船でクルーズ、クラブ貸し切り、スモークがんがんたいて――。お偉いさんとしては、大事な発表会は派手な演出で場を盛り上げたくなるもの。しかし広報的にはこれが意外と的外れだったりする。報道するマスコミ側の視点で考えてみましょう。
「東京湾を船でクルーズしながら会見、なんてのはどう?」
一世一代の製品発表。ここは世間の注目を集める派手な発表をしたい。それにしてもウチの広報は工夫が足らんな、また丸の内の貸会議室か――。
会社の幹部がこんなことを考え始めると、広報担当にとってまた風雲急を告げる事態となります。
偉い人 「他社がやらないような、ユニークな場所で発表会をやろうよ。それがイノベーティブってもんだよ」
広報 「例えばどんな感じですか(怒)」
偉い人 「東京湾を船でクルージングしながら会見とか、お台場の巨大クラブを貸し切るとか」
広報 「それってマスコミの人から見るとどういう意味があるんですか(怒怒)」
偉い人 「いや、ブランディングだよブランディング。あと、クラブでやるなら夜の遅い時間帯だな~。お酒も出してゲストに芸能人も呼ぼうよ」
広報 「芸能人ゲスト必要なんですかね(怒怒怒)」
偉い人 「あれ? なんかドドドって音がどこかから聞こえる気がするけど……」
この広報担当者がなぜ怒っているのか考えてみましょう。
広報がイベントを企画するとき、このイベントがどうアウトプットされるかということを逆算して企画します。つまり発表に関する文字や写真、あるいはテレビの映像としてどう一般の消費者の目に触れることになるのか、ということです。言い換えると一般消費者の目に触れない、記事に取り上げられないであろう部分に工夫をしすぎても効果が薄いということになります。
一方、記者のニーズとしてはアクセスしやすいこと、メモやPCを操作するためのテーブルがあること、写真撮影をするのに十分な台数の商品があること、会場の照明や音楽が撮影の邪魔にならないこと……こういったことが発表会へのニーズになります。東京湾クルーズやお台場がなぜNGなのかお分かりいただけたかと思います。
遅い時間にクラブで音楽を流してお酒も出して、というイベントも近年(近年でもありませんが)増えています。特にブロガーやインフルエンサーといわれる方をお呼びする際は、日中は別の仕事をしている方が多いので、夜のほうが比較的集客しやすい。さらに飲食があることや芸能人が来ているといったことも、彼らが出席するモチベーションにつながるようです。
しかしターゲットが日刊で記事を書いているプロのメディアの場合、会見は午前または午後の早めの時間にセットしないと、新聞用語でいうところの「今日組み」といわれる締め切りに間に合わなくなります。ネットでの情報発信が当たり前の時代、一晩たっただけでニュースの鮮度は急激に落ちるので、会見時間の設定には気を使います。
ネットニュース時代の今、「写真映え」も意識すべき
私が社内の関係者によく説明するのは、記者会見というのは確かに我々が主催するものではありますが、取材に来る記者にとっても仕事の場であり、読まれる記事、質の高い記事というアウトプットを出さなければならない場です。競合メディアとの戦いの場でもあり、フリーランスにとっては次回以降の仕事を決めることにもなる、生活が懸かっている場ということもあるでしょう。
これらの取材活動を妨げない限り、記者に対しても会見にブランディング要素が必要なことは特に異論ありません。記者といえども人間なので、きれいだな、格好いいな、と思わせる演出には多少なりとも心が動かされことはあると思います。ただ新製品の展示什器(じゅうき)が鏡張りだったり(撮影するカメラマンも写りこんでしまう)、什器がLEDでピカピカ光っていたり(LEDのせいで製品の色がおかしく撮影されてしまう)すると、怒られるのでそこはやりすぎないよう注意が必要です。
こう書くと「地味で質素な発表会こそが正義」であるかのように受け止められたかもしれません。しかし発表会としての華やかさというものも、昨今は必要だと思います。
特にネットニュースでは最近「OGP(Open Graph Protocol)」といわれる、SNSなどでシェアされた際に表示されるサムネイル画像を編集側は重視しています。実際このOGPの良しあしでかなりアクセス数が違ってくるので、我々広報サイドとしても「映える」写真を撮ってもらうための工夫をすべきでしょう。
「アンベール」は使い方次第
また派手な発表会といえば、新製品のアンベールという儀式です。ジャジャーンとばかりにスモークやらレーザー光線やらの演出の入った後に壇上の発表者がサッと布を取る、あるいはステージからせり上がって登場してくる。こうした一見登壇者の自己顕示欲を満たすためだけにあるような瞬間も、ある前提付きならば先のOGPと同じ理由でやってもよいと思います。
実は多くの場合、発表会の本番前に記者に対し「壇上この辺りに登壇者が立ちます。その後、幕を取ってここに新製品が登場します」といった段取りの説明を行います。さらに多くの場合、会場に入った瞬間に発表資料を手渡すため、どんな製品がこの幕の下で“待機”しているか記者は十分把握し、準備完了の状態でその瞬間を待ちます。
こうした一種の予定調和である限り、派手なアンベールに対し取材側からのクレームはあまり入らないでしょう。むしろ本気のサプライズで、一体何がどういうタイミングで出てくるか分からないアンベールには、撮影のタイミングを逃したなどのクレームが付く恐れがあります。
とっておきの発表会、送り手の心理として晴れがましい気持ちはよく分かります。ですが、記者はショーを見に来ているわけではなく、アウトプットを出す仕事をしに来ています。新人記者ならまだしも、ある程度取材経験のある記者ならば、残念ながらこうした派手な会見は「また始まったか」くらいにしか思わないものです。
いわば会見とは(メーカーっぽい言い方をすると)「成果物」ではなく「中間成果物」なのだと思います。最終成果物である記事を作ってもらうための装置、それくらいの冷静さで広報は社内バランスを取るほうがよいでしょう。

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