ドキュメンタリー映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』は、ホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領と日本との知られざる密接な関係を解き明かした作品。そのカギは、ムヒカの農園で栽培されている「菊」でした。

ホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領の自宅の庭先でインタビューする田部井氏。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
ホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領の自宅の庭先でインタビューする田部井氏。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
[画像のクリックで拡大表示]

 現役テレビ制作者が「伝える技術」を語る本連載。聞き手はNHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズなどを企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏。今回のゲストは、ドキュメンタリー映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』(4月10日公開)を監督したフジテレビの田部井一真氏。テレビ番組をきっかけにムヒカ来日を実現し、映画化にまで至った約5年間を語り尽くす(全4回)。

<第1回はこちら>

[画像のクリックで拡大表示]
佐々木 健一氏(左)
1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ、『ボクの自学ノート』など特集番組を手がけ、文化庁芸術祭賞やギャラクシー賞、放送文化基金賞、ATP賞など受賞多数。著書に『辞書になった男』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『神は背番号に宿る』(新潮社/ミズノ・スポーツライター賞優秀賞)がある。近著は『「面白い」のつくりかた』(新潮新書)。

田部井一真氏(右)
1983年千葉県生まれ。早稲田大学卒業後、2007年にフジテレビ入社。『めざましテレビ』『とくダネ!』『Mr.サンデー』などの情報番組やドキュメンタリー番組を企画・制作。2014年、女性の貧困を追った『刹那を生きる女たち 最後のセーフティーネット』で第23回FNSドキュメンタリー大賞を受賞。2020年、ドキュメンタリー映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』(4月10日公開)を初監督。

ムヒカの“言葉”を生んだのは日本人だった!?

佐々木 健一(以下、佐々木) 4月10日から公開される田部井さんのドキュメンタリー映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』は、ホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領と日本の知られざる関係を初めて解き明かした作品だと思います。まさか、ムヒカという人物に「日本」や「日本人」が関わっていたなんて想像もしていませんでした。

田部井 一真(以下、田部井) そうなんです。ムヒカの“言葉”が注目を集めて「いいこと言うなぁ」と思っている人が多いと思うんですけど、実はその言葉の裏側を見たら「メイド・イン・ジャパン」とも書かれていた(笑)。

佐々木 ムヒカからすると「もともと日本人が言っていたことじゃない?」と。

田部井 だから、ムヒカの言葉って自分たちのもとに返ってきた形なんですよね。

佐々木 映画の中で、そうしたムヒカと日本の関係が解き明かされていくきっかけが、ムヒカの農園で栽培されている日本の「菊」。

ムヒカが農園で育てている菊。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
ムヒカが農園で育てている菊。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
[画像のクリックで拡大表示]

田部井 ムヒカへの取材に行く前に下調べをしたら「菊を育てている」というのを見つけて、すごく気になっていたんです。それで実際にムヒカが庭を案内してくれたときに「あれが菊だよ」と教えてくれました。

佐々木 映画でもそのシーンが登場しますね。

田部井 ええ、なぜかそのとき、僕の心がザワザワしたんです。そのときからずっと「なぜ、菊を育てているのか?」が気になって調べるようになりました。

佐々木 そこからムヒカが若い頃、ウルグアイに移住した日系人と密接な関わりを持っていたことが明らかになっていく。だから、ムヒカは日本人のつつましさや勤勉さ、精神性などを理解していたんですね。

ムヒカが住んでいた地区で菊を育てていた日本人たち。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
ムヒカが住んでいた地区で菊を育てていた日本人たち。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
[画像のクリックで拡大表示]

幻の映画タイトル『ムヒカと菊』

田部井 採用されなかったんですけど、事前段階では映画のタイトルは『ムヒカと菊』というのを考えていたんです。

佐々木 オレ、そっちのほうがいいと思う(笑)。

田部井 でも、紆余曲折あって今のタイトル『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』に。

佐々木 『菊と刀』(ルース・ベネディクト著)的な。

田部井 おっしゃる通りです。初めは『菊と刀』へのオマージュみたいな感じで展開する構成案だったんです。『菊と刀』の引用から入る形で。

佐々木 なるほど。僕はこの作品を見て「この映画の売りやユニークさは、ムヒカと日本の関係に注目している点だ」と直感しました。そこは、同時期に公開されるエミール・クストリッツァ監督の作品でも描けない要素ですよね。他のムヒカ作品との差別化にもなる。もし海外版を展開するなら『菊とムヒカ』というタイトルに(笑)。

田部井 そのほうがいいかも(笑)。

佐々木 ムヒカと日本の関係を知れば、どうして突然、アポなし取材に来た日本人ディレクターに対して深い話をしたのか、その理由も分かる。彼は日本に対して恩義を感じていて、いまだに感謝しているんですね。

田部井 はい、日本人以上に日本人的なものを備えている印象がありました。

1冊の名簿からムヒカを知る日系人へたどり着く

佐々木 映画の中で「ムヒカと菊」を巡る謎から「ムヒカと日本人」の知られざる関係が徐々に明かされていく。これ、取材していてめちゃくちゃワクワクしたんじゃないですか? ムヒカと関わりのある日系人が次々見つかっていく過程とか。

田部井 そうですね。ブラジルやアルゼンチンと違って、ウルグアイは小さな国なので、日系人に関するまとまった資料も全然ないんです。でも国会図書館に1つだけ名簿みたいな資料があって、それを片っ端から当たって。ウルグアイにいる人もいれば、日本に戻っている人もいたんですけど、とにかく一つひとつ当たりました。

佐々木 へー、そうなんですか。

田部井 その名簿の「序文」がアツいんですよ。「戦前の部分については詳しいが、戦後の部分などは調査不足・情報不足で不完全であることをお許し願いたい。ただし、これが私の知り得る全ての情報を網羅して完成した年表である。この年表が一人でも多くの人々の目に触れ、ウルグアイの日本人移住者の存在と現状についての理解を深めてほしい」というようなことが書かれていて……。

佐々木 へ~、すばらしい! 本当にその序文の通り、1つだけ国会図書館に残されていた名簿をたどって、ムヒカとゆかりのある日系人が見つかった。その中に一人、やたらと弁の立つ矍鑠(かくしゃく)としたおじいさんがいましたよね? 古武術の達人のような人。

田部井 今もウルグアイでカーネーションを育てている倉田さんですね。日系一世の方で、ムヒカよりも年上なんです。

佐々木 ムヒカの若いときの話をされて、「あれよあれよと大統領になっちゃった」と語っていた。まさに“生き字引”ですね。

ムヒカと同じ路上市場で花を売っていた、ウルグアイの花卉(かき)農家・倉田林次郎氏。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
ムヒカと同じ路上市場で花を売っていた、ウルグアイの花卉(かき)農家・倉田林次郎氏。(C)2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会
[画像のクリックで拡大表示]

“地道に調べる”が「取材」の王道

[画像のクリックで拡大表示]

佐々木 それにしても、丹念な取材でよくそうした方に取材できましたね?

田部井 これもある意味、佐々木さんのおかげです。2年ほど前に佐々木さんがフジテレビに来てくださって、勉強会の講師をしてくれましたよね?

佐々木 はい、なぜか僕がフジテレビに(笑)。

田部井 そこに僕も参加させていただいて、佐々木さんが「取材とは?」という説明をしてくれた。そのとき、「取材はただ“人に会って話を聞くこと”ではなくて、むしろ“地道に調べること”が大事だ」という話をされて「あ、地道に調べるのが好きなのは自分もそうだ」と思ったんです。

佐々木 うれしいですね、その話を覚えていただいて。取材やリサーチって、基本的に一人で行う地味で孤独な作業ですからね。

田部井 はい。取材対象者に会っていなくても「より取材を深める」という大事な行為だと思います。

佐々木 自分がポロッと言ったことがほんの少しでも役に立って、国会図書館でそんな貴重な名簿が見つかることにつながっていたなら本望です(笑)。でも、真面目な話、そうした取材力はどうやって培ったんですか?

田部井 2007年4月にフジテレビに入社して、まず『めざましテレビ』に配属になって1年間ADをやり、2年目からディレクターになったんですけど、それから入社6、7年目ぐらいまで10分弱の「ココ調」というコーナーをずっとやっていました。

佐々木 なるほど~。「ココ調」は取材力が身につくでしょうね。

田部井 はい、そこで「調べる」という原点を学んだかなと思います。

※第3回に続く。

[画像のクリックで拡大表示]

(構成/佐々木 健一、人物写真/中村 宏)