広報の仕事は企業の規模によっても違ってきます。大企業なら当然のようにできることが、ベンチャーだと途端にハードルが高くなる、ということも。今回は大企業とベンチャーの両方の広報業務を担当した経験に基づき、その違いについて整理します。
ソニーでは通用したことがベンチャーでは……
「大企業の広報とベンチャーの広報は全く別物」「真逆」と、聞くことがあります。実際に両方を経験して、確かに違いました。
かなり前の話になりますが、ソニーを辞めた後、ある会社のプレスリリースを持って媒体を回ったとき、ベンチャー企業にとって大マスコミの壁は高いのだと痛感させられました。
「プレスリリースをお持ちしました」と言えば開けてもらえたドアが開けてもらえない。「ポストに入れておいてください」とか、「担当者がいないので、受付に渡しておいてください」とあしらわれてしまいました。
ショック! 自分自身の力を過信していたんですね。本当に恥ずかしかったです。会社のブランドにどれほど支えられていたのか身をもって感じました。
今考えると、確かに“不審”です。知らない会社のリリースをフリーランスの遠藤という人が説明しに来たなんて、気持ち悪いですよね。普通は距離を置きますよね。私もそうします(念のため書いておきますが、優しく対応してくださる方もたくさんいらっしゃいます)。
しかし、ソニーのときは意外とこれが通用していたのです。直前まで言えない案件の場合は、当日までアポなしで行くことさえありました。
私がベンチャーの広報をお手伝いするようになって、音信不通になったメディアの方もいます。実際に「利用価値なし」と判断され、(無視されたな……)と思われる方もいます。
ですが音信不通のうちの何人かは、私のメールアドレス(無料のメールアドレスではありません)が迷惑メールと判断されて、自動的にゴミ箱に入ってしまったという場合もあったようです。いくつかのアドレスで同じようなことが起きました。
「え? 遠藤さん、メール届いてないよ」
と、何度聞いたことか。こちらは送ったつもりでも、100%届いているとは限らないなんて恐ろしいことです。知名度が低いと、色々なことが起こりますね。
経営者が広報を兼ねるのは最強だがリスクもある
大企業とベンチャーでは、「広報の定義」の違いもあります。
狭義ではマスコミ対応。これは企業規模にかかわらず、どの企業でも「広報」と呼ばれる仕事だと思います。大企業の広報の仕事は、主にマスコミ対応を指している場合がほとんどでしょう。
広義では社内、お客様やステイクホルダーに対して情報発信する“広く報じる”すべての仕事。ベンチャーや中小企業の場合、広義で語られることが多いように思います。
大企業の場合は広報・IR・渉外・環境・お客様対応・広告宣伝などの仕事は、それぞれ個別に部署があり、分業しています。しかしベンチャーや中小企業ではこれらの業務がすべて存在するとは限らず、広報業務は兼務、1人、もしくは数人で回していることが多いのではないでしょうか。
分業が成立している大企業の広報は楽に思えるかもしれませんが、広報担当者はかなり忙しい日々を送っています。問い合わせの数だけを見ても、皆さんが想像されているよりずっと多いのが実情です。
誰が広報を担当するのか、という点でも違いがあります。これは大きく分けて、(1)経営者、(2)社員、(3)社外の3通りです。
ベンチャーでは経営者自身が広報を担当している場合も多いかと思います。経営者が広報を兼務するのは、情報発信というオフェンス的には最強です。これは間違いありません。
ただし“最強の経営者広報”になるには、圧倒的なコミュニケーション能力、客観性、時間、そして恵まれた環境がないと難しい。最強だとしても、製品の不具合や不祥事に関する説明など、不意にディフェンスを行う事態になった場合、フロントライン(経営の最前線)に近すぎることがリスクになり得ます。対応を誤り、ここが崩れてしまえばもう後がありません。最悪の場合、企業の存続さえ危ぶまれます。これは難しい……。
大企業などある程度の規模の会社で、社員など経営者以外が広報を担当するケースが多いのは、こうしたリスクを避ける意味もあるのではないかと思います。ベンチャーの場合、フリーランスや外部に広報を委託するということもよくあります。
マスコミからの“追い風”を過信するのは危険
大企業とベンチャー企業の報道記事の違いについてもお伝えしておきましょう。
大企業への取材の際は、メディア側から「社会的な責任を果たしているか」という視点の質問が必ず入ってきます。それに対して、ベンチャー企業の取材の際は、「その事業を通じて、どのように経済を活性化したいと思っているのか」というような視点がメインで、応援記事が多い印象があります。ベンチャーの場合は、メディアにアプローチするまでのハードルは高いですが、それを越えてしまえば“優しい記事”を書いてもらえる可能性が高い。小さな企業に対し、ことさら厳しいことを書くマスコミなんてあまりいません。
ただし、応援記事が永遠に続くとは限りません。何かをきっかけに、風向きが突然変わることがあります。そういう記事、思い当たるものがチラホラあるでしょう。それがコワい。
マスコミからの“追い風”を過信するのは危険です。
ベンチャーの場合、守りばかりに力を入れるべきだとは思いませんが、規模の小さな段階から、風向きが変化するリスクを意識しながら、ガンガン売り込んでいくのが理想だろうと思います。
大まかですが、今回は広報担当者目線で私が思い知った大企業とベンチャーの違いをまとめてみました。一方で、会社全体という目線になると、広報業務の基本はほぼ同じという印象を持っています。マスコミが企業規模や経験に関係なく、広報業務にはある一定以上の質を求めてくるのも事実です。
大企業の広報とベンチャーの広報において、全く違うことも多々ありますが、考え方やアプローチといった基本的なことは、どちらの広報でも活用できます。「大企業の話だから」とか「ベンチャーの話だから」と考えず、引き続き読み進めていただければ、お役に立てると思います。