新製品、決算、謝罪――。広報には様々な発表会や記者会見が待ち構えています。その最後の山場が質疑応答です。記者との真剣勝負の場であり、広報の腕の見せどころといえます。経営幹部が口を滑らせ逃げ出したくなることもありますが、見事乗り切ったときは、心の中でガッツポーズをしているのです。

「はい、そちらの青いジャケットの方。お名前と媒体名を……」 ※画像はイメージです(写真:Fast&Slow/PIXTA)
「はい、そちらの青いジャケットの方。お名前と媒体名を……」 ※画像はイメージです(写真:Fast&Slow/PIXTA)

Q&Aにきちんと目を通してほしいけど……

 「それでは、ここからは質疑応答の時間とさせていただきます。ご質問のある方は挙手くださいますと係の者がマイクを持って伺いますので、お名前、媒体名をおっしゃってからご質問をお願いします」

 この紋切り型の案内を言っているとき、淡々とした調子で発表会を進行しながらも、司会を務める広報担当者の頭の中では、戦いのゴングがカーンと鳴っています。今回は記者会見のハイライト(と筆者が思っている)質疑応答についてです。

 取材をする側としては、一方的な企業の言い分をうのみにした記事を書くわけにもいかず、発表内容に対し疑問をぶつける、時には経営幹部から公式見解を得るため、発表とはあまり関係のない内容であっても質問の手を挙げることがあります。

 一方発表をする側としては、指摘を受けて多くのメディアの前で回答に窮したり、ましてや予定にない幹部の発言で言質をとられてしまい、想定していなかった方向でニュースが大きくなったりするなど、最悪の事態を招くリスクもはらんでいます。質疑応答こそ、広報と記者の真剣勝負の場なのです。

 その際のQ&A(想定問答集)ですが、我々広報は完璧にしたいが故にものすごく長大なものを作ってしまいがちです。ところが経営幹部の方は、基本的に人前で話すことに自信があり、頭の回転も速い人が多く「俺、マスコミ対応は慣れているから、こんな準備しなくてもちゃんと答えるから大丈夫だよ」と言ってくるものです。長大なQ&Aなど、多忙な経営幹部にとってはとてもじゃないが全部に目を通す気にはなれないものです。困ったものです。

 以前、新聞社の記者の方からこんなことを言われました。

 「御社の社長さんはよくメディアトレーニングを受けておられるようで、どの記事でも同じ発言をされていますね。これって正直、記者としてはつまんないんですよね」

 せっかく経営者を直撃してその考え方を聞き出せると思いきや、会社のホームページを朗読するような回答では、取材する側からすると物足りないということです。

 このように考えると「良いQ&A」というのは、長大なボリュームで単にガチガチに守るだけではだめで、頭に入るボリュームで、かつ会見や取材の場にある程度ダイナミックさを残しておかなければならないのです。

「ノーコメント」ほど危険な回答はない

 Q&Aについては、あるとき、当時NECパーソナルコンピュータの社長だった高塚栄さんから「細かいところは私自身の言葉でいうから、言っちゃいけないことだけ教えてくれればいいよ」と言われ、以下の3つに質問を分類するようアドバイスされました。

 今でも私のQ&Aはこれを基本に考えています。

 【分類1】聞かれなくても言うこと
 【分類2】聞かれても答えないこと
 【分類3】聞かれたら答えること

 「分類1」は発表内容を補足、補強する内容で、そもそも記者をわざわざ集めて説明を聞いてもらうような重要な発表であれば、なぜそうしたのか、これからどうしていきたいのかということは、スポークスパーソン自身が強い言葉を持っているはずです。取材側が聞きたいのはまさにそうした経営者の熱量のあるコメントです。

 ただ、熱が入りすぎてつい暴走してしまう、少々意地悪な誘導尋問に乗ってしまうということもあり得ます。それが「言ってはいけないこと」になります。

 「分類2」は将来の売り上げ目標など、聞く側としても「まあ答えられないわな」と納得できるような内容です。ここは「リップサービスしてはならないところ」という分類と考えて構いません。

 問題は「分類3」です。特にネガティブな回答を、どううまくダメージコントロールしながら答えるかは非常に難しいものです。

 人間の思考には、自分に最悪のことは起こってほしくない、だから最悪の事態は起こらない、という「正常性バイアス」というものがかかってしまうのだそうです。質疑応答においても「ここはノーコメントで切り抜けたい」という願望が、いつのまにか「ノーコメントで切り抜けられる」に置き換わってしまう場合があります。

記者:「工場の生産量を増やすということは、雇用も拡大するということでしょうか」。

社長:「人事計画についてはノーコメントです」

記者:「では質問を変えます。人を増やさず、生産量を増やすことなどできるのですか」

社長:「……で、できます」

記者:「え、どのような方法で」

社長:「……えー。あのー。そのー……」

 このように、結局疑問の核心に答えられなければ、Q&Aはもう用意していないのと同じことになり、会見前に勝負はついているといえます。とっさの危機回避行動としての「ノーコメント」ほど危険な回答はないと、覚悟しておく必要があります。

 こうした準備不足がどうしておきるのか。先に言った通り、幹部が真剣にQ&Aを見てくれなかった、ということもありますが、その他に気を付けたい落とし穴があります。

 万全を期して発表にこぎ着けた案件や、まるで自分の子供のようにかわいい新製品については、誰もがポジティブな視点でしか見られなくなって、批判的にはなれないものです。正常化バイアスに加え、こうした自信や情熱があるからこそ、余計に見立てが甘くなってしまうと言えます。

 ここで人間の本能に逆らい、記者の興味を予測し、厳しい視点でダメ出しできる力が広報に求められます。これは広報にとって、最も重要なスキルではないかと思います。

 非常に難しい質疑応答ですが、記者の質問を予想し、会見の席でスポークスパーソンが完璧に回答できたとき、これは広報としてもうガッツポーズの瞬間です。何事もなかったように、「……では次の質問をお願いします」と淡々と司会を進めていますが、心中はアテネ五輪鉄棒でE難度のコールマンから新月面宙返りでビタっと完璧な着地を決めた、冨田洋之選手のような気分なのです。