新製品や新規事業の発表会では、良い記事を書いてもらいたいため経営者や担当者から記者の期待を高めるようなフレーズが飛び交いがちです。話を盛りすぎるのは論外だとしても、メディアに対する「期待値」を上手にコントロールできないと、広報は期待を裏切られることになりかねません。

「この製品のシェアは急上昇します」――そんなに期待を持たせて大丈夫? ※画像はイメージ(写真:Jirsak/Shutterstock.com)
「この製品のシェアは急上昇します」――そんなに期待を持たせて大丈夫? ※画像はイメージ(写真:Jirsak/Shutterstock.com)

大風呂敷よりメディアの「期待値」を読め

 「〇〇社、失速」「早くも人気に陰り」

 全力で臨んだ発表の数カ月後、新聞にこんな見出しが載っていたら、広報ならできれば人目に触れる前に全国の駅売店を回って、全部の新聞を買い取ってしまいたい気分になります。今回はメディア側が抱く「期待値」のコントロールについてです。

 コントロールというと「うちの広報はメディアのコントロールができていない。なんだこの記事は!」などといきりたつ会社幹部もいたりするでしょう(関連記事「『なんだこの記事は』 広報が取材対象者に後で怒られないコツ」)。しかしこのコラムで再三言ってきているので賢明なる読者の皆さんはもうお分かりだと思いますが、マスコミそのものをコントロールしようなどと大それたことを考えるのは得策ではありません。せいぜいひんしゅくを買って、以降付き合いにくい会社だなと思われるのが関の山です(関連記事「『原稿確認させてください』と編集部に言うと何が起きるのか」)。

 メディアに対して「期待値をコントロール」するというのは、過度に“盛った”発表をしない、むしろ第一声は控えめにして、後から記者の評価を超えてゆくといった考え方です。

 広報といえば、何でもかんでも派手に発表すればいいと思いがちです。しかし偉大なる先人は「竜頭蛇尾」という素晴らしい四文字熟語を残して、我々のこうした“イキった(調子に乗った、偉そうな)”考え方に教訓を与えてくれています。

 例えば製品どころかまだコンセプトレベル、事業的に1円もお金を生み出していない状態だったりするものを、一流ホテルを借りて派手な演出でババーンと発表したとします。こんなにイノベーティブです、今後こうやってああやって、盛大にこの事業を拡大しますのでご期待ください、と大見えを切る。するとメディア側には当然ながら大きな期待だけが残ります。この段階でメディアの期待というものを“経営上のリスク”として勘定に入れるべきなのですが、「まあ世間は忘れてくれるだろう。言ったもん勝ちだよ」というような甘い考えでいると、冒頭のような批判的な記事が後々出ることになります。

 メディア側には好意も悪意もなく、記者はその後どうなったかという事実だけを書きます。しかし「社長イキってた割には、その後は中身なかったよね……」と断ぜられたときは、発表時との落差から、どうしても辛口記事にならざるを得ないでしょう。これでは勢い任せで記者の期待値を管理できていない広報と言われても仕方ありません。

 私は前の職場で携帯電話の広報を担当していたのですが、その会社が携帯電話市場に新規参入するというプレゼンを当時のCEO(最高経営責任者)が行いました。その場で彼は、発売初年度「世界シェア1%」という目標を掲げました。まあ「フーン、なるほどね」という印象ですよね。

 実は発表された商品は「iPhone」で、その企業は米アップル、CEOはスティーブ・ジョブズでした。「1%」とは現在の人気からは考えられないほど控えめな目標ですが、むしろ低い期待値からスタートしたからこそ、その後の勢いに周囲が驚いた部分はあると思います。上場企業として、投資家の判断材料ともなる製品発表で過度に盛るのは不誠実とも言えますから、この時のアップルの判断は妥当だったと思います。

現場を活用して「成功している姿」を見てもらえ

 もう一つ、期待値に対するアップル時代の記憶として印象に残っているのが、直営店のApple Storeに関するアップル本社の広報とのやり取りです。

 「新規開店したばかりのストアに取材を誘致して、少しでもお店の集客に貢献したい」――。そう提案したところ、「取材を入れるのは、もっと人が来る週末になってからにしてほしい」との答えが返ってきました。てっきりほめられると思っていたのに、ダメと言われて意外でしたが、その続きを聞いて納得しました。

 「取材っていうのは、成功している姿を見てもらうものなんだよ」

 報道である以上、ファクトが重要です。斬新なアイデア、洗練された店内は確かに期待を持たせるには十分ですが、だからといって開店ホヤホヤのメーカーの直営店について「この店舗はすごい」という記事は、書きたくても書くだけの要素が足りません。

 しかし開店後しばらくたった週末に、買い物客でごったがえす店内を案内すれば、ファクトとして「この店は客であふれている」わけです。記者もそこまで見れば、その理由はこうこうで、今までの販売店とは違うから成功しているのである、という記事が書けます。

 本題からずれますが、記者にとってファクトというとまず数字が思い浮かびますが、こうした“現場”の状況も非常に強い根拠となります。店舗や工場のような現場のある企業は、広報のカードとしてうまく使うと非常に効果があると思います。

 実際、当時のアップル広報では、新任の担当記者が最初に挨拶を兼ねて会社概要のレクチャーを受けたいというとき、上司のT林部長は「鈴木さん、ぜひApple Storeにお連れしましょうよ」というアドバイスを必ずくれました。本社の会議室で見せられるプレゼンよりも、店舗内で自分の目の前を行き来するリアルな消費者という“現物”を見ることで、「この会社は勢いがあるな……」と感じてもらえるわけです。

 Apple Storeが成功したからかもしれませんが、その後メーカーの直営店あるいはブランドのコラボカフェのような取り組みが現れては消えています。しかしどれも「開店しました!」という広報はするものの、「にぎわっています」というところまで広報が十分にフォローできていないように思えます。

 どういう狙いで直営店を運営しているかは会社によって異なるのであまり断定的なことは言えませんが、運営が順調ならブランドの信用度を高める絶好の機会です。広報のタイミングをどこに持っていくのか、そのために最初の期待値をどれくらいに設定するのかは、よく考えて計画するほうがいいでしょう。

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あの時代にこんなスゴ腕の広報がいたら、きっと日本の歴史は変わっていたに違いない……。
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