ムヒカの人生を貫く「歩く」という言葉

佐々木 ムヒカはこれまで「貧しさ」という切り口で語られてきましたけど、田部井さんはそれに代わるキーワードを劇中で明示されていましたよね? それが「歩く」という言葉。

田部井 おっしゃる通りです。「豊かさ」「貧しさ」という二元論は、ムヒカを語る上でオールマイティーな言葉で、その視点では語り尽くされてきたんですけど、僕自身は「歩く」という言葉が浮かんできたんです。

佐々木 構成上の柱として貫かれているものも「歩く」なんですよね。12年も投獄されて、鬱(うつ)病にまでなって、でも、ひたすらこの人は“歩き続けている”。

田部井 そうですね。

佐々木 でも、「歩く」なんてパッと耳にしただけでは、あまりに普通の言葉だからピンと来ないですよね。「人生で最も重要なことは歩くことだ」というムヒカの言葉がありますけど、いきなりその言葉を聞いても、普通は理解できない。

田部井 最初は分からなかったです、僕も……(笑)。

佐々木 決して聞こえのいい金言ではないし、すんなり理解できる言葉でもないんですけど、「歩く」という言葉がホセ・ムヒカという人物を語る上で最も重要なワードであることに、田部井さんがちゃんとたどり着いた。それがすごいと思う。

田部井 単なる“貧しい大統領”ではないというのは分かっていたんですけど、「じゃあ、何なんだ?」という答えがずっと自分の中で見つからなかったんです。ただ、彼の約80年の人生をさかのぼると、常に「歩く」という言葉が見え隠れしているように思えてきて、私なりの一つの答えというか、「自分はムヒカをこう見た」という形として「歩く」という言葉を見いだした感じです。

佐々木 作り手がその答えを見いだすまでが苦しいんですよね。

田部井 そうですね。なかなかたどり着けなかったんですけど、たまたま自分の子どもが歩く練習をしているのを見て「やっぱり歩けるだけで、人間、楽しい」と感じて。それと、ムヒカの投獄生活を描いたNetflixの劇映画『12年の長い夜』で、家族との面会中にある囚人が「何してるの?」と聞かれて、一言「歩いている」とだけ答えるシーンがあって。「ああ、ムヒカもこういうことだったのかな」と。ムヒカはどんなにつらいことがあっても「歩く」という人生だったんじゃないか、と。

佐々木 だから、ラストシーンは“歩く”ムヒカのロングショットに?

田部井 相当長くカットを使ったので、思い切りましたけど(笑)。

佐々木 まさしく「このラストカットしかない」と思いました。ピッタリでした。こうして見ていくと、田部井さんがムヒカのファーストネームから、息子さんに“世界を歩く”「歩世(ほせ)」という名前を付けたのは必然ですね。そうして映画そのものも、田部井さん個人の話に結実して終わりを迎える形になっているんですね。

(構成/佐々木 健一、人物写真/中村 宏)