経営者にとって初めての新製品や新サービスの発表会はいわば晴れ舞台。しかし、素晴らしい製品、そして完璧なプレゼンだったにもかかわらず、記者たちの冷めた反応に「どこか悪い点があったかな?」と首をかしげるかもしれません。そんな“新米経営者”の方に向けた、広報からのアドバイスです。

完璧なプレゼン。しかし残念ながら記者会見ではこうはなりません ※画像はイメージ(画像提供:Dervish45/Shutterstock.com)
完璧なプレゼン。しかし残念ながら記者会見ではこうはなりません ※画像はイメージ(画像提供:Dervish45/Shutterstock.com)

「聞くこと」ではなく「書くこと」が目的の特殊な聴衆

 経営者になって初めての記者会見。記念すべき「晴れの舞台」といってよいかと思います。堂々としたステージ上での振る舞い、大舞台にふさわしいとっておきの新製品のお披露目。バッチリ決まってプレゼンテーションを終えると、客席からは万雷の拍手……と思いきや、水を打ったように静まり返った客席。パソコンのキーを打つパチパチという音だけがかすかに聞こえてきます。

 「あれ、このサプライズは聞いてなかったな。メジャーリーグでよくある『サイレントトリートメント(ホームランを打ったバッターがベンチに帰ってきても誰も祝福しないイタズラ)』ってやつ?」

 いえいえ、そうではありません。経営者になるような人ですから、皆さん大体優秀な人です。「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」というように、恐らく子供のころから大勢の前でスピーチをしたり、あるいはピアノの発表会や大学のゼミで演奏やプレゼンをしたりしてきたと思います。こうした発表のたびに、客席からは温かい拍手を浴びてきたのではないかと想像します。演奏後にパソコンのキーボードの打鍵音しかしないピアノの演奏会など、経験したことはないと思います。しかしこれは記者会見ではごく当たり前の風景です。

 記者会見で拍手がないのには2つ理由があります。まず聴衆である記者は「聞くこと」ではなく「書くこと」が目的なのです。つまり聞いて終わりのコンサートやスピーチ大会ではなく、もうプレゼンの最中から自分自身のアウトプットつまり「記事」に向けて仕事が始まっているのです。拍手をしている暇などないということです。

 もう1つ、もっと大切なこととして、記者からすると取材対象に拍手をすることには抵抗があるようです。別にあなたの会社を褒めたたえるために、われわれは集まっているんじゃありません、必要があれば批判もしますよ、という報道の中立性から拍手をしたくないわけです。

 たまに客席の後ろのほうからパチパチパチッと、やや必死に盛り上げようという勢いを感じる拍手が聞こえることがありますが、これはあまり記者会見に慣れていない広告代理店さんの運営のスタッフが手をたたいていると思ってまず間違いないです。

 ここで経営者の方にまず意識してもらいたいのは、「拍手がなくてもへこまない」こと。もう1つは、プレゼンでは「いかに聞かせるか」ではなく「いかに書かせるか」です。例えば動物園のトラのようにステージ上をグルグルと歩きまわる格好よさにこだわるよりも、オープニングやクロージングのキーワードが記事の見出しになることを意識して、インパクトのあるフレーズを考えておくほうがいいでしょう。

 初めての発表会、プレゼンや質疑応答を終えて会がお開きになると、もう1つの“サプライズ”が待っている場合があります。

iPhoneのイベントで孫さん発見、そのとき記者は

 ステージを降りると、それまで下を向いてパソコンをパチパチ打っていた記者たちが、猛然とダッシュして自分の方に向かってくるではありませんか。これがうわさに聞く「ぶらさがり取材」というやつです。

 コロナ禍の影響でオンライン会見が増えている今の時代、「リアル会場の記者会見に行く意味って何でしょう」と懇意にしている記者の方に聞いたことがあります。すると「経営者へのぶらさがりができるから」という回答が結構たくさん返ってきます。

 これを言うと身も蓋もないのですが、プレゼンだけなら動画でもいいのです。オンライン会見が普及して、この点は余計にはっきりしたと思います。しかしわざわざ企業の広報部に取材依頼をして聞くまでもないような、経営者のちょっとした考え方について質問ができ、他の記者に聞かれず自分だけにコメントをもらえるぶらさがり取材は、取材陣にとってオンライン会見にはない価値の高い時間帯なのです。

 ぶらさがり取材(囲み取材ともいいます)がどれだけ記者にとって重要かという例で、1つ思い出があります。

 2008年に米サンフランシスコで開催されたアップルのWWDC(Apple Worldwide Developers Conference)という開発者向けのイベントに、iPhoneの日本での独占販売を発表したソフトバンクの孫正義さん(現ソフトバンクグループ会長兼社長)が出席されていました。招待者席に孫さんを発見した日本の記者たちは、早速、日本市場での販売の意気込みを聞こうとばかりに集まり、自然発生的にぶらさがり取材が始まりました。国内経済界の第一級の経営者である孫さんが世界的なヒット商品を日本で販売するに当たり、その第一声を拾えるわけです。これは価値がありますね。

 実はこのとき、当時「日経パソコン」の記者で現在は「日経トレンディ」に在籍するT記者も現地で取材をしていたのですが、会場で孫さんを見つけるや、普段の温厚な雰囲気からは想像できない俊敏な動きで、真っ先に孫さんの背後にピタリと張り付いていました。恐らくいい取材ができたのではないかと思います。もしこのコラムの読者にジャーナリスト志望の学生の方がいたら、まずは0~30メートルのダッシュ力を鍛えておくことをお勧めします。

 経営者としては、記者にダッシュ⼒を発揮されるようなスポークスパーソンになることを目指したいところです。もちろん、⾃分⾃⾝がダッシュしなければならない状況は避けたいでしょう。取材カメラマンには逃げる人を追う習性があり、これは絶好の映像素材をマスコミに与えてしまうことになります。このことはまた別の機会に詳しく書きたいと思います。

 慣れていない経営者にとってぶらさがり取材の難しさは、どんな質問が出てくるか分からないことです。そもそも質問しているあなたはどこの誰で、何を知りたくてその質問をしているのか、皆目見当のつかない中で応答しなければなりません。しかも発言の一つひとつが引っ込められない“公式見解”として記事で使われることになります。

 こう書くと、発表会の準備で経営者はどこに時間をかけるべきかがはっきりすると思います。このとき経営者を助けるのが広報です。記者会見の前に広報担当に「質疑応答のシミュレーションがしたい」と言ってみてください。「社長、やっと分かってくださったんですね!」と、目をキラキラさせながら付き合ってくれるでしょう。

(画像提供/Shutterstock.com)

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『もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた』

『もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた』
2021年12月20日発行
連載「風雲! 広報の日常と非日常」でおなじみの現役広報パーソン・鈴木正義氏による初の著書。「プレスリリース」を武器に誰もが知る日本の歴史的大事件を報道発表するとこうなった! 情報を適切に発信・拡散する広報テクニックが楽しく学べるのはもちろん、日本史の新しい側面にも光を当てた抱腹絶倒の42エピソード。監修者には歴史コメンテーターで東進ハイスクールのカリスマ日本史講師として知られる金谷俊一郎氏を迎え、単なるフィクションに終わらせない歴史本としても説得力のある内容で構成しました。
あの時代にこんなスゴ腕の広報がいたら、きっと日本の歴史は変わっていたに違いない……。
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