マー君とのヒリヒリするやり取りに番組の成功を確信した
佐々木 プロデューサーの立場としては、マー君のインタビューを終えて稲垣さんから「なかなかいい話にならなくて難しかった」と聞いたとき、そのマー君の様子は確かに世間が思い描くマー君像とはかけ離れているけど、僕はむしろ「インタビューは成功だった」と思ったんです。
稲垣 そう、言ってくれましたね。
佐々木 そもそもこの番組のオファーを快く受けているわけだから、「なぜ、そういう態度だったのか?」を考えると、野村監督との話って、彼にとって大事なセンシティブな話題だからだと思うんです。
稲垣 そうですね。
佐々木 そこに踏み込んでくるというのは、それなりの覚悟があるんだろうなとマー君がディレクターに揺さぶりをかけた。だから、確かに稲垣さんがイメージしていた“会話のキャッチボール”ではなかったかもしれないけど、ヒリヒリするような2人のコラボレーションで、緊張感のあるインタビューが撮影できたと思います。
稲垣 僕もあのとき、確信は持てないけど、半分ぐらいはそう思っていたものの、ショックもあって……。でも、佐々木さんの話を聞いて「あ、そうか、よかったんだ」と思えた。自分の中で思い描くインタビューの構図にハマらないとダメだという思い込みがあったのかもしれません。
佐々木 よほどショックだったんでしょうね。
稲垣 現場で「あ、これ何か、面白い状況が今、ドキュメンタリーとして起きている」と冷静には受け止められなかったのが僕の反省です。
佐々木 今回の番組は、師弟の“関係性”を描く番組で、それは“人と人との関係性”を描くものだから、ある意味、普遍的なテーマだと思うし、それを描くのは一筋縄ではいかないと思うんです。「とてもお世話になりました」という話を聞くだけの『師弟物語』なら、わざわざ番組にする必要もないですし……。
稲垣 「師弟とは何か?」みたいなことを改めて考えさせられましたね。例えば、落語なら明らかに弟子と師匠という関係がありますけど、今回の2人はたまたま入った球団に野村監督がいて、その後、ずっと一緒に過ごしたわけでもない。
佐々木 だから、番組の根幹を揺るがすような発言も飛び出しますよね。「野村さんは師匠ですか?」と質問するとマー君が「それは難しいですね……」とか、ノムさんが「(マー君を)弟子と思ったことはない」と(笑)。でも、2人は非常に密接な関係を持っているという。
稲垣 そうなんです。だから、改めて「師弟って何なんだ?」と。
佐々木 稲垣さんが最初に『師弟物語』の企画書を書かれたときに、ラインアップの一つとして「田中将大×野村克也」を書いていたことは何の違和感もないし、みんなが想像するマー君とノムさんの関係って、とても仲のいい師弟関係をイメージしていると思うんです。でも、フタを開けてみたら一言では語れないような関係だった。
稲垣 だから、改めて田中さんのインタビュー素材を見直して、あの場の空気をそのまま提示した方がいいだろうと思ったんです。田中さんが5秒間ぐらい黙って、ずっと考えている間尺も全部いかして……。僕の質問にストレートに答えてくれないけど、すごく考えているじゃないですか。
佐々木 そうですね。
稲垣 「野村監督はどんな存在?」とかつぶやきながらずっと考えていて、言葉を探してくれている。あの間尺が大事かな、と。そのことに、編集やプレビュー(試写)を経てようやく気づけた感じがします。
ディレクターが質問する「声」も“演出”の一部
佐々木 稲垣さんはすごく苦労されてインタビューをしたけど、この『師弟物語』は番組としてすばらしい内容ですよ。
稲垣 今回の番組は、改めて“インタビュー”というものに向き合えた番組でした。ディレクターの僕がしゃべっているシーンがたびたび登場するので、「このディレクターはどういう考えで聞いているんだ?」というのも楽しみながら見ていただけたら面白いかなと思います。
佐々木 マー君とのヒリヒリするやり取りを含め、おそらくこの番組を見た人は、ディレクターの存在も気になると思います。「どんなディレクターなんだろう?」と。
稲垣 インタビュー中に入るディレクターの声って結構、気になりますからね。
佐々木 今回の番組は、ちゃんと稲垣さんの“声”を拾っていましたね。
稲垣 僕、ピンマイクを着けてインタビューをしていたんです。
佐々木 え! そうなんですか? 自分の場合は、さすがにカメラに付いたマイクで拾う程度ですよ。
稲垣 佐々木さんはピンマイク着けないんだ。着けてると思ってた。
佐々木 僕は着けてないです。「ディレクターの自分の声は悪い音でいいです」と。だけど拾ってほしいときは「ガン(マイク)で拾って」と音声さんに伝えています。でも、稲垣さんがピンマイクまで着けているのは面白いですね。「やたらディレクターの声がクリアに聞こえるな」と。
稲垣 それも含めて、他の番組とは違う見方で楽しんでいただけたらうれしいです。もちろん田中将大さん、野村克也さんの話はとても面白いですが、「ディレクターが何を聞いているか。どういう声のトーンで聞いているか」も裏の見どころとして。
(構成:佐々木 健一、人物写真/中村宏)
※後編につづく