ヒット番組『空から日本を見てみよう』を手がけた永井宏明氏の企画・発想のコツは"ないもの探し”。「『何で歴史番組はあるのに地理の番組はないんだろう?』と思ったのが始まり」。それがレギュラー番組化したきっかけは意外にもリーマンショックだったという。

 人の心を動かすアイデアを生み出し、効果的に伝えるための技術とは? 聞き手はNHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズなどを企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏。今回のゲストは、『空から日本を見てみよう』『和風総本家』などを企画・プロデュースしてきた永井宏明氏(番組制作会社「ユニット」代表)。その異色の経歴や仕事論に迫る(全4回の4回目)。

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佐々木 健一氏(左)
1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『哲子の部屋』『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズなど特集番組を手がけ、ギャラクシー賞や放送文化基金賞、ATP賞など受賞多数。著書に『辞書になった男』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『神は背番号に宿る』(新潮社/ミズノ・スポーツライター賞優秀賞)、『雪ぐ人』(NHK出版)がある。新著は『「面白い」のつくりかた』(新潮新書)。

永井 宏明氏(右)
1963年生まれ。慶応義塾大学卒業後、博報堂へ入社。その後、テレビ番組制作会社ハウフルス、テレビ東京を経て現在、テレビ番組制作会社「ユニット」を設立。これまでに『空から日本を見てみよう』(テレビ東京/ギャラクシー賞奨励賞)や『和風総本家』(テレビ大阪/テレビ東京系列)『TVチャンピオン』『完成!ドリームハウス』『メデューサの瞳』(テレビ東京)などの番組を企画・プロデュースする。

紙一枚の企画書から始まった『空から日本を見てみよう』

佐々木 健一(以下、佐々木) 今、『ポツンと一軒家』(朝日放送テレビ/テレビ朝日系列)が20%近い視聴率を取って絶好調ですが、あの番組の源流といいますか、確実にきっかけになっている番組が、永井さんが手がけられた『空から日本を見てみよう』(テレビ東京)だと思うんです。

永井 宏明(以下、永井) こんな風に取り上げてもらえるのは、『ポツンと一軒家』のおかげですね。感謝しなきゃいけない(笑)。

『空から日本を見てみよう』 (C)BSテレビ東京/テレビ東京(空から日本を見てみようDVDコレクション 発行/デアゴスティーニ・ジャパン)
『空から日本を見てみよう』 (C)BSテレビ東京/テレビ東京(空から日本を見てみようDVDコレクション 発行/デアゴスティーニ・ジャパン)

佐々木 『空から日本を見てみよう』の企画は、どんな経緯で?

永井 きっかけは、「地理」の番組が作りたかったからです。歴史番組ってNHKさんも含めて結構ありますよね。もともと地理が好きだったので、「何で歴史番組はあるのに地理の番組はないんだろう?」と思っていて、「地理の番組って、何かやり方ない?」という話をしている中から始まったんです。で、ちょうどそのころ、GoogleマップがPC上で見られるようになったんですね。

佐々木 なるほど、10年以上前ですよね?

永井 まさにドンピシャだったんです。普通のWindowsPCで「マップが動くぞ。拡大できるぜ」とワクワクして操作したのと企画を考えたのがほぼ一緒だった。あと、放送作家の伊藤正宏さんが建物好きで、外から建物を見ると中に入ってみたくなっちゃう人なんです。「あのビルの中はどうなっているんだろう?」と。

『空から日本を見てみよう』より、JRと京急の線路の間に挟まれた家。 (C)テレビ東京
『空から日本を見てみよう』より、JRと京急の線路の間に挟まれた家。 (C)テレビ東京

佐々木 番組でディレクターがしていたことをもともとされていた?

永井 そう。実は僕も全く同じ性分でして……。で、地理の表現の仕方として、テレビ東京にヘリコプターがあるから空撮はなんとかできるという話になり、Googleマップというテクノロジーの進化と合わさり、紙っぺら1枚の企画書を書き上げて最初は特番で始めたのがきっかけです。

リーマン・ショックがきっかけでレギュラー化

永井 2008年に『日曜ビッグバラエティ』の枠で単発特番を2回ほどやって、それがまあまあ、数字が良かったんですよ。視聴率11%ぐらいだったと思います。

佐々木 へ~、空撮で押し切る番組でそんなに!

永井 「あれ? こんなにいっちゃった?」という感じでした(笑)。でも、長持ちすると思ってないし、ずっと続けるような番組でもないと思っていたんですけど、特番を2回ほど放送した後にリーマン・ショックが来まして……。

佐々木 え? レギュラー化のきっかけがリーマンショック?

永井 ええ。すごく予算が厳しい状態に陥って、ある編成の人間から「永井さん、『空から日本を見てみよう』をレギュラーでやりませんか?」と言われて、「いやいや、レギュラーでやる番組じゃないよ」と言うと、「お金、かかりませんよね?」と言われて。確かに、空撮にはお金がかかるけど、それ以外はスタッフの人件費と編集費しかかからない番組なので、「じゃあ、いつまで続くか分からないけど、やると言うならやるよ」と始めたのがレギュラー化の始まり(笑)。

『空から日本を見てみよう』より。番組キャラクター「くもじい」が取材先の方とやり取りする展開も。 (C)BSテレビ東京/テレビ東京
『空から日本を見てみよう』より。番組キャラクター「くもじい」が取材先の方とやり取りする展開も。 (C)BSテレビ東京/テレビ東京

佐々木 でも、毎回ものすごいネタの量なので、ロケも大変そうだし、「これ、どうやって毎週作っているんだろう?」と思っていました。

永井 ロケは基本的にディレクターが自ら撮影していました。カメラも全部ディレクターのハンディカムです。ヘリコプター代はかかっていますけど、それ以外のお金はスタッフの人件費くらいしかかかっていない。

佐々木 そうなんですか!

永井 空撮にはもちろんカメラマンがいますけど、それ以外の地上のオペレーションは全てディレクターとADが行う形です。

佐々木 番組開始当初からずっとそのスタイル?

永井 もちろんです。テレビ東京はお金がないので。懐かしい話で、涙が出てきちゃう、本当に(笑)。

お金がないから知恵が出る!テレ東的“選択と集中”

佐々木 スタジオを挟まずにタレントが出てこないスタイルも徹底されていますよね。番組を立ち上げる時、タレントを起用する案は出なかったんですか?

永井 当然、ありました。スタジオで誰かが空から見ている体で「タモリさんが見ていたら最高だよね」なんて(笑)。でも、あのスタイルになった一番の理由は「お金がないから」。

佐々木 むしろ、お金がないので腹をくくった演出になったんですね。

永井 予算がないと聞くと、むしろうれしくなっちゃうんです(笑)。そういう中でどうしたら面白いことができるか、驚かせられるか、考えることをテレビ東京のバラエティーの一派は楽しんでいました。お金を使う部分を極端にすることでむしろ面白い番組が生まれる。

佐々木 まさに、逆転の発想ですね。

永井 逆に『和風総本家』は、NHKには負けると思うけど、民放の番組の中で一番、映像のキレイな番組を作ろうと考えて始めた番組なんです。

佐々木 ものすごく映像にこだわって、お金をかけていますよね。

『和風総本家』より。 (C)テレビ大阪(現在は『二代目 和風総本家』が毎週木曜よる9時~放送中)
『和風総本家』より。 (C)テレビ大阪(現在は『二代目 和風総本家』が毎週木曜よる9時~放送中)

永井 『空から日本を見てみよう』とは正反対で、「クレーンだ! ステディーカメラだ! スーパースローだ!」ってバンバン使って。撮影費用は一切ケチらずに、ディレクターが撮りたいようにお金を使おうということでスタートしたんです。

佐々木 お金をかけるべきところには徹底的にかける。

永井 そう。一方で、スタジオ収録ではなくて料亭を借りて収録するスタイルにしました。料亭でのロケにした方が圧倒的にコストパフォーマンスはいいので。

『和風総本家』より。収録場所は昭和6年(1931年)創業の老舗料亭「つきじ治作」 (C)テレビ大阪
『和風総本家』より。収録場所は昭和6年(1931年)創業の老舗料亭「つきじ治作」 (C)テレビ大阪

佐々木 スタジオ収録にするとセットを組まなきゃいけないから、それだけで何百万円もかかる。でも、料亭は番組の世界観とも合っているし、必然性がありますよね。

永井 テレ東は『YOUは何しに日本へ?』『家、ついて行ってイイですか?』などスタッフが汗かいて制作費を一番大切なところに徹底して使う。『家』なんてナレーションもないし音効さんもついてない。その割り切り方が突き詰められています。テレ東のバラエティー班は、ああやって工夫するのが好きなんです。

企画・発想のコツは「ないもの探し」

永井 ものづくりの姿勢で言えば、なんとなく「ないもの探し」みたいなことをするのが好きですね。「あってもよさそうなのに何でないんだろう?」というものを探すのが楽しい。

佐々木 普通は、話題になるものとか面白いものを作ろうという発想にとらわれて、結果的に何かの後追いになる場合が多いですよね。でも、『空から日本を見てみよう』は、まさに“ありそうでなかった番組”でした。

永井 そうなんです。「ないもの探し」っていろんな部分に適用できて、例えばテレビの世界にも流行やサイクルがあるじゃないですか。「ガチロケ番組はもう飽きたよね」とか「外国人モノは飽きたよね」というときに、『チコちゃんに叱られる!』(NHK)みたいな番組がヒットしたり。「昔の定番が今、何でないんだろう?」と年表をさかのぼって、定番なのに今、存在しないものを探すのも含めて「ないもの探し」かと。

佐々木 なるほど。

永井 例えば、マグロ漁師モノもいつかもう一度、テレビの中で復活するかもしれないですよ。マグロが昔ほど捕れないので少なくなっていても、「漁モノ」って絶対なくならないので。何年かたつと、またああいう番組がヒットすることもあるでしょうね。

佐々木 時代とか状況との関係ですよね。サイクルという視点はまさしくその通りだと思います。人間の営みとか欲望って、根本的にはそんなに変わるものじゃないですからね。

永井 『空から日本を見てみよう』も、普通の番組では取り上げないネタを取り上げることを原則にしていました。他でやらないネタを並べるのが目標だったんです。

『空から日本を見てみよう』より。他の番組がまず扱うことがない公園の動物型遊具を「公園アニマルズ」と名付け紹介した。 (C)テレビ東京
『空から日本を見てみよう』より。他の番組がまず扱うことがない公園の動物型遊具を「公園アニマルズ」と名付け紹介した。 (C)テレビ東京

佐々木 まさに「ないもの探し」ですね。永井さんの思想の根底には、そういうスタンスがあったんだ。

永井 テレビ屋としては二流なんですよ。視聴率よりも自分がやりたいことが前面に出ちゃうから(笑)。

※全4回。

(構成/佐々木 健一、人物写真/中村宏)

「日経トレンディネット」で連載していたコラム「TVクリエイターのミカタ!」をもとに再構成した佐々木健一氏の新刊『「面白い」のつくりかた』(新潮新書)


「空から日本を見てみようDVDコレクション」(発行/デアゴスティーニ・ジャパン)


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