ライバル企業の発表会は広報なら気になるもの。その中身はもちろんですが、「いつ発表するか」が大問題。同分野の製品を扱う企業同士の場合、記者発表日が重なることも珍しくありません。そんな“ネタかぶり”が避けられないときこそ、メディアの関心を振り向けるべく広報の知恵が試されます。

発表情報が重なってしまう「レッドオーシャン」の日。他社の発表に埋もれないよう、裏では広報同士の知恵比べが展開されている (イラスト:D-Krab/Shutterstock.com)
発表情報が重なってしまう「レッドオーシャン」の日。他社の発表に埋もれないよう、裏では広報同士の知恵比べが展開されている (イラスト:D-Krab/Shutterstock.com)

「海の家広報レッドオーシャン問題」

 「今年はエープリルフール発表を自粛します」

 2019年4月1日は新元号発表という特別な日だったこともあり、「エープリルフール広報」を自粛する動きが相次ぎ、それがニュースになりました。かように毎年4月1日は、世の広報マンたちが「一発ボケてみよう」と一斉に思う、まさに広報の「レッドオーシャンな日」なのです。

 エープリルフールに限らず、普段何気なく見ているニュースで「この話題、毎年やってるな」というものがあると思います。例えば豆まき、海開き、クリスマス、卒業式サプライズゲスト、入社式、あるいは成人式でやんちゃをする若者なども、ある種の「歳時記的報道」といえます。まあ成人式で暴れ回る若者に積極的にからもうとする企業はさすがにないと思いますが、ポジティブなネタを報道側もほぼ間違いなく探しているわけですから、広報がそこに乗らない理由はありません。

 しかし、お笑いタレント「いつもここから」のせりふを借りると、「お前がそう思っているってことは、世の中の大抵のやつもそう思ってんだよ! どけどけー」ということで、なかなか独占的にマスコミは取り上げてくれません。

 実は私が広報を兼務しているレノボ・ジャパンでも、数年前は鎌倉に海の家を出していまして、幸い毎年某テレビ局が取材してくれました。ちなみにちょっとだけ「海の家広報」のノウハウを披瀝(ひれき)しますと、海の家広報の出番は海開きの日、すなわち関東地方では7月1日と決まっています。この日に取材に来てもらうには、その1~2週間前には企画が固まっていて、どういう「絵」が撮れるのかマスコミに案内できなければなりません。そうなると広報活動のプランニングは、5月には始めていないと手遅れになります。

 ただいくら周到に準備しても、海開きの日に開店した海の家の数だけ取材案内のリリースが出ていると考えるべきで、ここに「海の家広報レッドオーシャン問題」が発生するわけです。

 そもそもアウトプット先の限られているマスコミ露出を狙うから、ネタかぶりが問題になるのだというご指摘もあるでしょう。確かにそれは否定しません。だとしても、やはりそこにマスコミのニーズある限り、広報するのが我々広報職です。あたかも「そこに山があるから」という名言を残した英国の登山家のようです(※)

(※)編集部注:正確には、名言の主であるジョージ・マロリーは「そこにエベレストがあるから(Because it's there.)」と答えている

ブルーオーシャンへ抜け出せ、懐かしき「Windows 95祭り」

 季節ネタにまつわる広報レッドオーシャン問題についてご理解いただいたところで、次はいかにして「ブルーオーシャンをエンジョイするか」に話を進めましょう。

 さて、ブルーオーシャン。私のいるパソコン業界にも、実はマスコミが期待している「特別な日」があります。厳密には「ありました」というべきかもしれませんが……。それは「Windowsの発売日」です。

 若い人はご存じないかもしれませんが、1995年11月23日、山積みされた「Microsoft Windows 95」と書かれた水色の箱を囲んで、人々が発売のカウントダウンをする不思議な光景が報道されました。とっても盛り上がりまして、Windows 95にあらずんばとばかりに、老いも若きもWindows 95を買い求めました。中にはパソコン本体を持っていないにもかかわらず、勢い余ってソフトだけ買う人まで現れたといわれるほど、Windows 95発売は社会現象になりました。

 以来Windowsの新バージョン発売となると、大手メディアから専門媒体までこぞって「あの盛り上がり」を期待して報道しました。

 しかし、当然ながらこの日はパソコンメーカーの数だけ同じような「新型Windowsに対応した新製品を発表しました」という会見やリリースが林立するため、まさに真っ赤っかのレッドオーシャンデーです。こうなると、どの企業がブルーオーシャンへ抜け出すか、各社広報の知恵比べになります。

 どんな時代でも「うちは他メディアと違う切り口でやってやろう」というあまのじゃく、いえ気骨のある記者はいるもので、正直普段はややからみにくいタイプの方が、実はブルーオーシャンへの突破口になります。Windows 8発表のときだったと思いますが、その記者に「一歩踏み込んで、サポートセンターがどういう準備をしているかを取材しませんか」という提案をしました。

 結果、Windows 8そのもののニュースでは、案の定私の会社は大勢の中の1社という露出でしたが、1つのテレビ局が新しいOSの使い方を丁寧にサポートするNEC、というような内容のミニ特集を放送してくれました。してやったりの瞬間です。

 新Windows発売のように、同じ日に他社も発表してくると分かっている日はいいのですが、偶然ライバル会社と発表日がかぶってしまうことがあります。少し前、私の会社と同日の午前中に、ライバル社がAI(人工知能)搭載パソコンを発表したことがありました。当社の発表とは製品のアプローチが違うので、自社製品に対する自信に揺るぎはなかったのですが、発表会場には午前の会見で配られたと思われるライバル社のキャラクターを手にした記者が、続々と入って来ました。これを見たときは、さすがに「ぐぬぬぬ、そんなにそのキャラクターがかわいいですか皆さん、ええっ」という、なんとも言えない気持ちになったのを覚えています。

 そして、やはり気になるのは発表かぶり翌日の新聞記事です。紙面が限られる新聞の場合、各社各様の内容を「まとめ記事」といわれる1本の記事に集約します。その際、記事全体がどのメーカーの主張を軸にまとめられたか、どちらの会社が先に出たか、どの会社の写真を使ったのかなどが重要になってきます。一般読者の気が付かないところで、今日も広報担当者は日経新聞を握り締めながら「ぐぬぬぬ」と思っていることでしょう。こうして広報担当の知恵比べは果てしなく続くのです。

2
この記事をいいね!する

『もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた』

『もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた』
広報・PR関係者に大反響! 重版4刷
連載「風雲! 広報の日常と非日常」でおなじみの現役広報パーソン・鈴木正義氏による初の著書。広報・PR関係者を中心にSNSでも大きな話題に!「プレスリリース」を武器に誰もが知る日本の歴史的大事件を報道発表するとこうなった! 情報を適切に発信・拡散する広報テクニックが楽しく学べるのはもちろん、日本史の新しい側面にも光を当てた抱腹絶倒の42エピソード。監修者には歴史コメンテーターで東進ハイスクールのカリスマ日本史講師として知られる金谷俊一郎氏を迎え、単なるフィクションに終わらせない歴史本としても説得力のある内容で構成しました。
あの時代にこんなスゴ腕の広報がいたら、きっと日本の歴史は変わっていたに違いない……。
Amazonで購入する