前回のコラムで遠藤眞代さんが「ウォークマンとiPodの新製品発表会がかぶった」という件に触れていました。2005年9月8日ですから、早いものであれから14年。今回は当時アップルにいた鈴木正義氏があの頃のことを振り返り、「戦略的広報」の本質について解説します。

初代「iPod nano」。4GBモデルで1000曲収録できた。「iPod nanoは初代のiPod以来最大の革命と言ってもよい新製品。携帯音楽市場全体のルールを根本的に変えてしまう」とスティーブ・ジョブズも太鼓判(写真:Anton_Ivanov / Shutterstock.com)
初代「iPod nano」。4GBモデルで1000曲収録できた。「iPod nanoは初代のiPod以来最大の革命と言ってもよい新製品。携帯音楽市場全体のルールを根本的に変えてしまう」とスティーブ・ジョブズも太鼓判(写真:Anton_Ivanov / Shutterstock.com)

「iPod」が世の中に残したもの

 「どうやら同じ日にやるらしい」

 ソニー同様、アップルにも事前にそんな情報が入っていたのですが、世界同時発表が原則のアップル、発表のタイミングを変えようもなく、「どうぞソニー対アップルの対決記事を書いてください」と言わんばかりの状態で同日発表を迎えました(関連記事「ウォークマンvs.iPod 発表日が重なったその日、広報は?」)。実際何人かの記者から「アップルさん、わざとぶつけたの」と聞かれました。当然そんなことはなく、むしろ正直なところ「ソニーからiPodを上回る製品が出てくるのでは……」と、不安になっていたことを覚えています。

 蓋を開けてみるとアップルが出したのはこれまでの分厚いハードディスク式でなく、フラッシュメモリーを使った薄型の「iPod nano」。スティーブ・ジョブズがジーンズのコインポケットから取り出した、センセーショナルなシーンをご記憶の方もいるかと思います。そのおかげで、05年9月8日「デジタルオーディオ戦争」の1日は、iPodが一歩先行する形で終わることができたように思います。

 しかしその後、ソニーもフラッシュメモリータイプのプレーヤーを出し、iPod対ウォークマンのバトルはますます過熱していくことになります。

 ソニーという好敵手に恵まれたこともあってマスコミがそれをあおる形となり、iPodは世の中に多くの影響を残しました。白いイヤホンコード、iPodケースなどのアクセサリーを他の会社が提供する“エコシステム”という考え方もそうです。また音楽の記憶媒体(カセットテープ、CD、MDなど)という概念がなくなり、そうした媒体もそれを再生する機械も消えていったのは、iPodというかデジタルオーディオプレーヤーの登場が契機になったと言えるでしょう。

 当事者側にいた人間としてやや図に乗った言い方に聞こえるかもしれませんが、こうした現象を見るだけでも、05年前後のiPodは世の中の空気をつくった製品と言ってよいかと思います。

 『戦略PR 空気をつくる。世論で売る。』(アスキー新書)というそのものズバリの本によると、戦略的PR(広報)とは「世の中の空気をつくる」ことだそうです。あたかも無人の野を行くがごとき快進撃で、世の中の空気をつくり変えていったように見えたiPodですが、実際広報の現場ではどうだったのでしょうか。

アップルの戦略的広報に“秘策”はない

 ここで「アップルが行った戦略的広報は……」と魔法の書でもひもとくような話ができればご期待に沿えるのかと思います。しかし拍子抜けしてしまうかもしれませんが、ビジネスケースとして参考になるような特別なことはしていなかったと思います。

 ニュースになりそうな情報をいち早く正確にマスコミに伝える、記者が判断材料とするであろう資料は先回りして用意しておく、感じの悪い担当記者にもこまめに連絡してなんとか心を開いてもらう努力をする。説明のため炎天下に機材を抱えて出版社やテレビ局を回っても、「あなたたちの話を聞く暇はない」とばかりに軽くあしらわれることもしばしばありました(関連記事「『広報は華がある』は幻想 現実は泥くさく、気まずい」)。

 「コンピューターメーカーごときが音質の良いものを作れるわけがない」「米国企業に繊細で品質にうるさい日本の消費者を納得させられるものづくりはできない」という厳しい見立てをするマスコミも多くありました。マーケットシェアでこそiPodは優位に立っていましたが、まだまだソニーとのオーディオプレーヤー戦争は完全に雌雄を決したとは言えない日々、製品の良さを信じて黙々と「どぶ板営業」をする日々が続いていました。

 なお、当時アップルの広報チームでは直接iPodの担当ではなかったので、私自身は「大変だねー」と言ってこうした苦労話をエアコンの効いた部屋で聞く役回りだったのですが……。

 ともあれ、その後iPodは各種のヒット商品賞を総なめにし、アップルは「iPhone」「iPad」とヒットを出し続け、時価総額世界最高クラスの企業へと一気に駆け上がっていくことになります。

 今振り返って感じるのは、たとえ魔法はそこになかったとしてもiPodが広報的に成功したという事実は重く、結局戦略的広報というのは机上で何をプランしても、最終的には戦術的なアクションを愚直に実行することなしに、成功などあえり得ないと思います。

「戦略PR」と簡単に口にすることなかれ

 ここ最近ネット広告などを見ますと、単純にソーシャルメディアでバズを起こす広告キャンペーンのことを戦略PRといったり、店のオープニングに行列を作ることを戦略的広報といったり、戦略PR(広報)がかなり便利に使われすぎているように思います。

 「世の中の空気をつくること」が戦略PRならば、そう簡単に「戦略PRならうちにお任せを」ということなどできないはずです。相当優秀な方でない限り、それは何か違うことを指しているか、あるいはその提案自体を疑ってみるべきでしょう。

 アップル広報チームが当時優先してきたことは、会議室に籠もって立派な戦略を立てたり、まして代理店の提案に聞き入ったりすることではなく、相当な覚悟を持って何が何でも取材対応などの現場仕事をやりきることでした(たぶん今でもそうだと思います)。どの会社でも広報とは経営に近い組織で、強い広報チームは時に経営の切り札として期待されている面もあるかと思います。そう評価される上である程度の戦略は持つべきだと思いますが、現場仕事をやりきる力を示す、現場で汗をかくという行為にはこだわっていく必要があると思います。