世界の複数の配車アプリ運営会社に出資するなど、投資会社の側面が強くなったようにも見えるソフトバンク。しかし実は、5G時代を見据え、通信キャリアからプラットフォーマーに生まれ変わるという戦略の一環でもある。モバイルネットワーク本部長の野田真氏が、日経クロストレンド FORUMで語った将来像とは。

日経クロストレンド FORUMに登壇したソフトバンクの野田真モバイルネットワーク本部長
日経クロストレンド FORUMに登壇したソフトバンクの野田真モバイルネットワーク本部長

 「5Gという土管だけを提供しても他社との差別化ができない。5GとIoT、AIを掛け合わせたものこそが真のソリューション。これであらゆる産業を進化させることができる」。ソフトバンクのモバイルネットワーク本部長・野田真氏はそう話す。2020年の商用サービス開始時点では、より高画質な動画サービスなど、今のスマートフォンの楽しみ方をグレードアップする程度にとどまるが、24~25年になると、産業を変革するほどの影響力を持つと力説する。

既存の産業とIoT、AIを組み合わせることで課題解決が図られる
既存の産業とIoT、AIを組み合わせることで課題解決が図られる

 そのために、ソフトバンクグループはソフトバンク・ビジョン・ファンドを通じて、国外の様々なスタートアップ企業とパートナーシップを構築している。例えば中国の配車アプリ大手の「DiDi(適適出行)」。走行データや運転データ、車両位置データなど、毎日4800テラバイト(1テラバイトは1ギガバイトの1024倍)ものデータ量を処理している。これを分析することで、15分単位で需要予測が可能。来るMaaS時代に欠かせないノウハウだ。

DiDiに集積された膨大なデータは需要予測に活用され、迅速な配車に生かされている
DiDiに集積された膨大なデータは需要予測に活用され、迅速な配車に生かされている

 またソフトバンクグループの出資先の1つである中国のアリババ集団は、本社のある杭州などでスマートシティプロジェクトを推進中。監視カメラの画像を分析し、交通事故に迅速に対応したり、渋滞を認識して信号機の制御を変えたりしている。その結果、渋滞が15%も改善されたという。

監視カメラの映像から交通事故を認識した実例
監視カメラの映像から交通事故を認識した実例

 ソフトバンク自身も、積極的にサービス開発に動く。例えばトヨタ自動車などと設立したMONET Technologies(東京・港)は、移動したいときにクルマを呼び出せるオンデマンド移動サービスの構築を目指す。将来的には自動運転車を使い、食事をしながら移動したり、移動中に医師の診察を受けたりといったことも視野に入っている。

 ビル内に設置したセンサーからの情報を集めて、セキュリティーを高めたり、清掃の効率化に利用したりするスマートビル。20年5月に竣工予定のソフトバンクの新本社ビルに導入される予定だ。野田氏は「自らがモルモットになり、実現したものを世の中に広めていく」と話した。

ソフトバンクは自社の新オフィスでスマート化を推し進める
ソフトバンクは自社の新オフィスでスマート化を推し進める

他社と同等のネットワークを少ない基地局数で実現

 では、それらのソリューションを支える5Gのインフラはどのようなものになるのだろうか。

 5Gサービスの商用免許申請にあたり、ソフトバンクが総務省に提出した基地局の計画数は約1万1000局。4万局を超える計画を出したKDDIの3分の1以下と、一見すると5Gネットワークの整備に力を入れていないかのよう。しかし野田氏は「早期に人口カバー率90%以上を目指しており、他社と比べて劣っているわけではない」と説明する。

 基地局が少ないのに他社と同等の人口カバー率を実現できるカラクリとして野田氏が挙げたのが「Massive MIMO」という技術だ。これは1つの基地局に最大128本のアンテナを組み込み、端末の位置を把握して電波を狙い撃ち(ビームフォーミング)する技術。これにより従来の5分の1の基地局数で同じエリアをカバーできるとする。「それぞれの端末に専用の帯域を割り当てるため、通信の快適性も増す」(野田氏)

1つの基地局で広いエリアをカバーできるMassive MIMO
1つの基地局で広いエリアをカバーできるMassive MIMO

上空から広範囲に電波を降らす大胆な計画も

 さらに広範囲のエリアをカバーする技術として、ソフトバンクが構築を目指しているのが「HAPS(High Altitude Platform Station)」。成層圏に基地局機能を有する無人飛行機を飛ばすというものだ。1基で直径200キロメートルのエリアをカバーでき、約40基あれば日本列島を覆うことができるという。

1つの基地局で広範囲をカバーできる
1つの基地局で広範囲をカバーできる

 ソフトバンクが米国の無人飛行機メーカーAeroVironmentと開発した「HAWK30」は全長約78メートルの翼に10個のプロペラを搭載。翼の上に設置されたソーラーパネルを動力源に、数カ月間飛び続けることが可能だ。成層圏は雲の上なので太陽光を常時受けられるうえ、1年間を通して比較的風が穏やかに吹いているからだという。

 成層圏と聞くと地上から随分と離れているように思えるが「上空約20キロメートル程度で、携帯電話の電波が届く範囲」(野田氏)。そのうえ、今後増えるであろうドローンの制御には最適という。従来の基地局は地上に向けて電波を発しているため、上空にあるドローンが電波を捕捉するのが難しいケースもある。しかしドローンよりさらに高い位置から電波が降るHAPSなら、より安定的な制御が可能になる。23年ごろのサービス提供を目指すとのことだ。

ドローンなど飛行体にも電波を届けやすい
ドローンなど飛行体にも電波を届けやすい

 「ソフトバンクは通信キャリアからプラットフォーマーになる」(野田氏)。5G時代に必要なサービスを蓄積し、業態を大きく変えようと意気込んでいる。

(写真/中村 宏)

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