マーケター・オブ・ザ・イヤーの3人目は、300円を超える高価格ながら発売後半年で1300万個を超えるヒットとなった浴室用洗剤「ルックプラス バスタブクレンジング」を手掛けたライオンの宮川孝一氏。スプレーして60秒放置した後、水で流すだけで浴槽が洗える画期的な機能訴求の裏には“弱者の戦略”があった。

日経トレンディ「2019年ヒット商品ベスト30」9位に「ルックプラス バスタブクレンジング」が選ばれた。浴室洗剤の市場規模を2割拡大する快挙をなし遂げた同商品は、どんな仕掛けで成功したのか。仕掛け人のインタビューをお届けする。(2019年11月1日追記)

※選考条件や評価項目、その他の選出マーケターは、第1回の記事「革新的マーケター6人を選出!マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」

ライオン リビングケア事業部の宮川孝一ブランドマネージャーは1997年ライオン入社。入社後10年間は研究開発部門にて主に食器用洗剤の開発業務を担当。その後、2008年にマーケティング部門に転籍し、リビングケア分野における新商品企画担当を経て、2014年から掃除洗剤「ルック」ブランドのブランドマネージャーに就任
ライオン リビングケア事業部の宮川孝一ブランドマネージャーは1997年ライオン入社。入社後10年間は研究開発部門にて主に食器用洗剤の開発業務を担当。その後、2008年にマーケティング部門に転籍し、リビングケア分野における新商品企画担当を経て、2014年から掃除洗剤「ルック」ブランドのブランドマネージャーに就任
「ルックプラス バスタブクレンジング」は2018年9月の発売から約6カ月で本体の累計販売個数が500万個、つめかえ用と合わせた売上個数は1300万個を突破
「ルックプラス バスタブクレンジング」は2018年9月の発売から約6カ月で本体の累計販売個数が500万個、つめかえ用と合わせた売上個数は1300万個を突破

 バスタブクレンジングのヒットによって消費者の購入単価がアップし、市場全体も前年比約1.2倍に伸長。価格競争が激しいカテゴリーでも「こすらず洗える」という革新的価値を訴求することで高付加価値化は可能だということを示した好例といえるだろう。

消費者が欲しいのは浴室用洗剤ではない

 バスタブクレンジングを世に出したライオン リビングケア事業部の宮川孝一ブランドマネージャーは、そのポイントを「生活者の声を基準にしたものづくり視点から、『毎日きれいなお風呂に入りたい』という本質的ニーズにアプローチする視点に転換したこと」だと振り返る。

 同社は「浴室用洗剤は汚れ落ちで選ぶ」「泡切れをよくしてほしい」「除菌・消臭機能も欲しい」といった消費者の声に対応すべく、2002年から2年おきに「おふろのルック」をリニューアルするなど商品改良に取り組んできたが、花王が「バスマジックリン」でシェアの6割以上を独占する市場において、そのポジションは全く上がらなかった。そんななか、2011年に浴室用洗剤の担当になった宮川が「こすらず洗える」新洗剤を企画。同社はおふろのルックの商品改良をいったんストップし、新洗剤を次の勝負アイテムにしようと決めた。

浴室用洗剤を買うときに重視するポイントや浴室用洗剤の不満を聞き、それを商品に反映するのが同社の従来のやり方だった
浴室用洗剤を買うときに重視するポイントや浴室用洗剤の不満を聞き、それを商品に反映するのが同社の従来のやり方だった

 消費者は高性能な浴室用洗剤が欲しいわけではなく、「毎日きれいなお風呂に入りたい」だけ――。宮川氏はニーズの原点に立ち返り、風呂掃除の実態をアンケートやエスノグラフィー(行動観察)などで調査。結果、同じ浴室でも浴槽の外と中では掃除の頻度が全く異なり、「毎日行う浴槽のこすり洗いが最も大変で、できればそこから解放されたい」というインサイト(本音)に行き着いたのだ。

 しかし、なぜ「こすり洗いから解放されたい」という声が出てこなかったのか。実は過去にも「こすらずに洗える」ことをうたったことがあったが、消費者が実際にやってみたもののうまくいかず、こすり洗いをする人が減らなかったという。「『こすらずに洗えるわけがない』という諦めの気持ちが生まれ、洗浄力をアピールするためのキャッチフレーズだと捉えられてしまった」(宮川氏)。

過去の浴室用洗剤でも「こすらず洗える」ことをうたったものはあった(写真は2003年発売の商品)
過去の浴室用洗剤でも「こすらず洗える」ことをうたったものはあった(写真は2003年発売の商品)

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