※日経トレンディ 2019年7月号の記事を再構成

投資額は米国の僅か5分の1──。なぜ日本では投資がなかなか根付かないのか。USJのV字回復の立役者で、現在は企業成長会社「刀」を率いる森岡毅氏と、長期投資の優位性を提唱する農林中金バリューインベストメンツの最高投資責任者・奥野一成氏が意気投合。短期集中連載の第1回は長期投資に値する「強い企業」の共通点を探る。

(左)刀 代表取締役CEO
森岡 毅

(右)農林中金バリューインベストメンツ 最高投資責任者
奥野一成

 日本人は、個人による投資に消極的といわれて久しい。そんな中、長期投資を前提とした「農林中金〈パートナーズ〉米国株式長期厳選ファンド」への注目度が高まっている。銘柄選びの助言をするのは、日本の金融関連会社では、長期投資の優位性を提唱する数少ない存在である、農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)。同社の最高投資責任者・奥野一成氏と、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のV字回復の立役者で、現在は企業成長会社「刀」を率いる森岡毅氏が意気投合。日本人の投資マインドに火を付け、日本経済を活性化させる秘策を語り尽くした。

森岡 毅氏(以下、森岡) 私はマーケターとして、日本社会の諸問題と向き合ってきました。日本経済を停滞させている原因の一つが、よくいわれることですが、投資マインドの低さです。家計金融資産の内訳を見ると、現預金の比率が5割を超えるのに、投資の割合が異様に低い。

奥野一成氏(以下、奥野) そうですね。統計の取り方にもよりますが、米国では個人資産の50%近くが投資に回っています。EU諸国で約20~30%でしょうか。それに比べて、日本は11%ほどにすぎない。サミットのメンバー国の中でも、日本は極端に低いといえます。

注)18年3月時点。日銀資料などを基に作成
注)18年3月時点。日銀資料などを基に作成

森岡 投資にお金が回らない国だから、新しい産業も生まれにくい構造になっていますよね。そんな折、共通の知人を介して知り合ったのが、日本人に長期投資の重要性を説いている奥野さんでした。日本の貧弱な投資構造に対して、真っ向から挑戦ののろしを上げているように見受けました。私も常々、日本を元気にするためには、投資や金融の在り方を変えなければいけないと考えていました。そこでぜひ一度、奥野さんと意見を交わさせていただきたいと思っていたのです。

森岡 毅氏
森岡 毅氏
「刀」の代表取締役CEO。1972年生まれ。96年神戸大学経営学部卒、P&G入社。ウエラジャパン副代表などを経て2010年、ユー・エス・ジェイ入社。窮地にあったUSJをV字回復させる。17年に退社し、マーケティング精鋭集団「刀」を設立

奥野 長期投資は、別に新しい概念では全然ないんですね。日本でやっている人が少なかったというだけで。特に私たちのような、個人の資金を預かる機関投資家で、長期投資のみに絞っているところは他に無かった。日本では主に、株というものは、安くなったら買って、高くなったら売る、要は売買でもうけるものだと捉えられてきましたから。でも本当にいい会社の株なら、売らなくてもいい、いや、むしろ「売らない方がいい」というのが私の考え方です。

森岡 投資に回すべき金が個人預金に入ると、どうしても、そこで経済の流れが滞ってしまいます。

奥野 先ほどおっしゃっていた、日本の家計金融資産の総額は約1800兆円にもなりますね。その半分以上が銀行預金に入って、投資に回らない。これは世界にとっても大きな機会損失です。お金を持ったら、その金でビジネスの世界を良くするのが、先進国に生きる人間の義務だと思うんです。

奥野一成氏
奥野一成氏
農林中金バリューインベストメンツ常務兼最高投資責任者。1970年生まれ。92年京都大学法学部卒、日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。14年から現職。日本における「長期厳選投資」の第一人者

森岡 その発想が、農林中金(農林中央金庫)という、どちらかと言えば、保守的と思われているところにいる方から出てきたことが興味深いです。奥野さんが行っている投資ファンドは、勝つべくして勝つ銘柄を長期的に所有して、市場構造で成果を上げていく戦略ですよね。この40年、バブルの崩壊やリーマン・ショックなどがありましたが、株価は年平均7~8%で伸びている。つまり世界経済は確実に大きくなってきたのです。その構造に乗って、確実に勝ちを収めていく。マーケターの目からも、とても斬新に見えました。今の日本の金融商品って、消費者目線で見ると、分かりにくいものが多い。説明が長く、難しい。分からないから、損をさせられるような気がして、結局は手を出しにくい。そういう不安を抱いている人たちに対して、奥野さんたちは頼るべき構造を提示し、資金を預けるに値する金融商品を開発された。それが私の最初の印象でした。

構造的に強靱な企業に投資せよ

奥野 先ほどから「構造」という言葉を使われていますが、私にとっても重要なキーワードです。森岡さんが著書『確率思考の戦略論』で示された、構造と確率で市場を戦略的に捉える考え方は、我々の投資スタイルにとても似ています。私たちが投資する企業って、構造的に強いから、必ず結果が数字になって表れる。別に四半期の業績や、1年後の成果を当てるゲームに参加しようというわけじゃない。現在の市場規模とシェアを見極めれば、例えば10年後の中国のGDPの成長に伴って、売り上げがどう変化するかは予測できるわけです。だから私たちは投資している企業に対して、「1年後にどうなりますか」と聞くことはありません。自分たちの仮説の通りに企業が成長しているかを、決算のたびに検証していく。そういう意味では、日々、科学に近い作業をしています。

注)19年3月時点。組入銘柄総数:26銘柄
注)19年3月時点。組入銘柄総数:26銘柄
奥野氏(左)は米国に頻繁に出張。投資先を見極めるため、該当社以外の競合他社をはじめ、事業の川上や川下の産業まで徹底分析する
奥野氏(左)は米国に頻繁に出張。投資先を見極めるため、該当社以外の競合他社をはじめ、事業の川上や川下の産業まで徹底分析する
企業との対話を重視。市場構造などを丹念に分析した資料を奥野氏が訪問時に持参。相手先に仮説をぶつけて“強さ”を検証するスタイルを貫く
企業との対話を重視。市場構造などを丹念に分析した資料を奥野氏が訪問時に持参。相手先に仮説をぶつけて“強さ”を検証するスタイルを貫く

森岡 市場や業界の変化を長期的に見通して投資をするから、短期的な事象で一喜一憂することは無いのですね。

奥野 そうです。する必要が無いのです。いい会社は、市場経済の発達とともに成長していく構造を持っています。例えば、コカ・コーラという会社があります。我々は投資していませんが、世界的に見ると、この会社の規模で炭酸飲料を生産販売しているメーカーは、皆無でしょう。これから炭酸飲料を作って売ろうともくろんでも、初めからコカ・コーラにかなうわけがない。市場シェアが大きいメーカーほど、製品を安く作れるわけですから。つまり参入障壁が高いということです。我々が投資する銘柄を決めるときに最も重視するポイントです。というのは、90年代半ばには55億人だった人口が、今は70億人にも増えています。当然、コカ・コーラを飲む人が増えますよね。だから、この会社の営業利益率が常に20%あるのです。今後、世界の人口は90億人にまで増えると推計されていますから、コカ・コーラの株価はずっと上がり続けるという仮説が成り立ちます。

森岡 マーケティング的に見ても、コカ・コーラはとても強い会社です。もともとシェアが大きいうえに、圧倒的な量の広告宣伝を投下して、消費者の頭の中で自社商品が選ばれる確率を高めています。それにディストリビューションですね。世界中のどこに行っても買えるくらい、流通を押さえている。これに対抗して新たなブランドの商品でシェアを取りにいくのは、10倍の敵を破るくらいの知恵を持った軍師でも至難の業でしょう。コンペティターが生まれにくいから、シェアがさらに大きくなる可能性も高いわけです。

奥野 私たちが投資する会社も同様で、絶対に潰れないんです。その会社が無いと世の中が成り立たないくらいに影響力があるから、株価平均が下がる状況でも、むしろ逆行高になります。危機的な事態に強いのです。例えば、信越化学工業グループは、電子機器のメモリーなどに使われる高度なシリコンウエハーの最大手で、世界で利用されている総量の3分の1くらいを作っています。生産拠点が東日本大震災の被害を受けて操業を停止したときは、世界のシリコンウエハーの価格が上がったほどです。そういう企業ですから、被災後も、様々なバックアップを受け、すぐさま工場が再稼働しました。

森岡 私がマーケティングを軸に据えて育てようとしているのも、まさにそういう企業です。永遠不滅とまでは言いませんが、持続可能な構造を持って、安定的に成長していく企業こそが、日本を変えていく力がある。奥野さんは、そうした銘柄でポートフォリオを組んで、長期投資を促してきた。それは利益を追求するだけでなく、ある種の哲学が無いとできないことでしょう。

奥野 確かに哲学に近いかもしれません。私が長期投資を始めて、足掛け13年になりますが、最初から構造的に強靱な企業にこだわっていました。

森岡 それはどのような企業でしょうか。条件を教えていただけますか?

奥野 3つの要素があります。1つ目は「付加価値」がちゃんとあるということ。モノでもサービスでもいいんですが、それが本当に必要なのか? という話です。2つ目が「競争優位」。先ほど参入障壁を重視すると申しましたが、要は「この会社と戦っても勝ち目が無い」と思わせるほどの圧倒的な強さです。3つ目が「長期的な潮流」。今、証券業界で流行している、自動運転、AIといった話ではないです。私が見定める長期潮流というのは、人口動態など不可逆的な変化を示すものです。

森岡 重要なのは、やはり需要サイドですね。マーケットの構造を決めているのは、究極的には消費者。製造業であろうと金融業であろうと、消費者の心に訴えるアイデアがあって、それを実現する技術を生むことが大切です。BtoB型のビジネスでも、顧客となる企業の先には、消費者がいます。

(後編につづく。2019年6月13日公開予定)

(写真/大髙和康)