ゲーム好きとしても知られた、NECパーソナルコンピュータおよびレノボ・ジャパン(東京・千代田)のデビット・ベネット氏が社長を退任しました。普段からもの分かりのいい社長でしたが、退任直前、広報にある「ワガママ」なお願いをしました。それは全く記事にはなりませんでしたが、社長と広報機能の重みを再認識させられるような見事な「置き土産」でした。
「働く人にとって最高の場所」を目指してきた
社長の熱い思い、それはニュースになるのか?
「鈴木さん、これはどうしても最後にやりたいよ!」
2022年6月3日、私の会社で4年間社長を務めたデビット・ベネットさん(この原稿が公開されるときは社外の方なので「さん」を付けます)が退任しました。IT業界きってのゲーム好きで、ご存じの方も多いでしょう。日本の古典文学を専攻し、日本語に関する本まで出版するというユニークなバックグラウンドもあり、広報的にはいろいろ引き出しを持っている「名物社長」でした。また、もの分かりのいい社長で、あまり広報を困らせる人ではありませんでした。
その、もの分かりのいいベネットさんが、退任直前に珍しく「ワガママ」を言ってきました。6月は「プライド月間」といい、LGBTQ+といった性的マイノリティーの方の権利について啓発する月間です。その初日である6月1日に、どうしてもLGBTQ+の方たちをサポートするというプレスリリースを出したいというのです。
はて、何でまたこの退任直前のタイミングで。何ごとも、まずいぶかしく思うのが広報です。正直なところ「LGBTQ+をサポートします」というのは、マスコミ向けのネタとしては昨今ではありふれた内容なので、メディアカバレッジは期待できません。一体どんな気まぐれでしょうか。
「NECパーソナルコンピュータはBest Place to Work(働く人にとって最高の場所)でなければならない。僕はそれを目指してやってきた。この会社は誰も働きにくさを感じない、どんな人にとってもベストな場所であってほしい。それを宣言することを僕の社長としての最後の仕事にしたい」
こんな熱いことを社長に言われてしまえば、もうやるしかありません。何とかしてこの社長の「思い」に目鼻を付けて、発表できるレベルの情報に仕立てなければなりません。
「中身のない売名行為をするな」
とは言え、何もないところで「宣言」だけをするわけにもいかず、ここはNECパーソナルコンピュータのジョイントベンチャーとしての上位組織であるレノボ本社に相談しました。すると案の定「それの中身は何なんだ」という突っ込みを受けました。
何もアクションを取っていないのに、いいことだけPRしても売名行為と見なされかねません。さらにいうと、社内にいるLGBTQ+の方が実際に働きにくさを感じていたとして、何のサポートも会社から得られず不満を感じていた場合、そうした社員の反発を買いかねない、ということでした。
これは、昨今流行のSDGs(持続可能な開発目標)についても同じ懸念があります。SDGsに関して内容の伴わないPRをする企業を「グリーンウオッシュ」として、バッシングする動きが海外では出てきています。レノボの本社広報が慎重な姿勢を取るのにはこうした背景がありました。
しかし、ここであきらめてはいけません。14年7月の全国高校野球選手権石川大会の決勝で8点差を最終回に逆転した星稜高校のように……。
実は、職場での公平性について、企業が10の具体的アクションを取ることを宣言する「アムステルダム宣言」というのがあります。そしてレノボはこれに正式に署名したばかりで、このことは日本では未発表でした。ここを突破口とすることにしました。
その後、このアムステルダム宣言の内容は日本の人事制度においても齟齬(そご)がないことを日本の人事とも確認し、こうしてアムステルダム宣言を軸に、LGBTQ+の方に対する職場の公平性を広報しました。
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