言うまでもなく広報パーソンも一人の人間。子供の父親であったり、母親であったりします。しかし、仕事を離れた日常生活でも広報パーソンならでは“職業病”が発症してしまうことがあります。今回はある日遭遇した45分間の出来事です。その“病”が発症してしまいました。

髪の毛に付いた「白いもの」の正体は…… ※画像はイメージです(写真提供:teresa/PIXTA)
髪の毛に付いた「白いもの」の正体は…… ※画像はイメージです(写真提供:teresa/PIXTA)

娘からの連絡、髪に付いた「白いもの」

 ある日の午後4時23分――。母親がカレーを作りながら自宅で仕事をしていると、突然、スマートフォンに連絡が入った。

 「今日病院に行きたい」という娘からの一報。母親は「また階段から転がり落ちたのか?」「熱を出したのか?」、それとも「花粉症で鼻水が止まらないのか?」と想像し得るすべての可能性を頭の中で想定する。

 「なぜ病院に行きたいのか?」という母親の問いに対して、10歳になる娘の答えは以下のようなものだった。

  • 学校の帰りに友人が自分(娘)の髪の毛に「白いもの」を発見した。
  • 友達に取ってもらったがまだ残っている。
  • 自分では確認ができないが、不安だから病院に行って確認をしたい。

 これを聞いた母親は、娘に対して多くの質問を浴びせかける。

  • 「白いもの」を発見したのは具体的に誰なのか。
  • 「白いもの」の正体は具体的に何だという話になっているのか。
  • 学校の先生はその「白いもの」の正体を確認したのか。
  • 自分自身の目で「白いもの」を確認したのか。
  • 「白いもの」の大きさや形状などの特徴は。
  • あなたの他に髪の毛に「白いもの」が付いているという人はいたのか。
  • 校内で「白いもの」は話題になっていたのか。
  • その「白いもの」に触った人はいるのか。
  • かゆいのか。かゆいとすればいつからかゆいのか。頻度は……。

 正確な情報を整理できずイライラする母親。炒め始めたばかりの豚肉を鍋に残し、ガス台の火を消して、直接話を聞くべく学童保育(学童)に向かうために車のキーを手に取る。

 午後4時38分――。母親は行きつけの病院の受付終了時刻が迫っていることに気づき、電話をする。残念ながら受付時間が午後4時半までとの回答を得る。さらに母親は、プロ主婦の母(娘の祖母)に電話。かつて髪の毛に付く「白いもの」を見たことがあるか質問する。シャンプーでの対応もあるらしいが、やはり病院に行ったほうがいいだろうとアドバイスをもらう。

 午後4時40分頃――。他の病院(混んでいて時間がかかると想定できたので、避けたかった)へ行くことに決め、母親は車を走らせ、娘のピックアップのために学童に向かう。

「白いもの」の正体

 午後4時50分頃――。母親、娘をピックアップ。開口一番、電話で聞いた内容と同じ質問を行う。さらに母親自身の目で、娘の髪の毛にある「白いもの」を確認するが、目視できない。老眼を呪いながら、素人目に判断ができないと諦める。

 「前からかゆかった。今もかゆい」と言う娘に、「だからもっと丁寧にシャンプーをするように、と言っていたのに!」と問題解決にならない不満を口にする母親。

 午後5時前――。母親は問診表に記入しながら、看護師に「白いもの」の正体を先生に確認していただきたいと懇願。夕方5時前ということで病院が空いていた。3人目に診察に呼ばれる。

 午後5時8分――。母親は会計待ちをしながら、慌てて娘と帰り道が一緒だったお友達のお母様方に以下のようなメッセージを送る。

 <今日、帰りに娘の髪の毛に「白いもの」が付いていたと話題になっていたみたいなのですが、ただのフケでした! 病院で診ていただいたので大丈夫です! うつらないので、念のためお伝えしておきますっ!>

 これを送信してから数分たっても誰からも反応がないのを見て、母親は正気に戻る。

 「仕事モード」になっていたことに気づく……。

 母親が「ホッとしたー」と追加で書くと、やっと「よかったねー」「乾燥するものねー」と優しいコメントが返ってくる。お母様方は返信がしづらかったのでしょう。誰にも聞かれていないのに、乾燥用にローションを処方していただいたことまで書かずにはいられなかった。“母親”という役割を完全に忘れ去り、“娘の広報担当者”として振る舞っていた。

母親の思考の流れを検証する

 さて、これまでの思考の流れを振り返ってみましょう。

 母親は第一報が入ってきたとき「夕飯前までに決着をつけたい」と考えた。1次ソース(現場にいたお友達)からの臆測情報が他の友達やお母様たちに拡散するタイミングは「夕食の頃だろう」と想定。とはいえ、諸々のファクトチェックが間に合わなかった場合、明朝の登校時までに何かしらのアクションをしようと心に決めた。

 登校後の情報拡散は母親の手では抑えきれない。広報的なファーストアクションのデッドラインは、次の日の朝。それは死守する。このデッドラインを死守できない場合、臆測情報が既成事実として流布してしまい、完全な抑え込みは難しい。

 ただのフケのお話。たかがフケ、されどフケ。我に返った母親は、1人でやりきったと満足感に浸る自分自身を笑ったのでした。

 最初にデッドラインを設定して、それまでに「お医者様いわく……」と母親からの情報発信を確かなものにするための証拠(エビデンス)を用意し、それを基にファクトと今後の対策をスピーディーかつ積極的に情報開示する。このある日の45分間に起きた出来事は、母親として正しい行動かどうかは疑問ですが、広報を“職業”とする人特有の症状が出たのは確実です。

 ただ、娘の広報担当として、この母親が認識して反省すべきだった点があります。かゆい、かゆくないといった主観に関する質問は、あまり役に立たないということです。人はかゆいと思うと、不思議とかゆくなるものなのですよ。