人の心を動かすプロの技術とは?NHKエデュケーショナルの佐々木健一氏がテレビ制作者の仕事論に迫る本連載。今回はNHK-BSプレミアムにて2019年6月19日放送(2020年2月15日11時~再放送)の『師弟物語~人生を変えた出会い~「田中将大×野村克也」』を企画制作した稲垣哲也氏がその制作秘話を語り尽くす後編。
マー君の発言にムキになるノムさんを引き出す番組構造
佐々木 健一(以下、佐々木) 今回、稲垣さんが企画・演出された『師弟物語~人生を変えた出会い~「田中将大×野村克也」』(2019年6月19日21時~、2020年2月15日11時~再放送。NHK-BSプレミアム)。僕はプロデューサーとして関わりながらも、当初から「危うい企画でもある」と感じていたんです。というのも、『師弟物語』というタイトルから思い浮かべる番組像はたいてい、弟子が師匠に「恩義を感じています」と語る内容だろうと容易に想像がつく。
稲垣 哲也(以下、稲垣) そうですね。
佐々木 まさに“予定調和”に陥る。一方で、稲垣さんが最初から企画書に書かれていたように「師弟関係ってきれい事ばかりじゃない」とも思うんです。だから今回、どんな作戦を立ててのぞんだのか。
稲垣 最初から「これだけはやらない」と決めていたのは、田中さんと野村さんを対談させるスタイル。これは絶対につまらない。
佐々木 そうですね。お互いにおべんちゃらを言って終わりますね。
稲垣 だから、それぞれ別々にインタビューを行う。で、さらに一番大きな構造として「野村克也さんのインタビューは2回行う」というアイデアを考えたんです。
佐々木 1回だけじゃなくて2回?
稲垣 はい。まず、野村さんのインタビューを撮って、その内容を田中さんにぶつける。で、田中さんの答えをもう一度、野村さんにぶつける。普通は野村さんほどの大物になると2回もインタビューを受けてくれなかったりするんですが、野村さんが快諾してくれて実現できた。
佐々木 自然に編集されているから、番組を見ても野村さんが2回に分けて撮られているのは気づかないですね。でも、その構造が今回、見事にハマった。番組後半に田中さんと野村さんの意見が分かれるシーンが秀逸でした。
稲垣 野村さんのある教えが「メジャーリーグでは通用しない」と田中さんが明言するシーンですね。その発言を野村さんに見せた時はちょっとムッとしていました。
佐々木 「それは、ホンモノじゃないからじゃないの?」と(笑)。
稲垣 急に目付きが変わって「そんなわけない。俺は日米野球で知っているんだ」みたいなことを言って感情をあらわに……。でも、「ノムさんって(人間臭くて)面白いな」と思ってオンエアでも使おうと。
初めて明かされるノムさんの異常な溺愛ぶり
佐々木 今回の番組では、これまでほとんど知られていないエピソードも明らかにされますよね。例えば、楽天に入団したばかりの高卒ルーキーのマー君を野村監督が異様に溺愛し、特別扱いしていた話。
稲垣 あの話は、事前取材で当時の楽天1軍投手コーチの紀藤真琴さんから聞いたんです。当時の記事を読んでもそういう話は出てない。番組内で明かされる野村監督の「開幕投手はマー君で行け」という発言もこれまで出ていないと思います。
佐々木 あの話は驚きました。だって、非常識ですよ(笑)。当時の楽天には岩隈久志投手というエースがいて、前年も2けた勝っているのに、その選手を使わずにまだ実績のない高卒ルーキーのマー君を開幕投手にするなんて……。
稲垣 あれは、これまで明かされていない事実ですね。
佐々木 衝撃でした。だって、野村監督は理論派だし、普段はほかの選手への影響も気にされる方じゃないですか。
稲垣 あの時、もしマー君が開幕を投げていたら岩隈投手が怒りますよね。「何で俺じゃないんだよ」って。
佐々木 ほかの選手にも影響が出ますよ。「こんな監督にはついていけない」と。でも、ノムさんは「覚えてない」と(笑)。
稲垣 「本当かな?」と思うんですけど(笑)。深読みすれば、ノムさんが発破を掛ける意味でかました発言だったのかもしれないし、真相は分からないですけど、マー君を溺愛するノムさんと周りのコーチが「まあまあ」と抑える感じが面白いですね。
専門家じゃないからこそ“驚ける”強み
佐々木 今回の番組は当然、野球ファンは見てくれるでしょうけど、それほど野球が好きではない人にも見てほしいと思っているんです。なぜなら、あくまで師弟の“関係性”がテーマだから、結局は人間関係の話になる。だから、「野球」というジャンルに限らず、ビジネスパーソンを含む多くの人に当てはまる内容だと思うんです。
稲垣 確かに。
佐々木 それと、つくづく「いいディレクターはどんなジャンルでもいい番組を作れるんだな」と感じましたよ。稲垣さんはもともとあまり野球が好きじゃないですよね?
稲垣 スポーツ全般に苦手意識が……(笑)。
佐々木 でも、「野球の専門家が作ったらいい番組ができるか?」というと、必ずしもそうではないと思うんです。
稲垣 今回の番組で言えば、僕は高卒ルーキーの田中将大投手がデビュー戦であんなにコテンパンにやられていたなんて全然知らなかったから、「へぇ~、そうだったんだ」と純粋に驚いた。その後も3戦連続で勝ち星がつかず、4回目の登板でようやく初勝利をあげたという点に何かあるんじゃないかと仮説を立てて、企画書に書いたんです。
佐々木 まさにそれって野球に詳しい専門家じゃないからこその驚きじゃないですか。
稲垣 そうかもしれないですね。
佐々木 下手に野球に詳しいディレクターなら、マー君のデビュー当時のこともよく覚えていて、さほど注目しないかもしれない。「ああ、マー君って最初は勝てなかったんだよね」とスルーして。でも、その感覚って一般の視聴者の驚きとは合わないんです。だから、いい番組を作る鉄則として「もし、制作チームに専門家ぶる人間がいたら外せ」なんてよく言われますよね。
稲垣 知ったかぶりして、せっかく面白くなるポイントをつぶしちゃう、と。
佐々木 そう。むしろ短期間で猛烈に勉強して、本当のその筋の専門家(専門職や研究者、評論家)と議論ができるレベルになる「取材力」のほうが必要なスキルだと先輩から教えられて、「その通りだな」と。作り手が特定のジャンルに対して専門性を持っているかどうかは、いい番組ができることとはあまり関連性がないのかもしれない。
蛍光管と照明だけで「球場」を表現するインタビュー空間
佐々木 番組を見た人が「おっ」と感じるところだと思うんですが、インタビューのスタジオ空間はなぜ、あの形に?
稲垣 あれはまず、「田中さんのインタビューをホテルの部屋とか会議室で撮りたくない」というのがあったんです。「映像として絶対面白くない」と。
佐々木 普通の画になりますよね。
稲垣 そう。「じゃあ、どうする?」と。でも、田中さんがキャンプをしている米国のタンパってそれほど大都会じゃないので、スタジオも小さいのしかないんです。セットも組めないし、時間も限られている。それで苦し紛れに「蛍光管でピッチャーマウンド風にしよう」と思いついて。ちなみに、あの床に置いた蛍光管は、完全ワイヤレスなんですよ。
佐々木 え、そうなんだ! 「スタジオだからケーブルをうまく隠したのかな?」と思っていたんですけど、あれって充電式ですか?
稲垣 充電式です。LEDだから2、3時間くらいは持つんですよ。蛍光管ってケーブルを隠すのが面倒じゃないですか。そしたら現地の人が「これいいよ」って提案してくれて。遠隔で操作できるし、色も自由自在に変えられるんです。
佐々木 へー、すごい。
稲垣 でも、カメラマンから「引いた画はいいけど、アップの画の背景はどうする?」と言われて、「野球だからナイターの照明みたいなのを置こうよ」と。
佐々木 バッチリな照明がありましたね! あんなライト、よく見つけましたね。
稲垣 日本ではわりとすぐ手に入るんですけど、現地の人にも一生懸命説明して、「こういうのを用意してくれ」とお願いして……。
佐々木 シンプルな空間と抽象的なデザインで、むしろ視聴者にイメージさせるアイデアが良かった。ほとんどのディレクターは、「話す内容が重要だから」とビジュアルに関しては適当に済ますことが多いんですよね。場所を探して照明を準備するとなると、業務量の負荷もどんどん増すし。でも、本来はそういう状況設定も含めてディレクションですからね。
2人の“運命”を象徴するCGシーンの「野球盤」
佐々木 ビジュアルでいうと、CGシーンを今回「野球盤」のイメージにしたのは?
稲垣 あれは実は2018年、上映されて話題になった米国のホラー映画『へレディタリー/継承』からヒントを得たんです。
佐々木 あ、あの映画で「ミニチュア」が効果的に使われていましたね!
稲垣 あの映画では、ミニチュアが避けられない“運命”の象徴なんです。ミニチュアを作る人の手って、まさに“神の手”じゃないですか。
佐々木 ええ、箱庭ですもんね。
稲垣 そう。人間はある種の運命から逃れられないことを暗示していて。ノムさんがインタビューで図らずも「私と出会ったのが彼の“運命”かもしれない」と言いましたけど、ノムさんとマー君も導かれるように偶然出会って……という物語とミニチュア(野球盤)の世界観が合致するんじゃないかと。
佐々木 野球盤で“神の視点”を見せることで“運命”を演出的に表現した。
稲垣 そうですね。佐々木さんの演出も毎回そうですが、「いかに題材やテーマを抽象化して表現するか?」というプロセスがありますよね。
佐々木 そう、抽象化してデザインや表現に落とし込む作業があるんです。直接的や具体的じゃなく、視聴者に想像力で補って見てもらう表現の方が伝わることがあるので。逆に、あまり工夫がない番組って、とりあえず役者さんを使って再現ドラマにしちゃうじゃないですか。スタジオを借りて、役者さんの手配や衣装を準備して、ADが駆けずり回って。で、手間をかけて出来上がった映像はというと「超普通」(笑)。
稲垣 ですよね。CGはそれなりにコストも掛かるけど、実は再現ドラマの方が予算や手間が掛かることが多いですからね。うまくエッセンスを抽出して抽象化した表現の方が、視聴者の解釈に幅を持たせられて印象にも強く残ると思います。
(構成/佐々木 健一、人物写真/中村 宏)