人の心を動かし、効果的に伝えるための技術とは? NHKエデュケーショナルの佐々木健一氏がテレビ制作者の技術論を丸裸にしていく本連載。今回は佐々木氏独特の「インタビュー相手を真正面から捉え、背景に照明で色をのせる手法」の裏側を、藤田岳夫カメラマンと語り尽くす(全2回)。
賛否両論?「インタビューの背景に色をのせる手法」
佐々木 健一(以下、佐々木) 一般の人は、そもそもテレビ番組の「撮影」がどう行われているか、ほとんど知らないと思うんです。特にドキュメンタリーは、取材相手や目の前で起きていることを“ただ撮っている”と勘違いしていたり、誰が撮ってもさほど変わらないと思っていたりするかも、と。
藤田岳夫(以下、藤田) ええ、そうかもしれないですね。
佐々木 そこで、僕がもう10年もいろんな番組でコンビを組んでいるインフの藤田岳夫カメラマンに撮影現場のクリエイティビティーについて伺おうと思いまして。例えば、僕が企画・制作している『ブレイブ 勇敢なる者』というドキュメンタリー特番ですと、よく「インタビューの背景に照明でいろんな色をのせている手法」について聞かれます。
藤田 当初は「(インタビューの背景に)あんな色をのせて……」と批判されたこともあるんですよ。「自分の親があんなふうに撮られたらどう思うんだよ」と(笑)。
佐々木 同業者から? そんな否定的な(笑)。
藤田 そう。でも、どうなんですかね。そもそも、取材相手が皆、同じように見えてしまう問題をどうにかしようと考えて始めたことですからね。
佐々木 もともとは10年前にNHKの『みんなでニホンGO!』という日本語バラエティーで、僕が初めて藤田さんと組んだときに始めた手法ですよね。大学の研究者などに取材することが多かったんですが、大体“メガネをかけた中高年男性”がほとんど。しかも、研究室ってほとんど背景がグレーの壁か本棚だから、ほぼ見分けがつかない(笑)。それで、インタビューの背景に照明で色をのせて「この人はオレンジ色おじさん」「この人は青色おじさん」と認識してもらおうとした。
藤田 それで、話している内容を集中して聞けるなら、それはそれでいいと思うし。
佐々木 ドキュメンタリー番組でもこの手法を採用したのは、『Dr.MITSUYA~世界初のエイズ治療薬を発見した男~』(2015年)が最初でしたね。
藤田 主人公の満屋裕明先生の明るいキャラクターとも合っていましたね。でも、あのときも「背景に色をのせるのはおかしいんじゃないの?」という意見はありました。例えば、満屋先生が行きつけのすし屋に行くシーンがあって、それまで散々、背景に色をのせていたのに「あそこだけ、なんで普通の白壁の背景なの?」と言われたり。
佐々木 えー、そんな話が(笑)。
藤田 でも、あのシーンは、満屋先生がすごくリラックスしている様子が撮影できて、「ロケ隊と満屋先生の関係がすごくよかったね」と言ってくれる人もいました。
佐々木 その都度、シチュエーションやシーンの意味合いが全然違いますからね。
実は難易度が高い「被写体を真正面から捉える構図」
佐々木 インタビューで「被写体を真正面から捉える構図」についてもよく聞かれるんですよ。海外のドキュメンタリーでは割とポピュラーで、『Dr.MITSUYA』を制作するときにこの構図を採用しようと思って藤田さんに相談して。以後、あのスタイルが『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズでの一つのスタイルになりました。「インタビューの背景に色をのせる」手法と合わせて、最近やたらとマネされています(笑)。
藤田 あの構図は紙一重ですよね。下手にやるとニュースキャスターがしゃべっているような画に見えたり、ビデオレターみたいになっちゃうし。
佐々木 真正面から捉える構図は、背景や照明、レンズのボケ足などをうまく整えないと全然スタイリッシュには見えない。
藤田 画がのっぺりしちゃうから、そうならないように気を付けています。真正面に置くカメラ以外にも2~3台の固定カメラを設置して、自分はENG(業務用カメラ)で撮影する。カメラマンは1人だけどマルチカメラ体制で撮影して、照明も普通のインタビューより多いですね。
佐々木 一般の人はパッと映像を見てなんとなく「キレイだな」と感じても、「どうしてこの映像がキレイなのか?」という理由までは考えない。でも、現場に立つプロからすると、キレイに撮れているのには全部、理由がある。毎回、照明のセッティングが本当に大変ですよね?
藤田 現場ではまず、被写体の真正面に置く固定カメラの位置を決めるところから始めます。でも、なるべく広くて奥行きのある構図にすると、照明が入る場所がほとんどなくなってしまうんです。その上、佐々木さんからは「ナナメ方向からアップで撮るカメラもいい位置から狙って」と言われ(笑)、さらに別の固定カメラも置こうとすると……。
佐々木 どんどん、照明が入る場所がなくなっていく(笑)。
藤田 それで「じゃあ、どうするんだ」と毎回、頭を悩ませて。スタジオじゃなくてあくまでロケ先ですから、限られた空間の中でひたすらカメラと照明の位置のせめぎ合いをしている感じ。例えば、窓とかベランダがある部屋だったら、「もう、外から照明を当てるしかないね」と死角を利用して……。
佐々木 現場の状況を見て、即興のアイデアで撮影プランをガラッと変えることもありますよね。
藤田 でも、この構図で撮影するスタイルは、インタビューするほうも大変だと思うんですよ。
佐々木 はい、撮影中はずっと違和感があります。だって、インタビュアーの僕のアゴの下に固定カメラがあるので(笑)。
佐々木 「真正面から捉える構図」はマネしようと思えばできるんですけど、ちゃんと成立させるには準備や調整が大変ですし、この状況でもディレクターがしっかりと話を聞けなければ本末転倒ですからね。
撮影準備中にひそかに行われる取材相手への「演出」
藤田 ディレクターは「現場で○○をこう撮りたい」という希望やイメージを伝えてきますけど、佐々木さんはそれを撮るための“準備”をちゃんとされていますね。事前取材で相手と関係を作って、ロケハンでインタビュー場所も決めてきて、いい撮影をするための時間と場所を精いっぱい用意してくれていると感じます。
佐々木 インタビュー場所は、まず奥行きがある空間じゃないといい画が撮れないから、そういう場所を探してこなきゃいけない。しかも、なるべくシンメトリー(左右対称)で撮れる空間がいいとか、場所選びの条件もあります。
佐々木 だから、撮影前の準備は怠らないつもりでいますけど、毎回、自分の中では“藤田さんとの勝負”みたいな気持ちがあるんです。事前に下見をして「この場所でシンメトリーの画を撮るなら、この方向だな」と考えて、藤田さんにそのプランを伝えても現場であっさり覆されることがあるので。「いや、こっちの角度の方がいいですよ」と提案されて、「あ、確かにそうだな」と(笑)。藤田さんのアイデアのほうが的確なんです。それに毎回、驚かされる。
藤田 いやいや、普通ですよ。長年の勘です。
佐々木 で、カメラと照明のセッティングに入るんですが、普通の番組のインタビューならパッと撮って終わりですけど、僕らはセッティングだけで1時間半ぐらいはかかる。その準備の時間も重要で、藤田さんたちが準備している間に、僕が取材相手の方と話して気持ちを高めてもらう、その演出もあります。
藤田 そうそう、そういうところも大変ですよね。
佐々木 そのとき、藤田さんが一生懸命に準備している姿を取材相手の方に見てもらうことも重要な演出の一つなんです。その様子を見て「ああ、ここまでやってくれるんだ」とご本人の気持ちも高ぶる。だから、そうした準備も含めて演出(状況設定)ですね。単純に背景に色をのせるとか、真正面から撮ればいいという話じゃない。
藤田 そうですね。
佐々木 インタビューの直前に、藤田さんは取材相手の方に「すみません、ちょっとメガネを貸してください」と言って、カメラのレンズを拭くレンズクリーナーでメガネを拭いてあげますよね? 細かなことですけど、「ああ、いい演出をしてくれているなぁ」と思っています。
藤田 僕は「目」をキレイに撮るのが好きなので。目にその人の表情が宿るから。
佐々木 そうそう、照明がちょうど目に差し込んでキラキラする角度にこだわりますよね。
藤田 でも、照明の角度がちょっとズレるだけでメガネのフレームの影が出る。
佐々木 それで「ああ、チキショー! うまくいかねぇ」とか、よく言っていますね(笑)。またそこから照明の微調整をして……。他にも、藤田さんはインタビューを始める前に、取材相手の方にひと言、声を掛けてくれますよね? 「今日は、お話が聞けるのを楽しみにしてきました」とか。
藤田 ああ、なるべく自分の気持ちを伝えようと思って……。
佐々木 よく「どうして、あんなに被写体が自然体のインタビューを撮れるのか?」と聞かれるんですけど、ディレクターの僕だけの問題じゃないんですよ。藤田さんや音声さんを含めて、撮影現場全体の雰囲気があるから撮れるんです。そこも含めて「演出」(状況設定)だし「撮影」なんだと思います。
入念な準備をして“主観”で撮るのが名カメラマン
藤田 でも、こんなことを言ったらカメラマン失格かもしれないけど、あれだけ苦労して照明とかカメラ位置のセッティングをしても、撮影が始まると「その人がいかにいい表情で、いい内容を話すか」ということだけに集中しています。自分の中ではハッキリとした優先順位があるんです。最優先は、ディレクターと取材相手の2人がちゃんと話ができる状況を作ること。それが何より大切ですね。
佐々木 たまに、「よくあんな状況で取材相手が普通に話しているね」とも言われるんですよ(笑)。被写体の正面にカメラがあって、強い照明をナナメ方向から当てていたりするので、そんな異様な空間で普通に話ができるのか、当初は心配もありました。でも、やり始めてみると杞憂(きゆう)でしたね。ああいう撮影スタイルでも、エモーショナルなインタビューになる場面を何度も経験してきた。
藤田 『ブレイブ 勇敢なる者』第2弾「えん罪弁護士」(2016年)のロケの最後に撮った、今村核弁護士のインタビューも印象深いですね。
佐々木 あのインタビューは勝負をかけましたね。いいロケができている確信はあったけど、最後にもう1回、今村先生の内面にグイグイと迫って、それまで秘めてきた心情を語って一筋の涙を流すシーンになった。あのときの現場の空気とか、スタッフの一体感はすごかったですね。今、思い出しても。
佐々木 あのとき、僕が覚えているのは、帰りのロケ車で一人、撮影したばかりのインタビュー映像をプレビューしている藤田さんの姿です。
藤田 本当によく見ているね(笑)。
佐々木 自分のカメラでプレビューして確認していました。気持ちが入り込みすぎて冷静ではなかったんだろうな、と。でも、すごく納得した顔をしていた。
藤田 何か気になったんでしょう(笑)。よく、頭が真っ白になっちゃうから。
佐々木 頭真っ白カメラマン(笑)。確かに、一般的には「カメラマンは冷静じゃなきゃいけない」と言うけど、僕は必ずしもそれが正しいとは思わない。ふと撮影している藤田さんを見ると、涙が頬をつたっていることがあって、主観的に感情を込めて撮る人だから気持ちのこもった映像が撮れると思うので。
藤田 さっきまで、あんなに撮影までの準備が大事だって言っていたのに、「何だったんだ、お前」みたいになっちゃいますね(笑)。
一人何役もこなす“自主映画制作”のような「チーム力」
佐々木 でも、そういうインタビューを毎回、場所や空間も違うところで、撮影の藤田さん、音声さん、ディレクターの僕のほぼ3人で搬入からセッティングまでやって撮っている。普通は専門職の照明さんをつけるものですが、予算も限られているので、僕の番組では藤田さんに照明も兼ねてもらっています。
藤田 そうですね。照明さんもすごい人がいっぱいいますから、本当は専門の人に来てもらうほうがいいんでしょうけど、番組ごとにいろいろ条件もありますからね。
佐々木 照明は下積み時代に勉強したんですか?
藤田 そうですね。僕は下積みが長かったので、そのときに撮影や照明についていろいろ教えてもらいました。
佐々木 下積みの期間はどのくらい?
藤田 もう10年間ぐらい。撮影の助手として。ドラマの助手をしたり、ドキュメンタリー番組の『驚きももの木20世紀』とか、いろいろ。バラエティーの『どうぶつ奇想天外!』もやっていましたよ。
佐々木 ジャンルを問わず、何でもやっていますよね。だから、引き出しが多い。
藤田 呼んでもらえるうちは、いろいろやりたいです。僕は普通の、ただの町場のカメラマンなので。
佐々木 藤田さんのように撮影と照明の両方を兼務する「一人二役」って、僕の番組のスタッフは皆、そうなんですよね。音声の中山寛史さん(インフ)も現場ではVE(ビデオエンジニア)を兼ねているし、編集の宮田耕嗣さんも通常の編集からテロップ、合成・加工、カラーグレーディング(色補正)まで全て1人で行う。
藤田 CG制作の津田晃暢さん(SANTY)とイラストレーターの羽毛田信一郎さんのコンビもすごいですね。ほぼ2人で、あの『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズのCGアニメを作っている。撮影担当としてはいつも「CGに負けないように」と思って頑張っています。
佐々木 僕自身も、基本的にAD(アシスタント・ディレクター)はつけずに演出以外のスケジュール管理や細かな雑事もやり、CGの絵コンテも自分で描き……という感じですからね。テレビ番組の制作って、潤沢な予算で作られているようなイメージがあると思いますが、少なくとも僕らに関してはいつもギリギリですね(笑)。
藤田 ロケ期間もそんなに長くないですからね。10日から2週間で撮りきらないといけないこともあるし。
佐々木 地方ロケで1カ月とか撮影期間を設けられないですからね。予算がなくなっちゃうので。でも、厳しい条件の中でもある程度、勝負ができないとプロじゃないし、放送日という締め切りもあるので、だからこそ入念に準備を怠らないという。で、会社や所属もバラバラな総勢10人に満たないチームが知恵を出し合って、まるで自主映画制作のように毎回、どうにかこうにか乗り越えていますね。
※第2回につづく(全2回)。
(構成/佐々木 健一、人物写真/中村宏)