広報としては自社のトップをメディアに露出させたいもの。経営者の中には、頻繁にメディアに登場される方がいます。なぜ彼らはメディアから引っ張りだこなのでしょうか。その違いについて考えてみました。
メディアで人気の経営者が自社アピールをしないわけ
少し遅いですが、明けましておめでとうございます。2021年もこの広報コラムで、少しでも皆さんのお役に立てればと思います。よろしくお願いします。
さて新年といえばこの時期、多くの新聞や経済誌を「トップインタビュー」が飾っています。この記事を見て世の広報パーソンたちは、「やっぱりこういう大企業の広報はいいよなー。こういうのウチもやりたいなー」と思っているものです。面白いことに、かなりの大企業の広報であってもそう思っています。経営者の露出はそれほど簡単なものではないのです。
しかし一方で「あの社長また出てるよ」という人がいるのも事実です。こういう経営者は一体何をしゃべっているのか、この差って何なのか、今回はそこを考えてみたいと思います。
ご本人のお許しをいただいていませんが、星野リゾートの星野佳路さん(日経クロストレンドの連載でもよく拝見しますね)などはその代表ではないでしょうか。あるいはトヨタ自動車の豊田章男さんもよく見かける印象です。こうした方は、どうして「マスコミ受け」がいいのか、そして実際何を伝えているのでしょうか。
その前に経営者をマスコミに露出させたい動機って何でしょう。これはもう考えるまでもなく自社の宣伝をしたいからです。しかし先ほど挙げたお二人を含め、マスコミから引っ張りだこの経営者は、マスコミの取材で自社のアピールをあまりしていない印象を受けます。いや、むしろしないように努めているのだと思います。
その理由の1つに、「奥ゆかしさ」という日本の美意識があるでしょう。しかし、それよりもっと大切にされているのは、ホテル産業、自動車産業というそれぞれの産業界の発展を考えて発言されている点ではないかと思います。業界全体が発展すれば、最終的には自社にとって良い影響があるわけで、これも立派な経営者の仕事、いや経営者にしかできない仕事と言えます。
ホテル・旅行業界では、「ワーケーション」というリゾート地に滞在しながら仕事をするスタイルを推進しようという動きがあります。星野さんのここ数カ月の露出を見るとワーケーションについての「伝道師」とでも言えるような活躍でした。
一方、豊田社長はというと、直近では二酸化炭素(CO2)排出量を抑えるための電気自動車への切り替えを推進すべしという世間の論調に対し、火力発電への依存が大きい日本のエネルギー産業そのものの見直しから行うべきだという、自動車産業だけでなく日本の産業界全体の課題提起を行っています。さすがに国内最大企業のトップの発言ですね。
ただ、じゃあ俺もということで何か一般論としていいことを言えばいいかというと、そうではないのです。一方のマスコミ側から見て「経営者らしい発言」でなければなりません。
重要なのは「業界の将来を決められる立場」
「いやあ、鈴木さん、今日は経営者らしいインタビューができましたよ!」
これは数年前、レノボのCEO(最高経営責任者)が来日したときに取材した記者が、取材後に言ってくれた一言です。このときはコンピューターの未来、人とコンピューターの関わりはこう変わっていく、というような話をしたと記憶しています。このときも自社のアピールは置いておいて、コンピューター産業全体の進むべき将来について語ったので、そのようなコメントをいただけたのかと思います。
ただ興味深かったのはその後の一言です。
「実際にコンピューター業界の将来を決められる立場にある人の発言ですから、重みが違いますね。そこは評論家や学者の先生にはできないことですから」
まさに経営者のインタビューの肝はこの点なのです。実はCO2削減なり、ワーケーションの普及なり、世の中にとってよいと思われるアイデアだけであれば、それなりの専門知識のある人なら誰でも語れます。それでもマスコミとその先の読者が経営者の発言に注目するのは、提起された課題を解決できる立場にあるからです。
最近「Thought Leadership」という言葉を海外の広報関係者との会話でやたらと耳にするようになってきました。要はある社会的課題に対し、経営者をオピニオンリーダーに仕立てようという広報活動ですね。
ただこれ、気を付けないといけません。今ですとSDGs(持続可能な開発目標)とかDX(デジタルトランスフォーメーション)とか、ちょっと時流に乗ったテーマでカッコイイことを言いたくなるのですが、社業が伴っていないといわゆる「意識高い系」になってしまい、何だかふわふわした印象で終わってしまいます。そして数えきれないくらいの経営者の話を聞いてきたマスコミの目に、魅力的なスポークスパーソンとして映らないという結果が残ってしまうでしょう。単に話がうまいだけの人なら代わりはいくらでもいるのです。
私の知る限り、およそ経営者の立場にある人ならば、何か湧き上がってくる熱いものを胸に抱いているものです。それを経営哲学と言ったりもしますが、そこに着陸しないようなテーマなら、「ちょっとこの取材、違うんじゃないかな?」と再検討する勇気も必要でしょう。広報としてはまずは経営者自身をよく見て、その人が自分自身の言葉で語れるテーマを見つけてあげ、それに合った取材を設定するのがよいと思います。地味かもしれませんが、そのジャンルにおけるThought Leadershipを勝ち取ることがまずは第一歩ではないかと思います。