初めて任されたプレスリリース執筆の仕事。新人広報にとってドキドキの瞬間です。しかし、すんなり原稿が通るほど甘くはありません。少しばかり筆に自信のあった鈴木正義氏でしたが、見事に玉砕。今振り返ればとてもリリースとは呼べない代物だったとか。恥を忍んでその失敗談を公表いたします。

プレスリリースは報道資料ですが、つい“ドラマ”を書きたくなることも…… ※画像はイメージです(写真:mooinblack / Shutterstock.com)
プレスリリースは報道資料ですが、つい“ドラマ”を書きたくなることも…… ※画像はイメージです(写真:mooinblack / Shutterstock.com)

 私が初めてプレスリリースを書いたのは、はるか昭和の昔です。まだプレスリリースをFAXで送っていて、「何回送っても戻ってきてしまいます」と言いながら原紙を持って立ち尽くしている新人がいた。そんな恐ろしい事件が起きていた時代です。

 とは言え、プレスリリースに求められる要素はその時代も今も変わっていません。それは報道自体が変わっていないからでしょう。ということで、今回は若かりし頃の私の「やらかし体験」に突っ込みを入れてみようと思います。

ショック! 「やっぱ他の人に頼むわ」

 「鈴木、今度のレースのプレスリリース書いてみろよ」

 鈴鹿サーキットランド(現モビリティランド)の新人広報だった私は、子供の頃から算数は苦手でも作文だけは得意中の得意。大学でも一応、文学部日本文学専攻だったので、早速張り切って書いてみました。それなりに自信のある出来栄えの原稿を先輩に見せると、意外な言葉が返ってきました。

 「う~ん、今回は急いでるからやっぱ他の人に頼むわ」

 数日たって他の人が書いたプレスリリースを見ましたが、せっかくの力作を没にされたショックもあって、「僕が書いたのとどこが違うんだ?」という感想しか当時は持てませんでした。今思い返すと、恐らく“読み物”としての文章はそんなに悪くなかったと思いますが、報道記事を書いてもらう“資料”としてのプレスリリースの体を成していなかったのだと思います。

 ここで少し、プレスリリースと一般的な文章がどう違うのか考えてみましょう。

 【その1】記者は忙しい 

 メディアの記者は10ページもある“大作”など誰も読みたくないでしょう。たとえ2ページほどであっても、すべてを読むに値するかどうかを判断する上で、まず第1段落を読みます。リリースの書き手にとってこの第1段落が最初の勝負で、そこにコンパクトに「記事を書いてみたい」と思ってもらえる要素を突っ込みます。

 【その2】大仰な表現は要らない 

 記者が書く記事は誰かの宣伝ではないので、当然ながら客観性、公平性が求められます。例えばこんな一文をプレスリリースに盛り込んだとしましょう。

・「息をのむような美しさの液晶を搭載した……」
・「伝説的な使いやすさを受け継いだ商品の最新モデルは……」

 ともすると「書く仕事」と理解されがちな記者やライターですが、実は「読解力」もかなり重要なスキルです。優秀な記者であればあるほど、残酷なまでに本質を看破する読解力を持っています。その記者の目には、先ほどの文章はこう見えているのです。

・「息をのむような美しさの液晶を搭載した」
 →「ごく普通の液晶を搭載した」

・「伝説的な使いやすさを受け継いだ商品の最新モデルは」
 →「以前と大して代わり映えのしない今回の新商品は」

 この例、ちょっと笑ってしまうかもしれませんが、実はこうした“表現”は海外のリリースでは本気で書いていたりします。日本とカルチャーの異なる海外マスコミでは、これで許されているというか、そうしたリリースこそが良いリリースのようです。しかし外資系企業の広報なら、翻訳ベースのリリースが日本の記者の目にどう映るか気にしたほうがいいでしょう。

マスコミにも「稼いでもらえる材料」を用意する

 さて、プレスリリースでやらかしてはならないポイントを確認できたところで、私が初めて書いたリリースがどんなものだったのか、改めて思い出してみます。

 「〇月×日全日本レースが開催される。レースはポイントリーダーのホンダから必勝を期してエースの〇〇選手が参戦、一方ライバルのヤマハからは刺客として外国人レーサーの△△選手が国内レース初参戦。このライバル決戦に割って入るべく、カワサキ、スズキ陣営も虎視眈々(たんたん)と……」

 まあ、肝心の情報が抜け落ちているわけではないのですが、ややウザいと言いますか、主観が入り過ぎていますね。若き日の鈴木、しっかり読み物を書ききって、さぞかし気持ち良かっただろうと思いますが、「壮大なドラマ」を読み終わらないと何が発表内容なのか(何をヘッドラインにすればいいニュースなのか)分からないようでは、プレスリリースとしては不合格です。あくまで“読み物”を書くのは記者やライターです。料理に例えればリリースは材料であり、それを味付けし、盛り付けをするのが記者・ライターの仕事だと思います。

 そこでマスコミが求めている材料ですが、そもそもマスコミは何を持ってビジネスを成立させているか再確認する必要があります。それは販売と広告です。記事を書いた結果、紹介したモノが売れようが売れまいが実は関係なく、あくまで面白い紙面、役に立つWebサイト、信頼できるニュースというコンテンツによって売れる媒体を作る。売れるから広告媒体としての価値が上がり、経営に必要な収入が得られるわけです。

 誤解を恐れずに言うと、良い広報とは「しっかりマスコミにも稼いでもらえる材料(ネタ)を用意できる人」なのだと思います。

 ちょっとこの発表内容ではネタとして弱いなと思ったときは、「お願い、記事を書いてちょうだい!!」と、しつこく食い下がる、泣き落とす、座り込む、死んだふりをする……。広報なら必ず実践するこうした活動を私も日々やっていますが、1回や2回はお付き合いしてもらえても、未来永劫(えいごう)有効なアプローチとは言えません。やはりネタの工夫が重要です。

 とはいえ、メディアから「稼げそうだ」と感じてもらえる要素やアングルを探すのは容易ではなく、広報永遠の悩みではないでしょうか。私が言えるのは、まだ“中二病(思春期にありがちな、自意識が過剰で背伸びした言動をとってしまうことをやゆした俗語)”の後遺症を引きずっていた頃の私のように、頑張って修飾語を駆使したハラハラ・ドキドキのドラマを書くことではない、ということくらいです。