取材が終わって和やかなムード。自然と緊張も緩み、雑談が弾むこともしばしば。このひとときは、取材対応者にとっても楽しいものです。しかし油断は禁物。相手は記者ですから、そこで見聞きしたことを記事に書かれてしまうかもしれません。そして最後の最後に、「危険ゾーン」が待ち受けているのです。
オフレコだけどオフレコじゃない!
読者の皆さん、いつも当コラムを愛読いただきありがとうございます。実はこのたび『マスコミ対策の舞台裏 役員からの電話で起こされた朝』という本を出すことになりました。この連載の中からえりすぐりのエピソードをまとめたもので、この連載を一緒に担当している遠藤眞代さんとの共著です。
連載がベースになっているということは、ハラハラドキドキの「風雲」事例が満載ということです。世に多く出ている広報に関する書籍は広報の手順について述べた実用書が多いのですが、本書は「こういうことをして痛い目に遭いました」という“リアルストーリー”を書くことを旨としています。広報実務者以外の方にも、ビジネスの事例集として役立つ内容になっていると自負しています。手に取ってお読みいただければ幸いです。
さて、というわけで今回もまたしてもハラハラドキドキの「もう少しでとんでもないことになるところだった」話です。それは、エレベーター前の記者との攻防です。
以前、オフィスに記者をお招きし、あるテーマについて取材をしていただきました。特に困った質問もなく、和やかなうちに取材も終わり、自然な流れで雑談モードになりました。
「ところで、◯◯社のAさんはご存じなんですか?」――。取材ノートをカバンにしまいながら記者がやおら聞いてきました。実はこのAさんという方、少し前に炎上案件をやってしまった人で、その名前を聞いた瞬間、私の“悪い予感アンテナ”がピピピッと反応しました。
「ええ、よく知っていますよ」
この日取材に対応した役員は、取材も終わってもうすっかり「オフレコモード」に切り替わっていました。まるで中学の同級生とでも会話しているかのような穏やかな表情で、何を聞かれてもしゃべりそうな雰囲気です。しかし記者からすると、「会社を代表する立場の役員が、広報立ち会いの下マスコミに対してしゃべった」ことに変わりはありません。この場で知った事実にニュースバリューがあれば、これはこれで記事に使われます。要はこの瞬間もオフレコにはなっていないわけです。
しかし、ここではあまり会話が弾まず、ニコニコと笑いながらそのまま全員でエレベーターホールに移動し、記者をお見送りすることになりました。
「しかし、あのAさんって実際どんな人なんでしょうかねぇ」
ここへきて、またしても記者氏がビーンボールを投げてきました。これはどういうことかと言いますと、実は記者としてはここでポロリとAさんについての意外な評判の一つでも話してくれれば面白い、と思って聞いているわけです。今回の取材の狙いが最初からそこだったとは思えませんが、ついでに聞けるものなら聞いておきたいポイントだったのでしょう。
ただし、会議室に座ってボイスレコーダーが録音しているときには、スポークスパーソンたるもの「戦闘モード」に入っていますから、この質問の意図は何だ何だと警戒して答えてくれませんし、そんなことで本題の取材の雰囲気が悪くなってもいけません。それらを承知の上で、あえて帰り際の、もうボイスレコーダーもメモもしまった状態で質問してきているのです。
記者の方の名誉のために言っておきますと、これは極めてまっとうな取材スタイルで、むしろこうやってコメントを取るのだな、さすがだな、とその時私は思いました。
これに対し広報の私は何をしたかと言いますと、できれば役員の口をハンカチで塞いで眠らせたかったのですがそうもいかず、まずは全身から闘気を発することで役員に危険を知らせてみました。すると役員氏、このように答えました。
「私そこまで親しくないんですよ、ワハハハ」
いやもう、この場面では100点満点の回答です。さすが私が信頼を置くスポークスパーソン。最後の「ワハハハ」は場の雰囲気を壊さずに好ましくない会話を断ち切るときに使う、“広報の最終奥義”とも言えるテクニックです。
こうしているうちにエレベーターの扉がパタンと閉まり、「危険地帯」エレベーター前の攻防は幕を閉じました。小学校の時に「家に帰るまでが遠足」という注意を受けたものですが、これを取材に置き換えると、「エレベーターの扉がパタンと閉まるまでが取材」なのです。
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