人の心を動かすアイデアを生み出し、効果的に伝えるための技術とは? 現役テレビディレクターの佐々木健一氏がテレビ制作者の技術論を丸裸にしていく本連載。ドキュメンタリーの名作を次々に生み出す東海テレビの驚くべき制作スキームとは?
今回は東海テレビ・土方宏史ディレクターとの対談の最終回(第1回「業界騒然!『さよならテレビ』制作者が語る『表現』の本質とは?」、第2回「衝撃作『さよならテレビ』に仕組まれた鉄板の『構成』テクニック」、第3回「テレビ局に密着した『さよならテレビ』 密室の音はどう録った?」)。
東海テレビは劇場公開して多数の観客動員を獲得した『人生フルーツ』をはじめ、『ホームレス理事長』『ヤクザと憲法』など、地方局でありながら数々の名作ドキュメンタリー作品を生み出している。その裏側には、「原始的」ともいえる企画採択の流れと1つの作品に長い期間をかけられる独自の制作スキームがあった。
「よくこんな企画をやらせてもらえたね」の秘密
佐々木 健一(以下、佐々木) 『さよならテレビ』を見たテレビ業界人が口をそろえて言うのは、「こういう番組を作る東海テレビって、ものすごく健全だよね」という感想です。「よくこんな企画をやらせてもらえたね」と。ですから、あの番組がどうやって生まれたのか、企画が採択されるまでの流れというのがすごく気になるんです。
土方 宏史(以下、土方) え~と、「企画採択までの流れ」というようなシステマチックなものは特にないんです。僕からプロデューサーの阿武野勝彦(あぶの・かつひこ)にペラ1枚の企画書を見せただけです。企画は紙を持っていく場合もあれば、口頭の場合もあります。
佐々木 へぇ~。ドキュメンタリー企画の採択者は、阿武野さんですか?
土方 そうです。
佐々木 そこで「この企画はダメ」と却下されたりは?
土方 僕は今のところ、そう言われたことはないですね。
佐々木 「面白いじゃん。やればいいじゃん」と?
土方 今回の企画はそうですね。『ヤクザと憲法』のときは「スタッフに何か危害が加わる恐れがあるかもしれないから、そこは慎重に」という話はありましたけど。
佐々木 例えば、NHKだと企画書を書いて特番の枠と予算を確保するまでの道のりって相当険しいんです。膨大に寄せられる企画の中を勝ち抜いて、編成に説明に行って……という段取りを踏んで、それでも最終的に通らないことが多いですし。だから、東海テレビの企画採択までの流れって、めちゃくちゃハードルが低いようにも見えます(笑)。
土方 「原始的だな」と個人的には思います。でも、決してなれ合いだとか、いい加減だとは思ってなくて、「企画が通る、通らない」の“物差し”はもちろんあるんですけど、それが視聴率とか、世論ではないんですね。語弊があるかもしれませんが、受け手をあまり意識せずに「やる、やらない」という判断をしていると思います。プロデューサーの阿武野の感覚としては。
佐々木 その話ってかなり重要ですよね。「これは当たりそうだから」とか、「受けそうだから」とか、「数字(視聴率)が取れそうだから」ということが企画採択の基準じゃない、と。
土方 そうですね。むしろ「ディレクターがその企画を本当にやりたいかどうか」という点を見ていると思います。
佐々木 先ほど「原始的」と言っていましたけど、本来はそういうノリで企画が決まった方がいいかもしれないですね。どうも最近って、「企画」提案が大ごとになっている気がして……。以前、フジテレビの人に話を聞いたら、フジテレビが絶好調の時代って、男子トイレでたまたま立ちションで並んだときに、横に編成の人がいて「こういう企画をやりたいんだけど……」とオシッコを出してる間に説明したら、「それ、いいね!」と言われて、そんな調子でガンガン新しい企画が決まっていた、と。
土方 それがたぶん一番、健全だと思う。それに近い感じはあります。プロデューサーの阿武野へのプレゼンも、僕はあえて理論武装をしないようにして、とにかく「やりたい! 絶対、やるべきです!」と口説くような感じです。あまり理屈じゃないというか。
佐々木 2年前に「地方の時代映像祭」のテレビシンポジウムで初めて土方さんと会ったときも、そういう話をしていましたね。土方さんが「作り手が面白そうだと思うからやる。番組の“意義”とかは後付けに近い」と発言したら、客席が「え~、それでいいの?」とざわついたので、思わず僕が援護射撃をした(笑)。
土方 だいぶ僕の暴走を佐々木さんがロジカルに説明していただいた記憶が……(笑)。
佐々木 いや、でも、企画って本来はそういうものですよね。
土方 だと思います。
佐々木 企画ってとにかく「話題になるものが欲しい」という話になる。で、ひたすら“今の後追い”をするようになる。その一方で、「この企画が実現した後の世界を想像できるか?」という視点は欠けていたりするんですよね。例えば、『さよならテレビ』という番組が放送された後の影響力や話題性とか、土方さんというクリエイターに対する見方の変化とか、ひいてはテレビに対する見方も変わる、ということが想像できないと、「そんな危なっかしい企画はとりあえずやめておけ」としかならないでしょうね。
東海テレビから名作ドキュメンタリーが誕生する最大の理由
佐々木 『さよならテレビ』の制作期間はどのくらいだったんですか?
土方 全部で「1年7カ月」です。
佐々木 1年7カ月!? そんな撮影期間を持てるのは、おそらく東海テレビ以外ないですよ。
土方 報道局なので、ロケは普段のニュースの予算でやりくりするケースもあったり、その日、特に何も動きがなければニュースの取材をやるし、ドキュメンタリーの取材をする日もあるという形になっています。だから、毎回、カメラを発注して、1日いくら経費がかかるというわけじゃないんです。
佐々木 ドキュメンタリーもニュースのロケも「お財布が一緒」ということですね?
土方 いえ、ニュースとドキュメンタリー。大きなお財布と小さなお財布があって、上手に使うということですかね。だから、長期ロケも可能なんです。
佐々木 そこが、間違いなく東海テレビ・ドキュメンタリーの“特異性”ですね。絶対そうですよ!
土方 「何が他と違うか?」といったら、僕も一番は「制作期間の長さ」だと思います。圧倒的にその点ですね。
佐々木 普通の小さなデジカムでディレクターがセルフドキュメンタリー風に撮るなら、それだけの長期間、撮影を続けることも可能ですが、ちゃんとしたプロのカメラマンがENG(業務用カメラ)で1年7カ月もの間、ロケをするなんて、普通はあり得ないですよ。例えば、1日1チェーン(ディレクター、カメラマン、音声などの撮影1班)出すと十数万円以上かかるので、移動費を含めれば1日20万円前後の経費がかかる。だから、そんな長期でドキュメンタリー制作ができる放送局は、東海テレビくらいしかないんじゃないかと思います。でも、「東海テレビのドキュメンタリーが、どうして他と違い、こんなにクオリティーが高いのか?」という理由は、確実にそこにありますね。
土方 僕もそう思っています。他との比較はともかくとしても、自分たちが納得できるもの、作品性が高められている要素というのは、そこかなと。
佐々木 阿武野さんや土方さんが手がけられている東海テレビのドキュメンタリーは、報道局で作られていることが大きいですね。毎日、ロケに出られる状況があるという。
土方 そこが大きな特徴ですし、極論をすればそこに尽きるかと。
佐々木 でも、なぜかその部分って、これまであまり触れられていないですよね? 本当はその条件が一番、大きいと思うんですけど。
土方 僕も一番はそこだと思っていて、いろんなところでよく話すんですけど、ピンとこない人が多くて。それよりもディレクターが何をしたとか、そういう話を聞きたがるんです。でも、実際は「制作期間の長さ」が大きいと思います。
佐々木 テレビ業界や映像コンテンツについてよく知らない人って、「たくさん素材を撮った方がいいものができそうだから、毎日、ロケに出るものなんでしょう?」と思っているかもしれませんが、そんなことをしたら予算的に成り立たないですから。でも、普通はできないことを、東海テレビは報道局のスキームの中で実現しているのがすごいですね。
土方 あと、ドキュメンタリーの制作中は、基本的にはその番組のディレクター業に専念させてもらえます。今も僕の後輩で1人、ドキュメンタリーの取材をやっていますけど、基本的にはニュースの仕事から外れてやっています。
佐々木 「いかにして面白い番組は生まれるのか?」を考えたとき、ロケに関しては明らかに他と違うスキームで制作しているのが東海テレビのドキュメンタリーなんですよね。まともにロケの経費を計算したら成り立たないぐらいの日数だから。
土方 もちろん、プロデューサーは予算管理の意識は持っていると思いますけど、いいか悪いかはさておき、ディレクターレベルにはそういった話は下りてこないので、費用対効果とか、そういうことを考えずに純粋に番組作りと向き合っています。そこに資本の論理が入ってくると、たちまち「コストパフォーマンスが悪い」という話になって、「必ず番組は映画化して、ペイラインはいくらだ」とか言い出すようになる。もしそうなると、東海テレビのドキュメンタリーは終わると思っています。
(構成/佐々木 健一、人物写真/中村宏)