ある企業から依頼された広報業務。契約書を見てびっくり。相手側が出す資料の正確性や有用性について先方は責任を負わないとありました。フリーランスになって先行きに不安な時期でしたがその仕事は受けませんでした。この決断があったからこそ、プロの広報として仕事と向き合えるようになりました。

えっ、この契約書……マジ? ※画像はイメージです(画像提供:fizkes/Shutterstock.com)
えっ、この契約書……マジ? ※画像はイメージです(画像提供:fizkes/Shutterstock.com)

先行き不安な中、あえて契約を断った理由

 企業内の広報からフリーランスで広報業務を請け負うようになり、決定的に変わったことは「来月から仕事が無くなるかもしれない」「クライアントに捨てられるかもしれない」という不安が生まれたことです。「社会保険を付けてもらえませんか」とクライアントにお願いしてみたり、人材派遣会社に登録してみたりと、不安を払拭するために、仕事以外のことにかなり長い時間を費やしました。企業内の広報だった頃から広報としてがむしゃらに頑張ってきたつもりなのですが、客観的に見て自信の持てるスキルを持ち合わせているのか疑心暗鬼になっていたのが不安になる最大の理由だったように思います。

 そんな私でも、ある出来事をきっかけにプロフェッショナルとしての意識が高まり、腹をくくって仕事に向き合えるようになりました。

 まだ仕事が少なくて不安だらけだった時期に、ある企業の広報を担当してほしいという話が入ってきました。とんとん拍子に話が進み、面談も終わって後は契約書を取り交わすだけとなりました。メールで送られてきた契約書の中にこんな文章が含まれていました。

・「甲の資料等の正確性、有用性等について甲はその責任を負わないものとする」

・「乙は、本業務の実施について、独立した当事者として経済上及び法律上の全ての責任を負うものとする」

 それまで何社かと契約書を交わしていた私も初めて見た文章でした。「甲」はその会社。「乙」は私のことです。我が目を疑い、何十回も読み返しました。私の理解が間違っているのではないかと弁護士にも間に入っていただいたのですが、最終的にこの文言は消してもらえず、契約には至りませんでした。

 この一件で、広報として絶対に越えてはいけない一線と守るべきものがあることを改めて強く意識するようになりました。格好いい言い方をすると、責任を背負う覚悟と信念を持たなければ、仕事を受けてはいけない。そして一緒に仕事をする企業に対しても、信用できるかどうかの条件をクリアしない限り、広報の仕事は受けないことに決めました。

 私は上司や同僚を含め周りの方に大変恵まれていましたし、今でも恵まれています。広報の一担当者だった私がコラムを書いたり、企業のコンサルティングをしたりしているのは、大企業でありながらかなりの権限委譲がなされていたことがあります。基本的な部分は任せてもらい、困ったときには助けていただいた上司には感謝しかありません。大企業の場合、日々多くの案件が発生し、ケーススタディーにできるような事例が膨大にあったというのも幸いでした。この経験の中で、「甲の資料の正確性と有用性」が最も重要だと学んでいたからこそ、契約を断れたのだと思います。

正確な情報を手に入れることの大切さ

 さて、「甲の資料の正確性と有用性」が最も重要になる局面は、リスク案件と向き合ったときでしょう。リスク対応の経験がある広報の方ならお分かりだと思いますが、マスコミに対して広報担当者が「私は知りません」は通用しません。そんなときの社会部の記者は、震え上がるほど怖い。いつも優しい記者さんでさえ、笑顔が消えて緊急事態モードに切り替わります。取材現場は誰も逃がしてくれない、八方ふさがりの修羅場と化します。

 何かしらのリスク案件が起こった際、マスコミの間で「あそこの広報担当者はダメだ」とか「取材対応がなっていない」といった話題がよく出ます。実際にアウトプットの際にミスをした可能性は否定できません。

 通常営業の広報は、企業の窓口業務として取材をアレンジするなどの仕事を担っています。電話やメールでのやり取りも多いでしょう。しかし、ひとたびリスク案件が起きた場合、広報は企業のスポークスパーソンもしくは会社の代弁者に格上げされ、いきなり重責を担うことになります。恐ろしいことに、広報担当者が電話で回答した発言がそのまま、一語一句が、会社の見解として記事になることもあります(もちろん普段もそうですが……)。

 そんな中、「あそこの広報担当者はダメだ」とか「取材対応がなっていない」といった不満を持たれる主な原因としては、(1)つじつまが合わない、(2)隠している、(3)対応が納得できない、(4)スピードが遅い、などが考えられます。つじつまが合わない、隠している場合は、もしかしたら広報に入っている情報が正確ではない可能性があります。仮にそうだとしても、広報は「あのときは知りませんでした」とか「社内から情報が上がってきていなかったので仕方ない」とか「誰かが嘘をついていた」とは言いづらいでしょう。実際は企業の中にいないと分かりませんが、そうしたときはどうしても広報担当が板挟みになっているのでは……と肩入れしたくなってしまいます。

 インハウスでもフリーでも広報にとって、ネタ元の情報の正確性と有用性とは死活問題です。引いてはそれが会社を守ることになるのだと、広報以外の方にも意識をしておいていただきたいと思います。