新聞やネットニュースに自分の会社にとって都合の悪い記事が載った日は、広報担当者としては気が重いもの。上司から「何だこの記事は!」と怒られでもしたら、書いた記者を少し恨んでしまうかもしれません。メディアの記者たちは本当に意地が悪いですね、って本当にそうでしょうか。

何なのこの記事は! あの記者、許さない ※画像はイメージ(画像提供:Kaspars Grinvalds/Shutterstock.com)
何なのこの記事は! あの記者、許さない ※画像はイメージ(画像提供:Kaspars Grinvalds/Shutterstock.com)

意地の悪い記者はめったにいない

 私は「メンタル強いよねぇ~」とよく言われるのですが、そのたびに(自然と鍛えられたのだ。もともとは、か弱かったはずだ)と自分では思っています。もちろん、周囲からどう思われているかは、とりあえず置いといて。

 広報はメディアと上司や事業担当者との板挟みになることも多く、へこんだり、やり場のない憤りを感じたりすることが日常的にあります。これから広報の職に初めて就く方もいらっしゃるかもしれませんので、メディアの方と接するうえでの心の持ちようについて書いてみようと思います。

 広報の仕事をしていると、メディアの人たちに対して「意地悪な記事を書くからイヤだ」と思うことがあるかもしれません。学校や会社の人間関係で「意地悪をされた」という感覚を抱くこともあるでしょう。しかし企業広報とメディアという関係性においては、“意地悪”というのはあまりしっくりこない表現です。

 これまでの仕事の中で、意地の悪い記者と遭遇することもありましたが、それはとてもまれです。とは言え、たとえファクトベースであっても何かしら会社に不都合な記事が掲載され、上司や会社の偉い人から「この記事を止められないようでは、広報を置いている意味がない」とか「なぜ、こんな記事を書かせたんだ」と八つ当たりをされたときなどは、(意地悪だなあ……)と思いたくなるものです。

 不都合な記事が出た際に、企業の当事者はメディアにいじめられた、おとしめられた、と感じる方がいます。しかし私の知っている限り、最初からそんな目的で記事を書くようなメディアはまずありません。その企業が困るかもしれないと気をもんで、掲載前に連絡をくださる記者さんもいるくらいですから。もちろん何かしら問題を起こしてしまった場合は別ですが、最初からというのはないと思います。

 こんなとき、普段メディアとやり取りをしていない企業の当事者が被害者のように感じることがあったとしても、広報担当者は当事者の感情に流されず、メディアの立場を冷静に分析して対応するように心がけたいものです。

企業とメディア、目指す地点は異なる

 「なぜ、こんな記事を書かせたんだ」

 この言葉に象徴されているのですが、メディアの記事を社内報と同じようなものだと勘違いしていらっしゃる方……いますよね。でも私は言いたい(だけど言えなかった)。

 「メディアは取材内容をメディア側の視点で書いたのよ!」

 私が書かせた(失礼な言い方でゴメンなさい)わけじゃないし、しゃべっちゃったのはアナタでしょうよ~。そもそも広告記事でもないのに「書かせた」って表現は適切ではありません(関連記事「『なんだこの記事は』 広報が取材対象者に後で怒られないコツ」)。

 メディアは報道するのが仕事、というのは誰もが知っている通りです。勘違いされているなと思うのは、記者の仕事は取材した情報をまとめることではなく、「読まれる」「役に立つ」情報を発信することです。つまり、読者や視聴者にとってバリューがない情報は要らないし発信しないということです。耳を傾けるべきは読者や視聴者で、取材対応者ではありません。

 読者や視聴者が「なぜこんな面白くない記事を載せているんだ」と言うのはあり得るでしょう。しかし極端にいえば我々企業は情報提供元にすぎません。取材対応者が「なぜこんな記事を書いたのだ」と言ったり、メディアに対して原稿を確認させてほしいと言ったりするのはお門違いです(関連記事「『原稿確認させてください』と編集部に言うと何が起きるのか」)。

 どうして不都合な記事が出ると、(未熟な)広報や取材対象者はいじめられたと感じてしまうのでしょうか。その理由を長い間考えてきました。

 ここからは仮説なのですが、例えば他の企業や異なる部署と共同作業をする場合、同じ目標に向かって仕事をしているので、皆が思い描いている成果物の青写真は大きくブレません。しかし、企業とメディアの場合は少し異なります。

 メディアの取材を受けて記事が出るまでの過程は、社内報やオウンドメディアを作っているときとあまり変わりません。まるで同じ目標に向かって共同作業をしているような感覚に陥ります。ただ実際は、それぞれが向かっている目標地点が違います。そのため、企業側が100%理想とする成果物にならないのは当然のことなのです。それでも取材を受けた側は、あたかも同じ目標に向かっているかのように錯覚してしまい、記事を見て裏切られた気分になる、そんな心理状態なのではないかと思います。

 よく上司から「メディアは友達じゃない」と言い聞かされていましたが、それは「警戒しろ」とか「信用するな」という意味ではなく、「立場が違う」という意味だったのかなと最近やっと理解できたような気がします。相手の立場を理解し、「目的地が違うモノ同士ウマくやろうぜ」的な関係でメディアの皆さんとコミュニケーションがとれるようになると、必要以上にメンタルをすり減らさずに済みますよ。