前回のコラムで遠藤眞代さんが「ウォークマンとiPodの新製品発表会がかぶった」という件に触れていました。2005年9月8日ですから、早いものであれから14年。今回は当時アップルにいた鈴木正義氏があの頃のことを振り返り、「戦略的広報」の本質について解説します。
「iPod」が世の中に残したもの
「どうやら同じ日にやるらしい」
ソニー同様、アップルにも事前にそんな情報が入っていたのですが、世界同時発表が原則のアップル、発表のタイミングを変えようもなく、「どうぞソニー対アップルの対決記事を書いてください」と言わんばかりの状態で同日発表を迎えました(関連記事「ウォークマンvs.iPod 発表日が重なったその日、広報は?」)。実際何人かの記者から「アップルさん、わざとぶつけたの」と聞かれました。当然そんなことはなく、むしろ正直なところ「ソニーからiPodを上回る製品が出てくるのでは……」と、不安になっていたことを覚えています。
蓋を開けてみるとアップルが出したのはこれまでの分厚いハードディスク式でなく、フラッシュメモリーを使った薄型の「iPod nano」。スティーブ・ジョブズがジーンズのコインポケットから取り出した、センセーショナルなシーンをご記憶の方もいるかと思います。そのおかげで、05年9月8日「デジタルオーディオ戦争」の1日は、iPodが一歩先行する形で終わることができたように思います。
しかしその後、ソニーもフラッシュメモリータイプのプレーヤーを出し、iPod対ウォークマンのバトルはますます過熱していくことになります。
ソニーという好敵手に恵まれたこともあってマスコミがそれをあおる形となり、iPodは世の中に多くの影響を残しました。白いイヤホンコード、iPodケースなどのアクセサリーを他の会社が提供する“エコシステム”という考え方もそうです。また音楽の記憶媒体(カセットテープ、CD、MDなど)という概念がなくなり、そうした媒体もそれを再生する機械も消えていったのは、iPodというかデジタルオーディオプレーヤーの登場が契機になったと言えるでしょう。
当事者側にいた人間としてやや図に乗った言い方に聞こえるかもしれませんが、こうした現象を見るだけでも、05年前後のiPodは世の中の空気をつくった製品と言ってよいかと思います。
『戦略PR 空気をつくる。世論で売る。』(アスキー新書)というそのものズバリの本によると、戦略的PR(広報)とは「世の中の空気をつくる」ことだそうです。あたかも無人の野を行くがごとき快進撃で、世の中の空気をつくり変えていったように見えたiPodですが、実際広報の現場ではどうだったのでしょうか。