社長や経営幹部がうっかりマスコミに余計なことをしゃべってしまわないよう、彼らに「メディアトレーニング」を行う企業が増えてきました。マスコミに対する完璧な応対は訓練のたまものですが、取材する記者からすると味気ないことも。あえて「野に放ち」、自分の言葉で話してもらうことも大切です。
メディアトレーニング、やり過ぎてませんか?
近年「メディアトレーニング」という言葉を耳にするようになってきたように思います。簡単に言うと、社長などマスコミに対応する経営幹部に対し、厳しい質問への対処方法や自社の強みを端的に説明する意識づけ、さらには話法、ジェスチャーや視線、服装に至るまで、「良いスポークスパーソン」になってもらうための訓練のことです。最近は国内でも採用する企業が増えているようですが、特に外資系企業の広報では「メディアトレーニングを受けていないなら取材対応はさせられない」くらい厳格なものです。
いいことずくめと思われるメディアトレーニング。しかし、今回は結構“これ”をやってしまっている企業が多いのではないかと思う「メディアトレーニングのやり過ぎ」についてです。
確かに記者との会話が脱線してしまい、肝心のことを言えなかったり、悪意のあるような質問に言質をとられたりしないように準備することは必要です。ただ、あまりに準備し過ぎてロボットのようなスポークスパーソンに仕立ててしまうと、判で押したようなやり取りだけになってしまいかねません。記者側からすると、取材のやり取りでその会社の面白さを発見したり、その人物の魅力を感じたりすることができなくなってしまいます。
グローバル企業の経営者を取材した経験のあるマスコミ関係者ならお分かりいただけるかと思いますが、大体何を聞いても事前に調べておいた情報以上のものは出てきません。
「わが社はSDGs(持続可能な開発目標)にコミットした、世界で最も先進的な企業だ」――例えばこんなホームページを朗読するようなメッセージでも、5大紙といわれるメジャーな新聞で「記事にしてもらえ」というご下命が本社の広報から日本法人に降ってくることがあります。もし本当に記事にしてもらいたければ、直近では自分自身がこんな体験をした、この先こんなことをやってゆくというようなアップデートなりアナウンスなりが欲しいところです。しかし特にそれもなく、どういうアングルから聞いても同じ回答。記者としては「う~ん、だったらホームページ見て記事書くよ……」とボヤきたくなります。
とはいえ、同じ内容でも世界的企業の経営者の口から直接コメントをもらえたということには一定の価値があります。従って日本法人の広報が取材アレンジに当たって心得ておくべきは、そのよく訓練された本社の幹部から何か目新しい発言があることなど期待せず、たとえありきたりの発言であっても、取材者にとってそれを引用するに足る人物かどうかということです。それによって取材していただくメディアが全国紙なのか、業界の専門媒体なのかも違ってきます。
あえて経営幹部を「野に放つ」
グローバルの幹部がこんなスポークスパーソンなので、日本法人の幹部も同じようなガチガチのトレーニングをしておけばよい――。私も以前はグローバルのガイダンスなるものを金科玉条のように扱ってメディアトレーニングをしていました。しかしあるとき、記者からこんなことを言われてしまいました。
「鈴木さん、〇〇さんはよくメディアトレーニングされているようですね。どの記事を見ても大体同じことを話されているようで……。だからちょっとあの内容だと取材は厳しいですね」
要するにマスコミの間で「あそこの会社の社長はつまらん」という評判が立ってしまうわけです。幸いこのご指摘をいただいたので、その後は意識して「野に放つ」と私が呼んでいる、比較的自由に発言してもらうことを心がけました。すると「結構情熱的な方なんですね」「面白い話が聞けました」と言っていただけるようになりました。無論、会社の方針と違うことを自由に話してもらうわけではなく、大きくはその内容を伝えるという狙いさえ合意しておけば、後は自分の言葉でしゃべってください、というようにしています。
こうしたことができるのは、「この人なら任せておいてもこういう話はできる」「この話題は少しヘルプがいる」といった判断ができるだけのコミュニケーションを、その幹部と日常的に行っているからです。広報が経営に近い組織に置かれているのも、このような意味があります。逆に広報は社長などスポークスパーソンについて誰よりも理解している必要があります。
ある新聞社の「次世代エース記者」とのやり取り
書き手である記者も、メディアトレーニングのことは知っています。あるとき、某新聞社の中で「期待の次世代エース」とひそかにいわれている記者に幹部取材をお願いしたことがあり、当然こちらから「事前に質問を送ってください」と伝えました。
実は新聞社の取材の場合、質問をわざと送ってこない人もいます。あるいは少し抽象的な表現で「後は当日の流れの中で」などと言ってくる方もいます。そうなると、もしかしてとんでもない質問をぶつけてくるのでは……と疑心暗鬼になり、過剰な準備をしがちです。
しかしその記者は、「悪意のある質問をするつもりはありません。取材対象者と生の人間として向き合い、ダイナミックな会話の中からいろいろな発見をしたいんです」と取材の狙いを正直に話してくれました。ここまで言ってもらえると広報も疑心暗鬼にならずに済みますね。なお、この記者は今や重要マーケットとなった中国支局に栄転され、次世代エースから本当のエースになって活躍されています。
では、広報として全く無防備な状態で取材当日を迎えるのか。もちろんそうではありません。日常的にその新聞のインタビュー欄を読んでおく、その記者の記事、その媒体がSDGsならSDGsに対し今どういう論調なのか、自社をどう見ているのか、自社の属する産業の動向をどう思っているのか、こんなことを勉強していればおおよそ質問の方向性は見えてくるものです。
こうしたメディア研究の成果として用意した想定質問がビタビタと当たると、広報としてこれ以上気持ちのいい瞬間はありません。取材対応する幹部も安心しますし、後は事前に確認しておいた幹部の自分なりのトークに任せておけばいいだけです。
「広報、ボーッと新聞読んでんじゃねえよ!」とチコちゃんに怒られそうですが、日ごろの“アレ”があるので、こうした準備もまたできるのです。