人の心を動かすアイデアを生み出し、効果的に伝えるための技術とは? 現役テレビ制作者の技術論を丸裸にしていく本連載。今回のゲストは前回に続き、話題作『さよならテレビ』の東海テレビ・土方宏史ディレクター。土方氏が本作に取り入れたという「三幕構成」とは?

東海テレビの土方 宏史(ひじかた こうじ)ディレクターは1976年生まれ。上智大学英文学科卒業後、東海テレビ入社。情報番組やバラエティー番組のAD、ディレクターを経験した後、報道部に異動。2014年より、愛知県警本部詰め記者。第52回ギャラクシー賞CM部門大賞、2014年ACC賞ゴールド賞、2015年ACC賞グランプリ(総務大臣賞)などを受賞。2014年『ホームレス理事長 退学球児再生計画』でドキュメンタリー映画を初監督。他の監督作品に『ヤクザと憲法』がある
東海テレビの土方 宏史(ひじかた こうじ)ディレクターは1976年生まれ。上智大学英文学科卒業後、東海テレビ入社。情報番組やバラエティー番組のAD、ディレクターを経験した後、報道部に異動。2014年より、愛知県警本部詰め記者。第52回ギャラクシー賞CM部門大賞、2014年ACC賞ゴールド賞、2015年ACC賞グランプリ(総務大臣賞)などを受賞。2014年『ホームレス理事長 退学球児再生計画』でドキュメンタリー映画を初監督。他の監督作品に『ヤクザと憲法』がある

 商品開発やマーケティング、新規事業立ち上げなど職種を問わず求められるのは、多くの人の心を動かすアイデアを生み出し、それを効果的に伝えるクリエイティブな技術だろう。老若男女問わず多くの視聴者の心を動かしてきたテレビ番組制作者たちはどのような方法で番組を作り上げているのか。

 この連載では、NHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ「Mr.トルネード」「えん罪弁護士」などさまざまな番組を手掛け、「プロは技術論で語るべし」を持論とするNHKエデュケーショナルのディレクター・佐々木健一氏を聞き手に、現役テレビ制作者が番組をいかにち密に作っているか、その方法論や技術論を丸裸にしていきたい。

 今回のゲストは前回(「業界騒然!『さよならテレビ』制作者が語る『表現』の本質とは?」に引き続き、2018年9月に東海テレビで放送されたドキュメンタリー番組『さよならテレビ』を制作した東海テレビの土方宏史(ひじかた・こうじ)ディレクター。

『さよならテレビ』はめちゃくちゃテクニカルな番組

佐々木 健一(以下、佐々木) 『さよならテレビ』って、よく内容の是非みたいなことばかり語られるんですが、番組制作のプロからすると、いい意味で“作為的に作り込まれた番組”だと言えると思うんですよ。実は、めちゃくちゃテクニカルな番組。

土方 宏史(以下、土方) 僕は今日、その話を佐々木さんとしたかったんです。まさにテクニカルな話。佐々木さんと話すなら、その話をしたいです(笑)。

佐々木 構成はもちろん、撮影とか編集とか、ものすごくよくできている番組だと思いました。ただ、ボケ~ッと見ていたら分からないかもしれませんが……。

土方 なぜ、『さよならテレビ』がそういう番組になったのかをひもといていくと、これはまあまあ、佐々木さんとつながってくるんですけど……(笑)。

佐々木 いやいや、僕は何もしていない。こちらにも批判の矛先が向いてくるのでやめてください(笑)。……でも、あれは、土方さんが『さよならテレビ』の制作を始めたころでしたっけ? 突然、連絡があって、わざわざ名古屋から東京まで来られたことがありましたよね?

土方 この番組を始めたころ、壁にぶつかったときです。佐々木さんに相談しに渋谷まで行きました(笑)。

佐々木 あれは確か2年前ぐらいですよね? 突然、土方さんが「東京に遊びに行っていいですか?」と連絡をくれて。

土方 あのときの話はすごく参考になりました。佐々木さんから教えてもらった本(「ドキュメンタリー・ストーリーテリング『クリエイティブ・ノンフィクション』の作り方」(シーラ・カーラン・バーナード著/島内哲朗訳/フィルムアート社)もすごく勉強になりました。あの本を教えてもらったのがすごく大きかったですね。

「ドキュメンタリー・ストーリーテリング 『クリエイティブ・ノンフィクション』の作り方」(シーラ・カーラン・バーナード著/島内哲朗訳/フィルムアート社)
「ドキュメンタリー・ストーリーテリング 『クリエイティブ・ノンフィクション』の作り方」(シーラ・カーラン・バーナード著/島内哲朗訳/フィルムアート社)

佐々木 僕もあの本を手にとって、10年以上も悶々(もんもん)と考え込んでいたことに、こんなにスパッと答えている人がいることに驚いたんですよ。すごく進歩的で合理的な考え方で、日本の古臭いテレビ・ドキュメンタリーの世界では、どうしてこういう考え方が否定されがちなのか、不思議に感じました。だから、僕らぐらいの世代で、これからの新しいドキュメンタリーの作り方を構築していきたいと思っています。

土方 あれから、いろんな脚本術の本も読むようになって。特に、「三幕構成」について知ったのが大きかった。そういう発想を持つこと自体、初めてだったので。

佐々木 そうなんですか?

土方 それまではただ感覚的にやっていたので。だから、佐々木さんが『さよならテレビ』をどう見るかがすごく気になって……、僕は今日、すごくビビりながら来ました(笑)。

聞き手のテレビディレクター・佐々木 健一氏1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『哲子の部屋』『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ「Mr.トルネード」「えん罪弁護士」などさまざまな特別番組を手がけ、ギャラクシー賞や放送文化基金賞、ATP賞などを受賞。著書に『辞書になった男』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『神は背番号に宿る』(新潮社/ミズノ・スポーツライター賞優秀賞)、『雪ぐ人』(NHK出版)などがある
聞き手のテレビディレクター・佐々木 健一氏1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『哲子の部屋』『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ「Mr.トルネード」「えん罪弁護士」などさまざまな特別番組を手がけ、ギャラクシー賞や放送文化基金賞、ATP賞などを受賞。著書に『辞書になった男』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞)、『神は背番号に宿る』(新潮社/ミズノ・スポーツライター賞優秀賞)、『雪ぐ人』(NHK出版)などがある

「三幕構成」を意識して作られた『さよならテレビ』

佐々木 昨日、77分間のこの番組を、どこにどんなシーンが置かれているか、ラップタイムを書き留めながら分析してみたんです。そしたら、めちゃくちゃきれいな三幕構成になっていて、怖いぐらいでしたよ!(笑)

土方 本当に「三幕構成」を意識して作っています。

※三幕構成…名作コンテンツが共通に持つ法則性。1幕(問題提起)=25%、2幕(問題の複雑化)=50%、3幕(問題の決着)=25%と、全体がほぼ「1:2:1」の比率になる。参考:「名作コンテンツに共通する「三幕構成」の知られざる本質とは?

佐々木 ですよね? 全体が77分間だと、第1幕が終わるのが番組開始から19分ぐらい。構成上の“折り目(反転攻勢)”にあたるミッドポイントは、だいたい半分の38分。第3幕に移るのが58分ぐらい。その辺りにどんなシーンが来るのかを見ていったら、本当にきれいな三幕構成になっていました。

 例えば、最初のCMに入るところがまさに第1幕の切れ目で、ここまでに“問題提起”が行われている。「ドキュメンタリーって、現実なんですか?」とか、「伝えること、報道するってどういうこと?」みたいなことが描かれているんです。で、「見事だなぁ」と思ったんですが、第2幕の最初に何が来るかというと、派遣社員の渡邊雅之君がそこで登場するんですよ!

土方 新たな登場人物が……。

佐々木 そう! まさに第2幕で描かれるのは“問題の複雑化”なので、第2幕はほぼ、渡邊君が着任して退任するまでというストーリーになっている。もちろん、そんなことは番組を見ている人は気づかなくていいんですが、ものすごく心地よいテンポとリズムで話が展開していくんです。

土方 はい、これはむちゃくちゃ勉強しました(笑)。

佐々木 東海テレビや福島智之キャスターにとっては苦い記憶の「セシウムさん騒動」の話が出てくるのが、番組開始から33分ぐらいなんです。まさに構成上のミッドポイントの辺りで、これが全体の“折り目”にあたる。あそこから物事の見え方がガラッと変わるんですね。どうして福島キャスターがあんなにウジウジしていたのかとか、派遣社員の渡邊君の境遇が変わっていくとか……。

東海テレビの福島 智之 キャスター(『さよならテレビ』より) (C)東海テレビ
東海テレビの福島 智之 キャスター(『さよならテレビ』より) (C)東海テレビ

土方 初めてこんな話をしていますけど、その通りです。あそこに置きました(笑)。

佐々木 丸裸にしますよ、今日は(笑)。これまでこういう話はしていないんですか?

土方 1回もないですね。こちらからもしないですし。

佐々木 一般の視聴者はそれでいいと思うんですが、この番組ってプロが見て、プロが話題にして騒いでいる作品じゃないですか。プロ同士が見て、なんで構成論や技術論にならないのか、本当に不思議ですよ。

映像コンテンツは「構成」から逃れられない

土方 たぶんドキュメンタリーかいわいの人で、そこまで構成について突き詰めて考えている人って少ないんじゃないですか?

佐々木 でも、編集でやっていることって、基本的に構成(ストーリーテリング)じゃないですか。何となく感覚でやっているんですかね?

土方 かもしれませんね。たぶん「ドキュメンタリー」というジャンルと「構成論」をつなげて考える人があまりにも少ないんじゃないですかね。だからなのか、この番組ってドキュメンタリーを作っている人とか、ドキュメンタリーファンからあまり評判がよくないんですよ。

佐々木 だいたい僕の番組もそうですよ(笑)。

土方 東大の上映会で怒られたのも、ドキュメンタリーファンからなんです。

佐々木 出た、出た。

土方 「これは、ドキュメンタリーなのか?」と……。

佐々木 でも、やっていることは一緒ですもん。だって、そもそも「構成」(編集)って、作り手が無数の撮影素材から抽出して、カットを意図的(作為的)に並べ替えているわけですから。ドキュメンタリーだろうと、他のジャンルだろうと、やっていることは基本的に同じなわけで。構成を考えずに作るって、万有引力の法則を無視して物理法則を語ることぐらい無理があることだと思うんですよ。やっぱり何事にも理由があるし、過去の膨大な作品から法則性が見つかっているわけじゃないですか。

土方 うんうん。

佐々木 膨大な撮影素材から抽出してタイムラインに配置する行為自体が、「構成からは逃れられない」ということを表していますからね。

土方 そうなんです。もし本当に編集意図や作り手の意志を入れないと言うなら、「ノー編集」で流すしかない。

佐々木 昔、ありましたね。「ニコ生」か何かで国会中継をそのまま流すという試みが。結局、そんなに長い時間、普通の人は見てられないんですよ。

土方 誰かが編集する時点で、その人の意志とか意図は入っちゃうし、入るものだし。

佐々木 “絶対的な客観性”なんて存在しないです。

土方 ないと思います。それは、すごく声を大にして言いたいというか。

(『さよならテレビ』より) (C)東海テレビ
(『さよならテレビ』より) (C)東海テレビ

佐々木 そもそも映像コンテンツ自体が作り手の主観からは逃れられないから、もし作り手がすごく偏った考え方で、それに基づいて作品が作られるとすごく偏ったものができてしまう。だから、作り手はまずたくさんの情報を集めて、できるだけ冷静な視点で伝えようと努力する。だけど、(作品に)自分がないかと言ったら絶対ありますからね。

土方 あります。絶対ありますね。今回、本格的に三幕構成を採用して演出したのも、テレビ業界がテーマで、報道やジャーナリズムを扱う内容だったからというのが大きいです。最終的に、作り手の“作為的な部分”を提示するという前提で、そのこと自体も作品の中に入ってくるアイデアが最初からあったので。

佐々木 なるほど。

土方 編集マンとどうやって物語を紡いでいくか、三幕構成をもとにしたストーリーテリングについてずっと相談していました。僕と編集マンの間でしか、そういう話はしていないです。プロデューサーとも、カメラマンとも、第1幕がどうとか、ミッドポイントがどうとかいう話はしていないです。

佐々木 この番組の編集マン・高見順(たかみ・じゅん)さんもすばらしいですね。番組内で「まだ、撮っとるのか~?」と言っていた人です。土方さんとは、あの大傑作『ホームレス理事長~退学球児再生計画~』(2014年)でもコンビを組んでいた。

『さよならテレビ』の編集を担当した高見 順氏 (C)東海テレビ
『さよならテレビ』の編集を担当した高見 順氏 (C)東海テレビ

土方 あの人はもともと制作部にいたのが大きいと思います。ドキュメンタリーじゃなく、エンターテインメントをやっていて、全然、違うジャンルから来ている人なので。

佐々木 以前、「地方の時代映像祭」のテレビシンポジウムの打ち上げで、編集の高見さんとお会いしたんですけど、なぜか彼、ずっと俺の横に座っていたんですよ(笑)。

土方 彼も普段、構成についてしゃべる機会がないし、そこに対して評価されることもないから楽しかったんじゃないですかね? それは僕も同じです。『人生フルーツ』を作った伏原健之(東海テレビ)も一緒です。彼もボヤいてましたけど、結局いつも「いい取材対象を見つけたね」という話になっちゃう。

東海テレビの伏原 健之氏(写真中央)(『さよならテレビ』より) (C)東海テレビ
東海テレビの伏原 健之氏(写真中央)(『さよならテレビ』より) (C)東海テレビ

佐々木 作り手が「どう描いたか?」ではなくて……。

土方 そうです。「いいネタを拾ったね」という。もちろんその通りだけど、せめて同業者はそうじゃなくて、もう一歩先の感想とか意見を述べてほしい。

佐々木 今回、自分がこの対談企画を連載していく上で考えたのは、“現場で本当に作っている人”にこだわって話を聞こうということ。土方さんというクリエイターが作らないと、『さよならテレビ』という作品はこうはならないわけで……。誰が作っても同じ番組になるわけじゃない。そんな当たり前の事実を、もっと広く知ってほしいというクリエイターとしての心情があるんです。

※第3回につづく(全4回)

(構成/佐々木 健一、人物写真/中村 宏)

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