ご存じかもしれませんが、IT業界には「ドッグフーディング」という言葉があります。「(自社が開発した)犬の餌を食べる」、つまりそれくらい自社の製品を使い込めという意味です。経営者や役員なら当然だと思うかもしれませんが、そうとも限りません。いや、広報もプロを自任するのであれば、率先して「餌」を食べるべきではないでしょうか。

今度の新製品は売れそうだな…… ※写真はイメージ (写真:New Africa/Shutterstock.com)
今度の新製品は売れそうだな…… ※写真はイメージ (写真:New Africa/Shutterstock.com)

記者の質問に虚を突かれた役員

 「では、〇〇さんに質問です。今回の新製品の最大の売りはなんでしょうか」

 これは、とある会見の質疑応答で発せられた役員に対する質問でした。記者会見に経営者が出てきた場合、経営状況や新製品投入の狙いといった質問が向けられ、製品そのものに対する質問は製品担当が回答する、というのが通常の流れです。

 しかしこの時の質問は役員を名指しして、製品に関する質問をしてきました。完全に虚を突かれた形になりましたが、彼はチラリと手元にあるQ&A用のメモに目を落としてから「それは……オーディオ機能ですね……」と回答し、その場は無難にやり過ごしました。正直に打ち明けますと、この役員は新製品についてあまり勉強していなかったのです。

 記者の真意は分かりませんが、ひょっとすると「役員のあなたはちゃんと自社の新製品を使っていますか?」という意地悪な質問だったのかもしれません。だとすれば危ないところでしたが、幸いQ&A用のメモという命綱を用意していたので難を逃れることができました。ただ、いつもそれに頼っていればよし、というわけではありません。

 私の好きな経営者の一人がトヨタ自動車の豊田章男さんです。好きな理由はいろいろあるのですが、レースなどのイベントにも現れ、自ら運転し、熱っぽく語る姿に特に魅力を感じます。自身も車好きな様子が自然に伝わってきますよね。無論、経営者としてのイメージ戦略もあるかと思いますが、トップが自動車好きな自動車メーカーであれば、ついそのブランドに共感してしまいます。マスコミ側の視点も同じです。つまり経営者の「製品愛」は、広報にとって貴重な武器になるということです。

 この点で、前述のやり取りは無難に切り抜けてこそいますが、その役員がマスコミから共感を得られる貴重な機会を逸してしまった、といえるかもしれません。

 魅力的なプレゼンテーションをする経営者の代表として、米アップルの故・スティーブ・ジョブズ氏の名を挙げることに異論のある人は少ないでしょう。晩年は体調の問題もあり、他の幹部に新製品お披露目の役目を譲ることもありましたが、キーとなる製品の発表は基本的にジョブズ氏自身がデモをして、自分の言葉でその魅力を語っていました。

 こういうと炎上の予感がするのですが、ことプレゼンの身ぶり手ぶりというレベルのテクニックにおいて、私はジョブズ氏が群を抜いてうまかったとは思っていません。米国企業のエグゼクティブで、同じくらいのプレゼンスキルを備えた人を何人も見てきました。

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