このコラムの執筆者・遠藤眞代さんは元ソニーの広報。もう1人の執筆者の鈴木正義さんは元アップルの広報。当時、それぞれ担当していた商品が「ウォークマン」と「iPod」。携帯音楽プレーヤーの世界でつばぜり合いを演じていた両製品ですが、発表日が重なってしまいました。そのとき、広報は……。
見えない敵、それはアップルの鈴木さん?
前回の鈴木正義さんのコラムに「広報の知恵比べ」とありましたが、実は私にとって鈴木さんは「知恵比べ」をしていた相手でした(関連記事「広報同士の知恵が激突、ネタかぶりの『レッドオーシャンデー』」)。“戦友”と言えるかもしれません。ソニーの広報だった当時はお会いしたことはなかったのですが、現在は一緒に連載をさせていただいているのですから、人生とは面白いものです。
鈴木さんの話は、各社広報のネタがかぶるのが分かっていて「レッドオーシャン」に飛び込むというお話でしたが、私がお伝えするのは“知らずに”レッドオーシャンに入り込んでしまった話です。
2005年9月。
「ええええええ、うそでしょ。発表日がバッティングするとか、あり得ないんだけど……」
私は携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」の広報担当で発表会の準備をしていました。発表文を数本用意し、質疑応答の想定内容も固め、プレゼン資料の確認やらでてんてこ舞い……そんな発表会の1週間前くらいのタイミングだったと思います。
「営業経由で情報が入ったんだけど、アップルがウチと同じ日に発表会をやるらしいよ。それも、ほぼ時間が丸かぶりだって」(※実はこのとき、アップルでiPodの広報を担当していたのが鈴木さんでした)
「なにそれー。なんでよ~」
こちらは数週間前から記者に案内を出していたから“りんごさん”も発表日は知っていたはず。記者からは「バッティングして困っているんだけど……。何時までいればいいかな」とか言われてしまう始末。発表日は確か半年以上前から決まっていました。まさかウォークマンとiPodの発表日が、おまけにスタート時間までバッティングするなんて想定できませんでした。
冷静に考えると発表時期が前後するのは不思議なことではありません。どの商品にも商戦時期がある。新入学を狙う春商戦、ボーナス商戦、年末商戦……。海外だと「なんとかフライデー」とかクリスマス商戦など、知られている商戦だけでもたくさんあります。
1:商戦期目がけて店に商品を並べるのは必然
↓
2:ニュースを見た人たちの熱が冷めないうちに、店やWEBで買える状況を作りたい
↓
3:店頭に並ぶ少し前~直前(最近は当日もありますが)にプレスリリース
当然、どの会社も同じことを考えていますよね。でも私はそのようなことを何も考えていませんでした。
さて、まだ大人になりきれていなかった私は、見えない相手のアップルの広報担当(実は鈴木さん)を恨みながら、鼻息荒く、社内調整やマスコミ対応をしました。イベントが組まれていたし、直前すぎてどうにもならない。とりあえず開場時間を少し早めて先に新製品を見せる対応を追加したり、午後の招待枠の会にもマスコミの方を分散させるなどの方法を取った記憶があります。1週間前にできることは限られていたので、それが精いっぱいでした。
2005年9月8日の発表当日。
幸い私のほうが早めに発表会の案内を送っていたという理由で、とりあえずこちらに参加した後、アップルの発表会に行く方も多くいらして、人数が激減することはありませんでした(途中退席が多かったのは事実ですが)。現在はアップルの主な発表は海外なので、こんなことは起きないと思いますけど……。
次の日の朝は、早く目が覚めました。
発表会翌日はいつも朝4時台に起きてしまうのですが、この日は特にドキドキしながら新聞を開きました。当時は携帯音楽プレーヤー市場でiPodがとても強かったのを覚えています。多くのメディアが両社の発表会や商品、方針を比較して見解を書いていました。
発表会の場合、単独で紹介してもらったほうが企画や開発の担当者は喜びますし、企業内での評価も高そうです。自社単独の記事が「良いに決まってる」と思っている人も多いでしょう。確かに比較記事ともなれば、厳しい内容も出てきます。
ただ長い間広報をやっていると、一歩引いて見られるようになります。客観的には両社の商品や方向性を比較した記事のほうが断然面白いですし、価値が高い。当時は意図したわけではありませんが、同日発表になったことで記事が大きくなり、盛り上がったので、発表会に関しては広報としてベストを尽くせたと思います。
とはいえそれでは巻き返せず、そこから数年は厳しい戦いを強いられました。この数年後、私は見えない相手(鈴木さん)に“奇襲”を仕掛けるのですが、それはまた別の機会に書かせていただこうと思います。
LINE上場の発表日は潔く諦めて……
さて、発表日のバッティングで印象深かったのが総務省の記者クラブでの一件です。総務省の記者クラブは通信系の記者が集まっている場所です。
16年6月10日、携帯電話関連のスタートアップ企業の発表文を作った私は、記者クラブに事前予約して、プレスリリースを持っていきました。総務省のエレベーターを降りたとき、何だかザワついていたのを覚えています。とりあえず記者クラブで受付を済ませてから、話を聞いてくれる方がいないか探して歩いていました。
エンドウ:「あのー」
記者A:「そこに入れておいて!!」(ポストを指さして)
エンドウ:「あのプレスリリースをお持ちしたのですが」
記者B:「…………」(一瞬こちらを見るが、そのまま目線を戻す)
エンドウ:「あ、ここにリリース入れておきます」
記者C:「ごめんね、ビックリしたでしょう。今日はLINEの上場が発表されて、皆、かかりっきりなんだよね。ピリピリしてるよねー」
なるほど、そういうことでしたか。「教えてくださり、ありがとうございました」と、その日は諦めて静かにリリースを配るだけ配って帰りました。
実はソニー広報時代も同じようなことがありましたが、取る行動は同じです。天災、解散総選挙、世の中を揺るがすような事件などの時期は予測できません。LINE上場の一件も、広報的にはその類いと感じました。ウォークマンとiPodのときは、運よくライバルが同日発表ということで記事が最大化しました。
大きな事件やニュースと自社の発表が運悪くバッティングしてしまうことはあり得ます。そんな場合は、その日の活動をある程度は諦めないといけません。記者の担当がもろかぶりなら、しつこく売り込むのは逆効果。時には潔く諦めることも肝心です。
ネタかぶりのリスクを最小限に抑えるためには、その業界で有名な展示会やイベントの日程を事前に調べてから発表会の日取りを決めるのは当然です。1~2カ月くらい前になったら、仲の良い記者に探りを入れるのもアリです。危なそうか、そうでないか、くらいは雰囲気でつかみ取れることも多いので、失敗したくない発表の場合はリサーチを欠かさないことです。
そして最悪の事態を想定して、発表前後の広報プランを準備したり考えたりしておくことも大切です。広報活動を発表日だけに集中させるのは、リスクが高いと覚えておいてください。