※日経トレンディ 2019年7月号の記事を再構成
投資額は米国の僅か5分の1──。なぜ日本では投資がなかなか根付かないのか。USJのV字回復の立役者で、現在は企業成長会社「刀」を率いる森岡毅氏と、長期投資の優位性を提唱する農林中金バリューインベストメンツの最高投資責任者・奥野一成氏が意気投合。短期集中連載の第2回は日本人の投資マインドを変える秘策を語り明かす。
森岡 毅氏(以下、森岡) それにしても長期投資が日本に根付かなかったのは、どうしてでしょう? 私も米国に住んでいたので分かりますが、あの国では個人資産を長期投資に回すのが当たり前じゃないですか。投資信託こそが、金融の王道と言ってよいです。ところが日本では銀行預金が主流で、今では金利が付かないのに手数料ばかり取られている。株となると、利益を得るために短期で売買を繰り返す投機的なものと見られています。預金か投機的な株か、と両極端に分かれているのが不思議です。
奥野一成氏(以下、奥野) 株をわざわざ売り買いするのも、証券会社に手数料を取られるだけにもかかわらずですね。そうなったのは、まず投資に対するアレルギーが強いからでしょうね。株式投資が賭け事と同じようなものと受け止められている。
「脳に汗をかくこと」も大切
森岡 なぜそうなったのでしょう。
奥野 歴史的な側面を見ると、やはり敗戦の影響は大変大きいと思います。戦争に負けて国にも個人にも金が無くなって、売れるものは労働力だけという状況になった。そこで米国が作っていた自動車や家電製品などを、より良いものに改め、大量に生産して、安く売った。これがとてもうまくいって、高度経済成長時代を迎えられたわけです。こうした過程で「汗して働く」ことが美徳とされました。
森岡 それに対して、投資はラクしてもうけるものと思われてしまったのですね。しかし、ある程度のところまで経済が成長すると、次はイノベーティブな方向を目指すことになるはずです。そのためには体だけではなく、頭を使わないといけません。
奥野 そうなのですが、それ以前の成功体験があるから、考え方をすぐに切り替えられないんです。いいものさえ作れば何とかなるという、「ものづくり信仰」みたいなものが残った。ものづくり自体はもちろん否定しませんが、経済的に発達した社会では、「脳味噌に汗をかいて」、投資先を考えることも重要です。資本主義社会では、人は資本家と労働者に分かれます。たとえ経営者であっても、投資される側という意味では労働者です。就職というのは労働者になることですが、これからは同時に投資をする資本家も兼ねるという発想の転換が必要でしょう。それがビジネスパーソンとしての将来、ひいては日本の未来を大きく変える原動力になるのですから。
森岡 奥野さんを前にして言うのは失礼ですが、日本ではまだ、投資家やファンドマネジャーは、金を動かすだけのうさん臭い人と見られがちです。自分は汗をかかず、右から左に動かすだけ。それは歴史的な原因だけでなく、投機的な商品ばかりあおっていた金融業界にも問題があるからだと思います。マーケティングをおろそかにして、富裕層が投資に金を回す構造をつくらなかったのではないでしょうか。
奥野 確かに業界も変わらないといけないでしょうね。
森岡 ファンドマネジャーは自分のお金を自分のファンドに投資しない印象がありますが、奥野さんは?
奥野 考え方にもよりますが、私の場合は自分の金を投資に回しています。だって、自分のチームが一生懸命会社を訪問して、絶対これだ!と確信した企業を集めたわけですよ。それを買わないのはあり得ないんです。
森岡 業界内部からの変革は、そういうところから始まるんでしょうね。
奥野 歴史的なことで忘れてならないのは、戦前までは日本人にも投資マインドがあったということです。今度1万円札の顔になる渋沢栄一さんは、それこそ優れた資本家でした。
森岡 それが戦争で断絶され、戦後の高度成長期を経て、資本家や起業家が労働と対極にある、尊敬に値しない人と見られるようになってしまった。そういうことですね。しかし、今の日本でマイクロソフトやグーグルのような新しいアイデアを持った企業が育たないのは、投資マインドの低下だけが理由でしょうか? どこか新しいものを拒む傾向があるようにも映ります。
奥野 新しい産業の発達が進まないのは、富を生み出さない企業が多く残っているからでもあると思います。新陳代謝が進まない。日本は、この30年間、国際競争で負けた企業を残し、雇用を守ることを第一に考えていました。でも誤解を恐れずに言えば、役目を終えた企業は歴史から退場すべきですし、そのことで社会に新たなダイナミズムが生じるんです。明治維新から新しい財閥が生まれ、敗戦後に国際競争力のあるメーカーが誕生したように。
森岡 しかし本当の焼け野原になって、貧しくなる前にシフトチェンジして社会の在り方を変えたいですね。
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