フジテレビ深夜のドキュメンタリー枠『NONFIX』で2013年から年1回のペースで制作され、放送されるたびに話題となる「東京シリーズ」。東京を独特な視点で切り取った同シリーズは、NTTの時報サービスやカーナビの音声などを巧みに使った、テクニック満載の番組だった。
人の心を動かすアイデアを生み出し、効果的に伝えるには? 現役テレビ制作者の技術論に迫る本連載。聞き手はNHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズなどを企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏。今回のゲストは、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』のチーフプロデューサーを務める西村陽次郎氏。これまでに手掛けた番組から、こだわりの仕事論に迫る(全4回の第2回)。
<第1回はこちら>
6年かかった異色ドキュメント企画「東京シリーズ」
佐々木 健一(以下、佐々木) フジテレビ深夜のドキュメンタリー枠『NONFIX』で2013年から制作されてきた西村さんの「東京シリーズ」は毎回、「東京」を独特な視点で切り取り、毎年1本のペースで作ってこられた。
西村 陽次郎(以下、西村) そうですね、5年連続で。
佐々木 いずれもとてもユニークな切り口で、番組を見ていない人に「こんな番組だよ」と伝えにくいドキュメンタリーなんですが、どれも非常に面白い。「東京シリーズ」は、どうやって始められたんですか?
西村 もともと、僕らの世代は『NONFIX』にものすごく憧れがあって、「ドキュメンタリーって面白い」「映像って面白い」と思わせてくれたのがあの番組でした。入社6~7年目のころ、僕が初めてプロデュースした番組も『NONFIX』だったんです。それから何本か『NONFIX』で番組を作ったんですけど、僕はずっと「東京」をテーマにドキュメンタリーを作りたいと思っていて。でも、そんな企画ってなかなか通らないじゃないですか。「東京って面白いと思うんですよ」と言っても……。
佐々木 人物や事件を取り上げるんじゃなく、「東京をテーマに」と言ってもなかなか分かってもらえないでしょうね。
西村 でも、世界中から人が集まり、何でもそろっていて、世界中の料理が食べられて、おかしな文化が次々生まれる「東京」って面白いじゃないですか。
佐々木 それで、第1弾は『東京午前4時』という“誰も見ていない東京”に視点を置いた番組を作られた。
西村 東京は“24時間眠らない街”。でも、その中で「一番寝ている時間っていつだろう?」と考えて、「午前2時でも3時でもない、午前4時だな」と思って、『東京午前4時』というタイトルを付けて企画書にまとめたんです。でも、こういう企画は通らないですよね。
佐々木 通常は、なかなか難しいでしょうね。
西村 あの番組って、紙(企画書)では説明できないんですよ(笑)。だから、そんな企画がどうして実現したかというと、僕が『NONFIX』でいくつか番組を作り、それが評価されたからですね。
佐々木 まずは実績を作ってから、ということですね。
西村 はい。それに6年かかりました。でも、1回作ったらこっちのものなんで(笑)。『東京午前4時』で取り上げましたけど、テレビの「通販ショップチャンネル」って、深夜1時がゴールデンタイムなんです。コールセンターの電話が鳴りっぱなしで、午前4時になってもバンバン商品が売れているんです。
佐々木 そこから現代人の営みとか寂しさとか、いろんなことが見えてきますね。
西村 そのシーンに続いて、「今、本当にゴボウしかなくて、食べ物がないんです……」という深夜に支援団体にかかってくる深刻な電話相談のシーンが続く。それも、東京の午前4時の風景なんです。
「時報」「カーナビ」ノーナレを引き立てる“音”構成
佐々木 そうしたシーンを「東京シリーズ」では、基本的にノーナレーションで見せていく。
西村 基本はノーナレです。でも、当たり前ですけど、ちゃんと構成すればナレーションがなくても伝わるので。それは、“音”の構成も含めて。
佐々木 そう、「東京シリーズ」の編集のリズムや音の構成がケレン味たっぷりで、非常にテクニカルで驚かされたんですよ。例えば、『東京午前4時』では、NTTの時報サービスの音声を巧みに挟んで編集していましたね。うならされました。
西村 「ピッピッピッ、午前3時59分50秒をお知らせします」という音声ですね。このアイデアは、「東京シリーズ」をずっと一緒にやっている京田宣良ディレクターです。実はあの時報って、著作権がないんですよ。
佐々木 そうなんですか! じゃあ、編集で使い放題(笑)。
西村 しかも、今の若者は「電話で時報を聞ける」なんて誰も知らない。
佐々木 時報サービスって、今の若い人は知らないからすごく新鮮に聞こえるでしょうね。
西村 さらに、あの音声がナレーション代わりにもなる。
佐々木 そうそう、あの音声が番組のリズムを刻んでいるんですよね。秀逸だなぁ。さらに、作り手として「やられた~」と感じたのが、「東京シリーズ」第2弾『TOKYO WONDER PLANET』で使っていた「カーナビの音声」。
西村 でしょう? 佐々木さんだけだな、そんなふうに言ってくれるの。このシリーズ、フジテレビの人も、僕の部署の人たちでさえ見てもくれないですから(笑)。
佐々木 あのアイデアは本当にすばらしい!
西村 あれは、僕が思いついたんです。最初のプレビューのときに、取材相手のインド人が運転する車のカーナビ音声が流れるシーンがあったんです。
佐々木 ああ、実際のロケ映像で。
西村 そう。成田山新勝寺に行く途中で、道が分からないから……。
佐々木 「ルートを見失いました」とか(笑)。
西村 そうそう。それで、どうせナレーションは付けない番組なんだから、「カーナビの音声で表そう!」と思いついたんです。で、調べたら、使用料数万円で、自由に音声入力して使えることが分かって。それで、あるシーンでは「このまま道なりです」と流したりして。
佐々木 そうそう(笑)。
西村 番組の冒頭で使った映像と音声は、最後の仕上げの日にディレクターのクルマで撮影したものなんです。
佐々木 えっ、そんな土壇場に!?
西村 そう。カーナビ音のアイデアが思いつくのが遅かったので……。でも、僕があの番組で描きたかったのは、「東京って、まるで不思議な惑星みたい」という感じで。ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』という映画があったじゃないですか。あの感じなんです、東京って。
佐々木 不思議な惑星に迷い込んだような……。
西村 そうそう。迷い込んだ外国人の視点で見たら、こんな不思議な星はないだろう、と。そうした中で、カーナビ音を使うアイデアを思いついて、自分で言うのは恥ずかしいけど、イケてましたよね?
佐々木 めっちゃイケてる(笑)。ナレーションがなくても何の遜色もないですし、むしろカーナビ音が際立っていて効果的でした。
ベテラン音響効果マンの巧みなワザ
西村 「東京シリーズ」の音響効果は、宮川亮さんという大ベテランなんですけど、自分で音を作ってきてくれるんです。気持ち悪い音とか。
佐々木 そうなんですか! 実は、あの番組の音楽や音の設計をしている音響効果さんの話を聞きたかったんです。ものすごく腕がいいと思ったので。斬新な音のつけ方なので、若手の人かと思っていました。
西村 タオルをいつも頭に巻いている大ベテランです(笑)。キーボードとかで、いろいろな音を作ってくれるんです。何かの音を何倍に引き伸ばした音とか。どんな音を付けてくるのか、毎回楽しみですよ。音効さんとのマッチアップというか。
佐々木 編集したVTRにどんな音を付けてくれるか。
西村 そうそう。そこがすごく面白くて。不快なクリック音を付けてきたり。
佐々木 カーナビのときは「チーン」という音をずっと鳴らしていましたね。第1弾『東京午前4時』では、田舎から出てきて東京でキャバ嬢をしている子の誕生日のシーンにず~っと不快な音が鳴っていたり、妙齢の女性がメイクで若返らせてもらえるサービスを紹介する場面でも早送りのシーンにず~っと不穏な音が鳴り続けていた。キレイに変身することが、何かえたいのしれないものに変わるような……。ああいう映像と音の組み合わせ方がすばらしい。あえて逆のイメージの音をぶつける「対位法」の典型ですよね。
西村 「東京シリーズ」は関わっているスタッフが皆、面白がってくれたんです。それぞれの分野で技術を持ったプロが楽しみながら取り組んでくれましたね。
※第3回に続く。
(構成:佐々木 健一、人物写真/的野 弘路)