「ノーコメント」ほど危険な回答はない

 Q&Aについては、あるとき、当時NECパーソナルコンピュータの社長だった高塚栄さんから「細かいところは私自身の言葉でいうから、言っちゃいけないことだけ教えてくれればいいよ」と言われ、以下の3つに質問を分類するようアドバイスされました。

 今でも私のQ&Aはこれを基本に考えています。

 【分類1】聞かれなくても言うこと
 【分類2】聞かれても答えないこと
 【分類3】聞かれたら答えること

 「分類1」は発表内容を補足、補強する内容で、そもそも記者をわざわざ集めて説明を聞いてもらうような重要な発表であれば、なぜそうしたのか、これからどうしていきたいのかということは、スポークスパーソン自身が強い言葉を持っているはずです。取材側が聞きたいのはまさにそうした経営者の熱量のあるコメントです。

 ただ、熱が入りすぎてつい暴走してしまう、少々意地悪な誘導尋問に乗ってしまうということもあり得ます。それが「言ってはいけないこと」になります。

 「分類2」は将来の売り上げ目標など、聞く側としても「まあ答えられないわな」と納得できるような内容です。ここは「リップサービスしてはならないところ」という分類と考えて構いません。

 問題は「分類3」です。特にネガティブな回答を、どううまくダメージコントロールしながら答えるかは非常に難しいものです。

 人間の思考には、自分に最悪のことは起こってほしくない、だから最悪の事態は起こらない、という「正常性バイアス」というものがかかってしまうのだそうです。質疑応答においても「ここはノーコメントで切り抜けたい」という願望が、いつのまにか「ノーコメントで切り抜けられる」に置き換わってしまう場合があります。

記者:「工場の生産量を増やすということは、雇用も拡大するということでしょうか」。

社長:「人事計画についてはノーコメントです」

記者:「では質問を変えます。人を増やさず、生産量を増やすことなどできるのですか」

社長:「……で、できます」

記者:「え、どのような方法で」

社長:「……えー。あのー。そのー……」

 このように、結局疑問の核心に答えられなければ、Q&Aはもう用意していないのと同じことになり、会見前に勝負はついているといえます。とっさの危機回避行動としての「ノーコメント」ほど危険な回答はないと、覚悟しておく必要があります。

 こうした準備不足がどうしておきるのか。先に言った通り、幹部が真剣にQ&Aを見てくれなかった、ということもありますが、その他に気を付けたい落とし穴があります。

 万全を期して発表にこぎ着けた案件や、まるで自分の子供のようにかわいい新製品については、誰もがポジティブな視点でしか見られなくなって、批判的にはなれないものです。正常化バイアスに加え、こうした自信や情熱があるからこそ、余計に見立てが甘くなってしまうと言えます。

 ここで人間の本能に逆らい、記者の興味を予測し、厳しい視点でダメ出しできる力が広報に求められます。これは広報にとって、最も重要なスキルではないかと思います。

 非常に難しい質疑応答ですが、記者の質問を予想し、会見の席でスポークスパーソンが完璧に回答できたとき、これは広報としてもうガッツポーズの瞬間です。何事もなかったように、「……では次の質問をお願いします」と淡々と司会を進めていますが、心中はアテネ五輪鉄棒でE難度のコールマンから新月面宙返りでビタっと完璧な着地を決めた、冨田洋之選手のような気分なのです。