日々、記事化を目指してメディアへの売り込みに懸命な企業広報。新型コロナウイルスの感染拡大で発表会の開催もままならない今、その手腕が問われています。そこで今回は、記事化しやすいように“お膳立て”された「提案型広報」にスポットを当てます。メディア側も大歓迎と思いきや……。
企業の広報やPR会社が、記事を書いてもらうためメディアに売り込む「提案型広報」は大変結構なことなのですが、時に相手が困ってしまう“ご提案”もあるようです。先日、懇意にしているある編集者の方が「この売り込みには参った」とぼやいていたので、一体どれほどご無体な相談を持ちかけられたのか聞いてみました。こうした場合、大抵は「提案」と言っておきながら鮮度も低ければアングルも利いていない、自社の宣伝に終始した情報を記事にせよという話なのですが、その件はちょっと様子が違いました。
具体的な提案内容は控えますが、例えば「冬のボーナスで買いたい〇〇10選」といった企画で、売り込んできたメーカーの情報以外に、主要メーカーの新製品リストや、それぞれの特徴や価格などが整理された情報だと思ってください。これにメーカーから広報写真を取り寄せれば、後はもう原稿をまとめるだけで特集記事が一丁上がりです。要するに1社の企画ではなく、編集部やライターがやるべき領域の仕事まで丸々パッケージにした売り込みというわけです。
提案する側は、おそらく「編集部の取材の手間が省けて大助かり」と考えているでしょう。一方のクライアント企業に対しては、「その企業の製品評価が高くなるよう、さりげなく情報をプッシュしているので、単独の製品紹介より効果的な露出になる」といった思惑を抱いているかもしれません。これなら八方めでたく収まる、ということだと思います。
これの何がいけないのか。一言でいうと「やり過ぎ」です。
世の中これだけ情報が氾濫していると、消費者は簡単にその情報の海で溺れてしまいます。子猫の動画のかわいさに溺れるのならそれはそれで悪くありませんが、何らかの目的があって情報を探しているのであれば、最短距離でその情報にたどり着きたいものです。そこで編集者や記者が独自の“視点”で情報に対して意味付けした、あるいは面白さの味付けをした記事が価値を持つのです。そうした記事こそが、消費者にとってまさにたどり着きたい情報への最短コースとなるのです。
この視点というのがとても大切で、堅い経済ニュースとエンタメニュースとでは、同じ情報であっても読者へのインプットは全く異なります。それがメディアごとの編集方針で、これこそ「なぜ編集が必要なのか」という根幹を成す考え方です。
例えば「プロ野球開幕」というテーマで記事を書けば、まさに十人十色。編集部ごとの視点の違いが、読み手としても楽しみな点になります。もし「やり過ぎ広報提案」がこの編集方針をコントロールし、広告のような意のままに記事を出すことをもくろんでいたなら、編集記事の持つ意味をはき違えていると言わざるを得ません。
信頼の高いメディアで記事にしてもらうために
もう一つ、「提供した情報に責任を持つ」ということだけは、読み手に対して何をおいても担保してもらいたい部分です。ネット時代、この取材源の情報に責任を持つという点が実に悩ましいのです。フェイクニュースとまでいかなくとも、不正確な情報や書き手の主観で、事実と違う内容になっている記事があります。しばしば意図的に“あおった”記事を書く情報発信者もいます。その点、やはり報道や出版系のメディアのフィルターを通した記事の信頼度は抜きんでていると言えるでしょう。
広報としていかに多くの記事を書いてもらうかは大事ですが、今やいかに信頼の高いメディアに記事を書いてもらうかが、プライオリティーになってきたと言えます。丸投げ企画が通りにくい編集部ほど信頼度が高い、そう考えると広報のアプローチとして「やり過ぎ提案」は、こちらの意図と(信頼できる)メディア側とのスタンスとがかみ合っていません。
例えば「海の近くにある露天風呂」のような、情報を集めるだけでも骨の折れる作業があります。露天風呂といっても源泉かけ流しの檜(ひのき)風呂もあれば、まるでウナギの養殖池のような味気ない風呂もあり、どこに行けばいいのか見当がつきません。そうした場合、適当にネット情報をまとめただけのサイトよりも、旅行雑誌系のサイトで「年間100回以上温泉に行ったスタッフが選んだベスト10」を見つければ、やはりそちらを読んでみたいと思うわけです。やはり「誰からの情報なのか」はネット時代とても重要ですね。
冒頭の編集氏が広報の売り込みにぼやいていたのは、こうした編集の存在意義をまるで認めていないかのような提案だったからです。誤解していただきたくないのは、提案のやり過ぎがいけない理由が、編集部のプライドを傷つけないように忖度(そんたく)しましょう、ということではありません。編集方針を尊重し、そのメディアの「目の付けどころ」で記事を書いてもらったほうが、我々広報としても最終的に得をするからです。
では広報としては「提案型広報」は不要で、プレスリリースを淡々と投げ続けていればそれでよいのかというと、それもまた違うと思います。その媒体を理解することは大切ですが、分かった気になって編集部の領域に足を踏み入れるのではなく、やはり自社の市場や技術について一番専門的に分かっているのはメーカー(企業)サイドなので、その情報提供に徹するべきでしょう。
新技術やトレンドをどう予測したか、さらには自社の伝統や製品哲学がどのようにその製品に反映されているのか、新製品誕生を取り巻く背景まで併せて伝えられるのは広報だけです。相手の編集方針を意識し、絶妙なトーンで情報を提供することが、広報の腕の見せどころなのです。