いい記事にはその内容を効果的に伝えるため、リアリティーのある「現場写真」が欠かせません。広報はいい記事を書いてもらうために、日々、社長の表情やポーズにまで神経を行き渡らせているのです。コロナ禍で発表会の開催もままならない今、広報は現場写真の重要性を痛感しています。

社長、手はこんな感じです…… ※画像はイメージ(画像提供:REDPIXEL.PL/Shutterstock.com)
社長、手はこんな感じです…… ※画像はイメージ(画像提供:REDPIXEL.PL/Shutterstock.com)

「社長、ろくろを回してみてください」

 最近のスマートフォンのカメラの性能は素晴らしく、SNSの普及もあって一般の人が撮影した写真が思いがけず「バズる」ことも珍しいことではなくなりました。バズらせずとも、我々素人も「映える」写真を撮ることに日々躍起になっています。まさに全人類総カメラマン時代といえます。

 一方、広報が相手にするマスコミやそのカメラマンが撮る写真は違います。彼らはプロであり「ピュリツァー賞」のような権威ある賞があるように、写真そのものが時としてニュースの主役になることもあります。それだけに、コンスタントに説得力のある、決定的瞬間を撮ることが求められます。

 我々広報としても実は他人事ではありません。マスコミ側にいかにしてスムーズに良い写真を撮ってもらうかが、良いニュースをつくってもらうことに直結します。

 例えばインタビュー取材。その昔まだ牧歌的な時代は編集者、ライター、カメラマンが3人1セットで取材に来て、ライターの質問に答えているスポークスパーソンをバシャバシャと撮影してくれたのです。しかし昨今、ライターが1人でインタビューに来ることも珍しくなく、その場合どうしてもインタビュー後に写真を撮ることになります。そうなると、記念写真や証明写真のような硬い表情の写真になりがちで、中には銭湯の脱衣所に貼ってある指名手配写真のようになってしまうケースもあります。

 こうしたとき、気の利く広報はカメラの後ろに回り込み、「社長、昨日のご飯何食べました?」のように、場の雰囲気をやわらげるような質問をします。少し会話をしていると表情や視線も自然になり、いかにも熱弁をふるっているかのような写真に仕上がります。皆さんがよく目にするインタビューカットは、実はその瞬間はゆうべ食べたサンマの焼き具合の感想を述べていたりするのです。

 このインタビューカット、もう一段階進むと手のジェスチャーを加えます。俗に「ろくろを回す」と言われる、両手で何かをつかんでいるようなあのポーズですね。ただ「社長、ろくろを回してみてください」というのは、「ちょっと何言ってんの?」という顔をされますが。

コロナ禍で痛感する現場感のある写真の価値

 マスコミ関係者の中で「コタツ記事」という言葉があります。要はコタツにあたりながらインターネット上で収集した情報だけで書かれた記事のことで、取材もせずに書いた記事なんて、というやや否定的な意味合いで使われる言葉です。確かに海外発表の場合、英語のニュースの2次ソース的な記事であれば取材をしなくても書けるでしょう。しかし、やはり現場で自分の目で見て、耳で聞いた内容を書いた記事には説得力がある。そのために海外まで足を運ぶというのは、伝える側のスタンスとして大切だと思います。そして「現場の写真」こそ、コタツ記事にはない迫力のある記事には欠かせないものです。

 日本の広報としては、これをいかにサポートするかに腐心するわけです。海外の発表会で撮影に有利なポジションをこっそり日本の取材団に教えて置いたり、お目当ての製品がどの辺に置いてあるかを耳打ちしたりします。

 ところがコロナ禍です。9月上旬であれば、本来はドイツのベルリンで行われる家電ショー「IFA」が開催される時期ですが、今回は自宅でリモート取材とプレスリリースの投げ込みをする日々を送りました。製品発表後にネットニュースを見ると、どの記事も全く同じ広報写真です。確かに広報写真はよく撮れていますが、お行儀よく同じ写真が並んでいるのと、発表会場の熱気が伝わってくるような個性的な写真が並んでいるのとでは大きな差です。「現場感のある写真」がいかに貴重であったかを思い知らされ、広報としても早期のコロナ収束を願うばかりです。

 ただ、「広報写真=スタジオで撮った完璧な写真」ではありますが、「現場感のある写真=クオリティーの低い写真」であってはなりません。最低限の撮影環境を整えることは、発表会を主催する広報の責任です。発表会をパーティーか何かとはきちがえ、赤や青の照明でもう元の製品の色すらも分からない会場をつくり、揚げ句「製品写真なら広報カットをどうぞ、それよりバーカウンターで飲み物でもいかがですか?」というのでは、「あの広報分かってないな」となってしまうわけです(関連記事:派手な記者会見はマスコミからどう見えているのか)。

発表会のルールとそれを乱す「破壊的道具」の登場

 そんなわけで、「分かっている広報の仕切る記者会見」というものは、参加した記者、カメラマンが良い写真が撮れるよう、一定のルールに基づいて運営されます。

 まず、記者席と登壇者の間にスペースがある場合、ここは「スチル」写真のカメラならあぐらをかいて座ってよい、というルールがあります。三脚を立てる場合は会場後方の「カメラ席」に位置取りしてもらう、記者席から撮影する場合三脚はNG、手持ちならOK、ただ立ち上がるのはNG、といったものです。

 おおよそ20世紀から21世紀初頭までは、このルールで記者会見はうまく回っていました。

 ところが、2010年1月、米サンフランシスコで開催されたイベントで、アップルの故スティーブ・ジョブズ氏が発表した「破壊的イノベーション」が状況を一変させます。タブレットですね。タブレットは軽くてバッテリーが長持ち、キーボードを接続すれば長文入力も問題なし、ペン入力もできてカメラの性能も良いということで、以降取材記者の愛用品となっていきます。

 先のルールに従うと、タブレットを持った記者が席から頭上にタブレットを掲げて写真を撮ることは「OK」の範囲なのですが、問題はこれが邪魔なことです。海外の記者などの中にはこれで堂々と動画を撮り続ける猛者もおり、タブレット記者の後ろの席の方のイライラは想像に難くありません。

 スティーブ・ジョブズ氏が残したこの「タブレットは便利だけど会見で邪魔」という試練に対し、20年9月現在、人類はまだ答えを出せていません。