
「とにかく、埼玉県の方に嫌われたらおしまいだった」
翔んで埼玉のヒットを振り返り、プロデューサーの若松央樹氏が漏らした一言だ。これまで『電車男』でヲタク、のだめカンタービレでクラシックを扱い、モチーフの尖った作品を手掛けてきた彼だからこそ、その言葉には実感がこもっていた。
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