※日経トレンディ 2019年6月号の記事を再構成

ヤフー、Takram、新潮社の3社とプロジェクトを立ち上げ、文芸誌連載と同時にスマホブラウザー用にも小説『キュー』を配信した芥川賞作家・上田岳弘氏。自身も現役のIT企業役員を継続している。ネット企業と老舗出版社による前代未聞の取り組みは、スマホと文学の新たな出合いを生む。

作家
上田岳弘

1979年、兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒業。2013年、『太陽』で新潮新人賞を受賞し、デビュー。15年、『私の恋人』で三島由紀夫賞を受賞。16年、「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出。19年、『ニムロッド』で芥川賞受賞

『インターネット企業と老舗文芸出版社
最も遠いもの同士のタッグが
スマホで文学に触れる出合いをつくった』

 文学との出合い方が大きく変わるかもしれない。作家・上田岳弘氏が、芥川賞受賞後初となる単行本『キュー』(新潮社)を5月に上梓する。この小説を生んだのは、異業種が集まる前代未聞のプロジェクトだった。

 ヤフー、テクノロジーデザインで有名なデザイン会社のTakram、新潮社の3社が上田氏とプロジェクトを立ち上げ、彼の小説を文芸誌連載と同時にスマホのブラウザーで読める試みを行ったのだ。2017年9月に開始し、9カ月にわたり連載が続いた。

 配信は無料。電子書籍リーダーやアプリも必要無い。ブラウザーから小説を読める斬新なユーザーインターフェース(UI)設計をTakramが担当した。「小説を配信するだけでは面白くない。スマホでしかできないことをしたいという思いがあった」と上田氏が言う通り、従来の電子書籍リーダーを大きく超えた取り組みが随所にある。

 縦書きの小説約234文字分の固まりがブラウザーに表示され、縦スクロールで親指を動かすと、次の文字群がスムーズに表示される。通常のウェブページで活用される「無限スクロール」より目の負荷が小さく、電子書籍リーダーで活用される横スクロールよりも指が疲れにくい。

 そして、章の始まりには、タップする場所に応じてデザインが生成される、ジェネラティブアートが施された。読者の数だけ違う挿絵が出現し、それをSNSで共有できる。章の終わりには、小説とリンクする設問と4つの選択肢が現れ、1つを選ぶと回答率が表示される参加型の仕掛けも用意されている。

文芸誌連載と同時にスマホで配信された小説『キュー』。改訂を加えた単行本を新潮社から刊行。(中)配信では、縦組みの文字の固まりを縦スクロールで読むという新しい読書体験ができる。(右)タップする場所で形が変わるアートが楽しめるのも新鮮
文芸誌連載と同時にスマホで配信された小説『キュー』。改訂を加えた単行本を新潮社から刊行。(中)配信では、縦組みの文字の固まりを縦スクロールで読むという新しい読書体験ができる。(右)タップする場所で形が変わるアートが楽しめるのも新鮮

興味もなかった人たちに間違って小説が届く

 商業誌である「新潮」に掲載する小説を無料配信するには、版元の葛藤もあったのではないか。「新潮編集部の皆さんは僕が突飛なことを言うことにだいぶ慣れていて(笑)、快く乗ってくれた。老舗の文芸出版社と大手ポータルのヤフーは非常に遠い存在。その“薩長同盟”を可能にしたのだから、僕はさながら“令和の坂本龍馬”」と、上田氏は笑う。

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