多くの人の心を動かすアイデアを生み出し、それを効果的に伝えるための技術とは?話題作『さよならテレビ』の土方宏史(ひじかた・こうじ)ディレクターとの対談3回目。テレビ局内部での密室シーンやロングショット時の会話の音声など、難易度の高い撮影や録音はいかにして可能になったのか。

 2018年9月に東海テレビで放送されたドキュメンタリー番組『さよならテレビ』は自社の報道局を取材対象に、視聴率と働き方改革の両方を求められる現場の反発や派遣社員記者の苦悩などを包み隠さず映し出し、テレビ業界で大きな反響を呼んだ。

 その中で気になるのが、看板キャスターが上司に密室で降板を告げられるシーンや被写体が遠くにいるロングショット映像でも会話の音声がクリアに録れていること。そこにはどんなテクニックがあったのだろうか。

(左)佐々木 健一氏
1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『哲子の部屋』『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ「Mr.トルネード」「えん罪弁護士」など様々な特別番組を手がけ、ギャラクシー賞や放送文化基金賞、ATP賞などを受賞。著書に『辞書になった男』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『神は背番号に宿る』(新潮社/ミズノ・スポーツライター賞優秀賞)、『雪ぐ人』(NHK出版)などがある。
(右)土方 宏史氏
1976年生まれ。上智大学英文学科卒業後、東海テレビ入社。情報番組やバラエティー番組のAD、ディレクターを経験した後、報道部に異動。2014年より、愛知県警本部詰め記者。第52回ギャラクシー賞CM部門大賞、2014年ACC賞ゴールド賞、2015年ACC賞グランプリ(総務大臣賞)などを受賞。2014年『ホームレス理事長 退学球児再生計画』でドキュメンタリー映画を初監督。他の監督作品に『ヤクザと憲法』がある。

撮影中のカメラマンを撮影しているのは誰?

佐々木 健一(以下、佐々木) 今回の対談では、『さよならテレビ』に関するプロならではのテクニカルな話をしたいんです。

土方 宏文(以下、土方) そんな話を聞いてもらえるのは初めてです。たぶん最初で最後になります(笑)。

佐々木 これまでの取り上げられ方って、「テレビ業界の裏側を描いた『さよならテレビ』の是非を問う!」みたいな内容ばっかりだったですもんね。

土方 そういう話は別なところでやればいいです(笑)。

土方ディレクターが報道局でこの番組の企画について説明する番組冒頭シーン。『さよならテレビ』より(C)東海テレビ
土方ディレクターが報道局でこの番組の企画について説明する番組冒頭シーン。『さよならテレビ』より(C)東海テレビ

佐々木 まず、俺が「おっ!」と思わされたのは、番組冒頭のシーンなんです。土方さんが報道局でこの番組の企画について説明する場面があるんですが、あのとき、カメラマンとディレクターの土方さんが二人並んでいる姿を映したカットがあるんです。ということは、他のカメラがそれを撮っているわけですよね。あそこで、カメラマンと土方さんの姿を撮っているカメラは誰ですか?

番組冒頭の中根芳樹カメラマン(左)と土方ディレクター(右)が並んで映っているカット。『さよならテレビ』(C)東海テレビ
番組冒頭の中根芳樹カメラマン(左)と土方ディレクター(右)が並んで映っているカット。『さよならテレビ』(C)東海テレビ

土方 あれは、音声ですね。

佐々木 えぇ!? あれは、音声さんが撮っていたんですか!

土方 そう、音声の枌本昇(そぎもと・のぼる)が撮影した映像です。実は彼、本当は撮影(カメラマン)をやりたいんです。

佐々木 撮影志望の人も、最初は音声さんとして経験を積みますよね。

土方 そうなんです。だから、枌本に「今回、お前は音声だ」と伝えて。ただ、彼には今回、1つミッションを与えていたんです。「俺たち(ディレクターやカメラマン)の姿を撮ってくれ」と伝えていました。で、彼はそれを一生懸命やってくれました。

佐々木 ほ~! それであんなカットが撮影されていたんですね!

なんでも録音し、撮影していたヤバ過ぎる「音声マン」

佐々木 『さよならテレビ』って、遠くから被写体を捉えているロングショットの映像がよく効いているんですが、本当に音声もよく録れているなぁと感心するシーンがいくつもあって……。

土方 音声の枌本がすごく頑張ってくれましたね。ピンマイクをいっぱい、いろんなところに付けて。

『さよならテレビ』ワイヤレスマイクを仕込む音声の枌本昇氏(右) (C)東海テレビ
『さよならテレビ』ワイヤレスマイクを仕込む音声の枌本昇氏(右) (C)東海テレビ

佐々木 例えば、終盤に派遣会社から来た渡邊雅之くんが、新天地のテレビ大阪でロケをしている姿をロングショットで捉えたシーンがありますよね? 優しそうなカメラマンに突っ込まれながら、渡邊くんが頑張っている姿を捉えていますが、驚いたのは音声なんですよ。あのとき、テレビ大阪のカメラマンにもワイヤレスマイクを仕込んでいた?

土方 はい、付けています(笑)。

佐々木 やっぱり、付けていますよね~。いや、そうじゃないとあんな望遠で撮影して、音声がクリアに拾えるわけないな、と。取材対象である渡邊くんにワイヤレスマイクを付けておくのは分かるんですが、まさかテレビ大阪のカメラマンにもマイクを仕込んでいたとは……。

土方 何かやりとりがあるかも……と可能性として付けておいたんですね。

佐々木 福島キャスターが降板を告げられるシーンの音声も気になったんです。閉じられた密室の音声は、どうやって拾っていたんですか?

土方 あの音声は、キャスターの福島に付けておいたピンマイクが拾った音です。

佐々木 へ~、そうなんですか!

土方 メインの登場人物3人には常にピンマイクを付けているんです。それは盗み撮りをするために仕込んでいたわけじゃなくて、彼らが何かに巻き込まれたときの音声は使うかもしれないと思っていたからで、部屋に仕込んでいたわけではないんです。彼らはピンマイクを付けることは受け入れてくれていました。

佐々木 撮られている自覚はある、ということですね?

土方 あります。その覚悟は、登場人物全員にあったと思います。ただ、1つ自分の中で守っていたのは、セリフとして何かを言わせたり、自分が言ったりはしないということ。当然ですが、そういう演出はしません。例えば、番組のラストシーンに登場する僕の「最高のカットだよ!」という発言も本物です。あれはリアル。

佐々木 編集室での土方さんの発言ですね? あの映像と音声は、誰が撮っているんですか?

土方 あれは、音声の枌本が撮っていたと思います。彼がず~っと編集中も撮影していました。「いつ撮っているかも分からないぐらい撮ってくれ」とお願いしていたので、その通りにやってくれたんです。

編集室を撮影する中根芳樹カメラマン(撮影:枌本昇氏) (C)東海テレビ
編集室を撮影する中根芳樹カメラマン(撮影:枌本昇氏) (C)東海テレビ

偶然撮れたわけではない“奇跡のカット”の真相

佐々木 『さよならテレビ』って、とにかく「メタ視点」でテレビ業界を捉えている作品だと思っていて、それが抽象的な意味ではなく、具体的な演出として「メタで撮る」ということを、あの手この手を駆使してやっている。

土方 すみません、僕自身は「メタ」というのがよく分かってないんですけど……(笑)。

佐々木 「入れ子構造」というか、「テレビをテーマにしたテレビ」というのを映像的にも表現しようとしている。例えば、すごく印象的なカットとして何度も登場するのが、“テレビ画面を撮影した映像”。キャスターの福島さんの姿を映すときも、実際のニュース番組の映像を使わずに、わざわざモニターに映った姿を撮影しているシーンが何度も登場するじゃないですか。あれがすごく効いていて、最後の方で福島さんがキャスター降板を宣告された後なんかは、彼がテレビフレームの中に閉じ込められて窮屈そうに見えるんです。それが、今のテレビ業界に漂う閉塞感にも思えたり……。とにかく、映像もよく考えられて構成されていると思いました。

わざわざモニターに映った福島智之キャスターの姿を撮影(『さよならテレビ』より)(C)東海テレビ
わざわざモニターに映った福島智之キャスターの姿を撮影(『さよならテレビ』より)(C)東海テレビ

土方 あれは、カメラマンの中根芳樹(なかね・よしき)ですね。彼はカメラマンというより、ディレクターの視点を持った人だと思います。

佐々木 撮影のことで言うと、この番組で一番ハッと驚かされたカットがあるんです。収録中にVTRを見ているキャスターが「この人、(モザイク無しで)顔が出ちゃってる!」と驚くシーン。VTR中のスタジオなんて大抵、ボケ~ッとしているものだから、普通、カメラを回さないですよ。撮影してもムダになるだけですし。何であのとき、カメラを回していたんですか? たまたまですか?

土方 あれは……、実は「LoopREC(ループレック)」を設定していたんです。最大で、20秒ぐらい前から記録できるんですよね。

佐々木 あ~、REC(録画)を押す前から記録できる機能!

土方 だから、ず~っと全部撮っていたわけではないんです。

佐々木 ひや~、なるほど。さすが、抜け目ないですね~。

ドキュメンタリーは“ブルーオーシャン”である

佐々木 ドキュメンタリーって作品の“意義”とかについてはたっぷり語られるのに、なぜか具体的な技術論や方法論については語られることが少ないんですよね。現実をただありのまま撮って見せているわけではなく、まずはしっかりと“記録”してこないと話にならないし、それをいかに構成するかで伝わり方もまるで変わるわけで……。本来はそういう話こそ重要だと思うんですけど。

土方 僕は、もしかしたらドキュメンタリーって、実は一番可能性のあるジャンルかなという気もしてるんです。

佐々木 そうですね。保守的で、めちゃめちゃ凝り固まっていますからね。

土方 本当にそう思います。ドキュメンタリーの定義って、そんな簡単にできるものじゃないというのもあるし、他のジャンルと違って開拓されていないというか、原野みたいなジャンルなので、むしろ可能性があると思います。なぜかドキュメンタリーって、そこにエンターテインメントの要素を組み合わせちゃいけないというような考えがあったりするじゃないですか。

佐々木 そういう考え方は、本当に理解できないですよ。だって、ハリウッド映画でも今年、アカデミー賞の作品賞を取った『グリーンブック』とか、スパイク・リーの新作『ブラック・クランズマン』とかも人種差別の問題をエンターテインメント作品に昇華していますよね? マーベル作品の『ブラックパンサー』も記録的な興行記録を打ち立てて……。社会問題をより多くの人に関心を持って見てもらえるよう工夫して伝えるのが、プロのクリエイターの仕事だと思います。

土方 自分が作品に込めたものを見て欲しいなら、もっと見てもらうための工夫をして伝えるべきだと思いますね、プロとして。

※第4回につづく(全4回)。

(構成/佐々木 健一、人物写真/中村宏)

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