「『レンタルなんもしない人』のリアルを見せたら、世間のリアクションがものすごかった」。フジテレビ『ザ・ノンフィクション』チーフプロデューサーの西村陽次郎氏が、話題の「レンタルなんもしない人」の新たな一面を描いたドキュメンタリーの制作秘話を語った。

 人の心を動かすアイデアを生み出し、効果的に伝えるには? 現役テレビ番組制作者の技術論に迫る本連載。聞き手はNHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズなどを企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏。今回のゲストは、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』のチーフプロデューサーを務める西村陽次郎氏。これまでに手掛けた番組から、こだわりの仕事論に迫る(全4回)。

佐々木 健一氏(左)
1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ、『ボクの自学ノート』など特集番組を手掛け、ギャラクシー賞や放送文化基金賞、ATP賞など受賞多数。著書に『辞書になった男』(文芸春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『神は背番号に宿る』(新潮社/ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『雪ぐ人』(NHK出版)がある。新著は『「面白い」のつくりかた』(新潮新書)。

西村 陽次郎氏(右)
1974年生まれ。青山学院大学卒業後、富士銀行を経て、99年にフジテレビジョン入社。ドキュメンタリー、バラエティー、情報番組など幅広いジャンルの企画を立ち上げてきた。現在は『ザ・ノンフィクション』『ワイドナショー』『逮捕の瞬間!警察24時』のプロデューサーを務め、自ら企画した特番『目撃!超逆転スクープ』では総合演出も担う。企画・プロデューサーを務めた『東京 子育て 働く母』でNYフェスティバル銀賞を受賞。

フジテレビっぽくない?『ザ・ノンフィクション』のこじらせP

佐々木 健一(以下、佐々木) 初めて西村さんとお会いしたのは2、3年前ですかね。フジテレビの濱潤さん(当時、『Mr.サンデー』プロデューサー)から、「こじらせている同僚を紹介したい」と言われて……(笑)。

西村 陽次郎(以下、西村) それは、否定はしないですけど(笑)。

佐々木 僕らが勝手にイメージする「フジテレビっぽい感じ」とは違いますよね?

西村 いやいや。でも、確かにチャラチャラはしてないですね。

佐々木 今、西村さんが担当している番組は?

西村 『ザ・ノンフィクション』のチーフプロデューサーです。『ワイドナショー』のプロデューサーも兼務しています。あと、『逮捕の瞬間!警察24時』という特番。自分が企画した特番『目撃!超逆転スクープ』では総合演出もやっています。

佐々木 『ザ・ノンフィクション』の担当になったのは最近ですか?

西村 2019年7月からです。前任のプロデューサーが退社したので。僕はもともと『ザ・ノンフィクション』を担当したくてフジテレビに入社したんです。実は、何年も前から上司に「『ザ・ノンフィクション』のP(プロデューサー)は誰がいいと思う?」と聞かれたら「僕がやりますけど………」と言っていたんですよ。

佐々木 「俺にやらせろ」と(笑)。

西村 でも、「お前はもうちょっと違うところで働け」と言われていたんですけど、ようやく。だから、僕としてはすごくうれしいです。

「レンタルなんもしない人」があぶり出した不寛容な現代

佐々木 『ザ・ノンフィクション』に早速、西村さんの“色”が出てきている感じがします。例えば、9月に放送された『なんもしないボクを貸し出します~「レンタルなんもしない人」の夏~』(2019年9月15日放送)とか。

ザ・ノンフィクション『なんもしないボクを貸し出します~「レンタルなんもしない人」の夏~』(C)フジテレビ
ザ・ノンフィクション『なんもしないボクを貸し出します~「レンタルなんもしない人」の夏~』(C)フジテレビ

西村 7月に『ザ・ノンフィクション』を引き継いで、いろんな制作会社の方と会って話したら、なんと7月上旬の時点で8、9月の放送予定7本のうち4本が空いていたんです。「放送日までにとても間に合いません」と言われて「マジですか!?」と。

佐々木 え~!

西村 それで、「あと1、2カ月後に放送できるドキュメンタリーって何だろう?」と、自分のアンテナの中から選んだ企画の一つがその番組です。

佐々木 「レンタルなんもしない人」は、NHK『ドキュメント72時間』でも取り上げられていました。あと、フジテレビ『Mr.サンデー』でもやっていて。次々と取り上げられていましたが、僕は『ザ・ノンフィクション』のが一番、興味深い内容でした。

西村 『72時間』にも『Mr.サンデー』にもないものを描けるはずだと思って、実際の制作にあたったプロダクションの大島新さん(ネツゲン)や放送作家の石井成和さん、編集の宮島亜紀さんともそこは共有できたので。

佐々木 他の番組は、「レンタルなんもしない人」を“現代のファンタジー”のように紹介していましたが、それとは対照的でしたね。例えば、番組の中で「なんもしない人」がエゴサーチをしている場面が登場するなど、ちゃんと人間臭い部分も描いていた。

ザ・ノンフィクション『なんもしないボクを貸し出します~「レンタルなんもしない人」の夏~』(C)フジテレビ
ザ・ノンフィクション『なんもしないボクを貸し出します~「レンタルなんもしない人」の夏~』(C)フジテレビ

西村 他の番組より後に放送するんだから、ファンタジーではない「なんもしない人」のリアルを描かないと意味がない。ところが、リアルを見せたら世間のリアクションがものすごかった。「なんもしない」彼がやっている活動と、自分たちが今、生きている場所や置かれている環境が違い過ぎるので。

佐々木 皆、日々あくせく働いていますからね。

西村 そうそう。『ザ・ノンフィクション』は、「人々の口の端に上る番組にしたい」とよく言っているんですけど、一言いわずにはいられない人がこんなにもいるのかと恐ろしくなりました。そこまで怒るのかと……。皆、彼にファンタジーを求めていたんですね。

佐々木 怒ると言っても、見ず知らずの他人が始めたサービスですよね。

西村 そう。でも、自分と違うから、それが「許せない」と。

佐々木 いかにも現代的というか、不寛容な社会ですね。

西村 彼が「レンタルなんもしない人」というサービスを始めたのも、なかなか社会に適合できなくてああなったわけだから、みんなで彼に社会性を突き付けるのはかわいそうに思いました。

佐々木 結果的に、現代の大衆心理をあぶり出した番組になりましたね。

「人間が一番面白い」からドキュメンタリーを作る

西村 でも、彼は「レンタルなんもしない人」で人々に受け入れられて、結果的にすごく人の役に立っている。それは、あの番組で取材をした人たちが彼と別れて帰っていくときの表情に表れていました。うまく現代を生きていけない、何かが足りない人同士が向き合って、自分たちの足りなさを埋め合っている。そこが面白い。

佐々木 「話す」ことで、すごく救われていく感じが見えるんですよね。カウンセリングのような感じで。一見、空虚に見える人に話すことで救われていく人たちの姿が描かれていました。

ザ・ノンフィクション『なんもしないボクを貸し出します~「レンタルなんもしない人」の夏~』(C)フジテレビ
ザ・ノンフィクション『なんもしないボクを貸し出します~「レンタルなんもしない人」の夏~』(C)フジテレビ

西村 彼がそこまで考えていたかは分からないですけど、結果的に人を幸せにしている。すごく尊いことだと思います。でも、最近はレンタル料1万円をもらうことにしたんですよ。

佐々木 えっ! そうなんですか。何もしないけど1万円もらえる。それでもオファーは来るんですか?

西村 変わらず、オファーは来ているようです。件数は前より減っていると思いますけど、サービスの内容は変わらず……。

佐々木 なんもしない(笑)。何なんだ、この現象。

西村 1万円払って「誰かと一緒にご飯を食べる練習をしたい」とか、そういうオファーが続いているみたいです。

佐々木 へぇ~。

西村 やっぱり「人間って面白い」じゃないですか。人間のすることって、すごく面白い。滑稽でもあるし、悲しくもあるし、むなしくもある。説明がつかないことをするから人間が一番面白い。

佐々木 確かに、人間が最も謎めいているし、解けない存在ですよね。

西村 そういうのが面白くて、僕はずっとドキュメンタリー番組を作っているんだと思います。

※第2回に続く。

(構成:佐々木 健一、人物写真/的野 弘路)

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