2016年に“世界一貧しい大統領”ホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領が来日し、連日新聞やテレビで大きく取り上げられた。しかし、同氏を招待したフジテレビの田部井一真氏は「みんなでムヒカを消費している」とモヤモヤ感を覚え、その実像を伝えるべく映画化に向けて動き出したという。

 現役テレビ制作者が「伝える技術」を語る本連載。聞き手はNHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズなどを企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏。今回のゲストは、ドキュメンタリー映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』(4月10日公開)を監督したフジテレビの田部井一真氏。テレビ番組をきっかけにムヒカ来日を実現し、映画化にまで至った約5年間を語り尽くす(全4回)。

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佐々木 健一氏(左)
1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ、『ボクの自学ノート』など特集番組を手がけ、文化庁芸術祭賞やギャラクシー賞、放送文化基金賞、ATP賞など受賞多数。著書に『辞書になった男』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『神は背番号に宿る』(新潮社/ミズノ・スポーツライター賞優秀賞)がある。近著は『「面白い」のつくりかた』(新潮新書)。

田部井一真氏(右)
1983年生まれ。早稲田大学卒業後、2007年にフジテレビ入社。『めざましテレビ』『とくダネ!』『Mr.サンデー』などの情報番組やドキュメンタリー番組を企画・制作。2014年、女性の貧困を追った『刹那を生きる女たち 最後のセーフティーネット』で第23回FNSドキュメンタリー大賞を受賞。2020年、ドキュメンタリー映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』(4月10日公開)を初監督。

フジ『Mr.サンデー』がムヒカ元大統領の来日を実現

佐々木 健一(以下、佐々木) 今から約4年前の2016年4月5日に“世界一貧しい大統領”ホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領が来日して、連日、新聞やテレビで大きく取り上げられました。実はその来日も、当時『Mr.サンデー』(フジテレビ)でディレクターをしていた田部井さんやプロデューサーの濱潤さんが実現したんですよね?

田部井 一真(以下、田部井) そうですね。最初のムヒカへの突撃取材の番組を終えて、実際に会ったムヒカが“世界で一番貧しい大統領”という肩書におさまる人物ではないと感じて、モヤモヤしていたんです。そしたら、翌週ぐらいに濱さんが僕のデスクに来て「ムヒカを日本に呼ぼう」と言ったんです。

佐々木 番組の評判が良かったとは言え、他国の要人を来日させるなんて大胆な発想ですね(笑)。

田部井 当然、2人とも元大統領を日本に呼んだ経験なんてないので「とりあえず、もう1回会いに行って招待状を渡すのが一番いいんじゃないか?」となり、ムヒカに取材アポを取って濱さんと一緒にウルグアイへ行きました。

佐々木 「日本に呼ぼう」という話のときは、まだ映画化の話はなかった?

田部井 もちろんです、もちろんです。

佐々木 あくまで『Mr.サンデー』という番組として?

田部井 はい。番組がムヒカを招待して、日本で色々な場所を訪れる様子をつぶさに記録するのがゴールでした。

ムヒカ来日の裏側「アテンドも自ら行った」

©2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
©2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会

佐々木 ウルグアイから奥さんと来日するムヒカのアテンドも、田部井さんたちが自ら行った?

田部井 はい。ムヒカの来日は出版社との共同企画という形だったので、飛行機はムヒカの絵本(『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』汐文社)の出版社が準備したんですけど、来日中のスケジュール管理や車の手配とか、そういうことも全部やりました。

佐々木 映画にも登場する東京外語大でのムヒカの講演は?

田部井 あの講演も、こちらでお願いしました。

佐々木 え、あれもですか!? 『Mr.サンデー』から大学へ持ち掛けて?

田部井 はい。スペイン語学科がある大学がいいと思って。ムヒカが若者と対話したいと言ったんです。2015年3月に大統領を退任してから、世界中の大学を訪れていたので。ブラジルとかイギリスとか。それで、日本でも講演は是非やりたい、と。

佐々木 このムヒカ来日の経緯には驚かされました。ある一つの番組が、そんなことを実現していたなんて……。

“ムヒカ来日フィーバー”の裏で抱えたモヤモヤ

佐々木 ムヒカの来日は4年前なので、まだ記憶に新しいですよね。あのときは各局、ニュースやワイドショーで連日、ムヒカの話題が取り上げられていました。

田部井 それは、プロデューサーの濱さんの手腕です。「ムヒカが話題になるためにはある程度、取材をオープンにすることは大事だ」と話していて、新聞やNHK含めた各テレビでも取り上げられました。

佐々木 連日、来日中のムヒカの姿が報道されて、あのとき田部井さんはずっとムヒカに付いていらっしゃったと思うんですけど、どんな気持ちだったんですか?

田部井 一ディレクターがムヒカの案内や動線の確認もやり、特番もやって。本当は、ムヒカにしっかり日本を見てもらいたかったんですけど……。

佐々木 映画のパンフレットには、ムヒカ来日フィーバーのとき、濱さんから見て、田部井さんは「疎外感を感じていた」と書いてありました。「みんなでムヒカを消費している」と。

田部井 ムヒカが帰国した1週間後にブックオフに行くと、もうムヒカの本が売られていたりしたので……。

佐々木 “世界で一番貧しい大統領”がやって来て、清貧の思想を呼び掛けているというような紋切り型で捉えられたり?

田部井 自分が伝えたかったことはそういうことではなかったので、「結局、不完全なままで終わってしまった……」というモヤモヤ感がありました。

ムヒカの実像を伝えるために「映画化」が動き出す

佐々木 僕も映画を見て感じたんですけど、“世界でいちばん貧しい大統領”というキャッチフレーズが本当にフィットしているのか、と。何かそのフレーズによって、ムヒカのイメージが固定化した部分もありますよね。

田部井 そうですね。おっしゃる通りです。もっと豊かなムヒカの人生観や世界観を伝えたかったんですけど、なかなかそれができない。『Mr.サンデー』でムヒカの企画を何回もやらせていただいたんですが、テレビ番組で伝えられる限界も感じて、なかなかもう一つ深い内容を伝えることができないモヤモヤを抱えていました。

佐々木 なるほど。

田部井 それでムヒカを見送った後、初めてプロデューサーの濱さんに「自分はムヒカを日々のニュースや情報番組とは違う形で撮ってみたい」と申し出たんです。

佐々木 そうした気持ちから、次第に映画化という方向へ動いていったんですね。

田部井 そうです。ムヒカへの突撃取材という発端から来日に至るまでの主語はすべて「フジテレビの……」「テレビ番組の……」という中でやってきたんですが、ムヒカが帰って「これでよかったのかな」というモヤモヤが湧き上がってきて……。ムヒカが帰国した日に濱さんと羽田空港でランチを食べていたとき、「映画化」という方向で2人の思いが重なったんです。この企画の決着は「映画化」しか道が残されていなかったというところですかね。

※第4回に続く。

(構成/佐々木 健一、人物写真/中村 宏)

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