多くの人の心を動かすアイデアを生み出し、それを効果的に伝えるための技術とは? 現役テレビ制作者の方法論や技術論を丸裸にしていく本連載。初回のゲストは2018年、テレビ業界で話題騒然となった問題作『さよならテレビ』を企画・制作した東海テレビの土方宏史ディレクター。
商品開発やマーケティング、新規事業立ち上げなど職種を問わず求められるのは、多くの人の心を動かすアイデアを生み出し、それを効果的に伝えるクリエイティブな技術だろう。老若男女問わず多くの視聴者の心を動かしてきたテレビ番組制作者たちはどのような方法で番組を作り上げているのか。
この連載では、NHK『ブレイブ 勇敢なる者』シリーズ「Mr.トルネード」「えん罪弁護士」などさまざまな番組を手掛け、「プロは技術論で語るべし」を持論とするNHKエデュケーショナルのディレクター・佐々木健一氏を聞き手に、現役テレビ制作者が番組をいかにち密に作っているか、その方法論や技術論を丸裸にしていきたい。
初回のゲストは2018年9月に東海テレビで放送されたドキュメンタリー番組『さよならテレビ』を制作した東海テレビの土方宏史(ひじかた・こうじ)ディレクター。自社の報道局を取材対象に、視聴率と働き方改革の両方を求められる現場の反発や派遣社員記者の苦悩などを包み隠さず映し出し、テレビ業界で大きな反響を呼んだ。
『さよならテレビ』は現代の“地下ビデオ”?
佐々木 健一(以下、佐々木) 2018年、テレビ業界で話題騒然となった番組を1本選ぶとしたら、間違いなく東海テレビの土方さんが制作された『さよならテレビ』ですよ。
土方 宏史(以下、土方) 正直、実感が全くないです。名古屋では視聴率が3%に満たないぐらいで、視聴者からのリアクションもあまりなく……。
佐々木 え! そうなんですか? 東京の、僕らテレビ関係者の間ではめちゃくちゃ話題になりましたよ。名古屋ローカルの放送だったので、DVDなどで『さよならテレビ』を見た人が他の人にも薦めて、ネズミ算式に広がっていったんです。前田日明VS.アンドレ・ザ・ジャイアント戦のVHSみたいな現代の“地下ビデオ”ですよ(笑)。
土方 いや~、こちらには全然、そんな話は聞こえてきてないです……。
佐々木 それは驚きです。というのも、『さよならテレビ』の何がすごいのかを考えると、番組の内容はもちろんですが、最も驚かされたのはこの番組に対する世間や業界人の反応が“異常”だったこと。ほとんどの人が“番組をまだ見ていないのに騒いでいた”(笑)。ネット記事で『さよならテレビ』というタイトルを見て、大体こんな内容だというのを読んだだけなのに、その記事がバズっていました。ただ、そういう動きをどこか気持ち悪く感じたのも事実で、そこに何か“溜飲を下げたい”欲求みたいなものが見え隠れしている気もしたんです。
土方 それはあるかもしれないですね。
佐々木 マスコミの役割として“権力の監視”という話が番組の中にも登場しますが、一部の人はマスコミ自体がもはや“権力”だと捉えているから、テレビ業界に対して反発心があったり、「何か業界内で悪いことが起きているんでしょう?」と考えている人がいたりするのかと思います。そんな風潮をやや危惧していて……。当事者の土方さんは、その辺りについてどう感じているのかと。
土方 制作前から一つ考えていたのは、「番組を見た人の立場や年齢、生き方や仕事の仕方で、かなり感想は異なる。だから、もちろん賛否両論はあるだろうな」と。
佐々木 『さよならテレビ』という“タイトルの魔力”がまた……(笑)。
必ず紛糾する『さよならテレビ』上映会
佐々木 この番組ってまだ見ていない人がほとんどですよね? いまだに名古屋ローカルでしか放送されてないから、東京にいる人に見る機会があるとしたら上映会などで見るしかないんですが、NHKでも『さよならテレビ』の上映会が開かれたと聞いてますし、先日は東大でも上映会が行われたんですよね? 会社の後輩が見に行って、満席で通路に座って見る人までいたと聞きました。
土方 ただ、だいぶ紛糾しまして……。
佐々木 え、紛糾!? 上映後にどんな話が?
土方 もちろん「面白かった」と言ってくださった方もいましたが、本当にいろいろな意見があって、例えば「面白くない!」と怒る方もいらっしゃいました。「すごく陳腐だ。本当につまらなかった」と怒ってらっしゃったので。
佐々木 「面白くない」と、番組のディレクターである土方さんに直接?
土方 はい。だから、毎回、ダメージを受けてすごく疲れます(笑)。同業者は、何だかんだ言っても最後は「それでも、テレビは頑張ってます」と描いて欲しかったでしょうし。逆に、メディアに対して日ごろから不信感を抱いていて、「テレビには“闇”があるに違いない」と思っている人からすると、「なんだよ。全然、俺たち側に立ってない番組じゃん」と。だから、ある意味、誰からも褒められない(笑)。
佐々木 NHKでの上映会も賛否両論が激しかったらしいですね。各地で上映会が紛糾する番組なんて、逆にすごいことじゃないですか。
土方 東大での上映会が終わった後に、「今度から来るときは、おひとりじゃないほうがいいと思います。プロデューサーも一緒に来たほうが……。1人ではこらえきれないから」とアドバイスを受けました(笑)。
なぜか期待されてしまう「テレビの闇」
佐々木 でも、上映会の後に何が話し合われたかを見ていくと、『さよならテレビ』という番組が持つ特異性や、なぜこんなにも業界内で話題騒然となっているのか、その理由が見えてくると思うんです。
土方 批判に関しては本当にいろんな理由がありますけど、「“テレビの闇”を本当に暴いているのか?」と言う方もいらっしゃいます。番組の最後でメインの登場人物の一人である澤村慎太郎記者が「テレビの闇はもっと深いんじゃないですか?」と言うシーンがあるんです。
佐々木 その「テレビの闇」という言葉。私自身はかなり引っ掛かるんですが……。
土方 そうですね、僕も。
佐々木 そもそも、言われるような“闇”があるのかと。テレビの闇って何?(笑)。
土方 1つは「無いものを出せ」と言われている気がします。澤村さんが「もっと闇があるんじゃないですか?」と言って、おそらく見ている方も「そうだ、そうだ!」となって、「どうしてお前らは闇を暴かなかったのか?」という怒りが込み上げてくるのかもしれません。でも、少なくとも僕らが取材している中では一部の人が想像しているような“テレビの闇”というものは……。
佐々木 ……ない(笑)。
土方 例えば、大きな世論の誘導が行われているとか、政権への忖度(そんたく)が行われているとか、ちょっと陰謀論に近いかもしれないですね。それが存在するという前提に立って、それを暴くような番組を期待していた人が一部にはいるのかもしれません。
“合わせ鏡”のような『さよならテレビ』
佐々木 僕は、『さよならテレビ』って“鏡”のような番組だと思ったんです。“合わせ鏡”のような番組。
土方 ああ、それは僕もすごく思います。
佐々木 見る人によって、自分がテレビやメディアに対してどう考えているかが逆照射されて、バレてしまう……。
土方 バレちゃいます。だから、番組を見て「面白くなかった」と怒った人は、なぜ自分が怒ったのかをいま一度、自問してみてほしいんです。そこにメディアとの向き合い方とか、「こうあってほしい」という願望だとか、ある種の思い込みがあるのかもしれない。上映会では感情的な意見をぶつけてこられる方が多くて、そういう声を耳にすると逆に「この人にはどんな背景があるんだろう?」とすごく気になりました。
佐々木 そう、そう。どんな感想を抱くかによって、その人がこれまで何を考え、どんなふうに生きてきたかがバレてしまうんですよ(笑)。僕自身は、番組内でまるで“ジャーナリストのかがみ”のように描かれる記者の澤村慎太郎さんに一番、イラつきました(笑)。最後に、彼が土方さんに「テレビの闇はもっと深いんじゃないですか? こんなぬるい結末でいいんですか?」と問いただすシーンがありますけど、ものすごいアレルギー反応が……(笑)。いわゆるドキュメンタリーかいわいでよく見るタイプで、「ドキュメンタリー」というジャンルに対する先入観が強く、保守的な人の代表格みたいですごく苦手。
土方 それは今までの感想の中で1人だけです。佐々木さんだけ(笑)。
佐々木 僕だけなんですね(笑)。一般的には「澤村さん、いいこと言うわぁ~」という感じなんですか。たぶん、そうなんでしょうね。でも、もし自分がディレクターだったら、最後、徹底的に彼と戦うぐらいのことを……。
土方 徹底的に(笑)。
佐々木 でも、そうやって番組を見た人がザワつくことがまさに“鏡”なわけで、本当によくできていると思います。
土方 とんでもないです。佐々木さんの“合わせ鏡”が見られてよかったです(笑)。
佐々木 いや~、この番組を見ると、思わず自分が出ちゃうんですよ。自分が日ごろ、何にイラついているのか……。
土方 そうなんです。見ると、必ずイラつくんですよ。何かに対してイラつく番組。僕は『さよならテレビ』を“三方一両損番組”と捉えていて、「作った人」「見た人」「取材対象者」、全員が「マイナス1」になる。つまり、全員がちょっとだけ嫌な気持ちになり、誰も手放しで喜べない番組だと思っているんです。そうじゃないと、この企画は失敗だという覚悟で作りました。
“模範解答”まで作り手に求める風潮
佐々木 番組の最後に、私が苦手な澤村さん(笑)が「この番組のテーマって何?」と土方さんに問うシーンがありますよね? まさに“テーマ主義”の権化のように……。
土方 そうです。それこそ上映会が終わった後の意見交換会でも、よく「何が言いたかったんですか?」とか聞かれて困ったりします。
佐々木 「番組を見た人がどう受け取るか」という自由度よりも、「作り手が何を訴えたかったか」を視聴者が求めて、それを模範解答のように捉えてしまう。
土方 しかも、それが割と言語化されていないといけないというか……。「言葉ではうまく表現できないけど、衝撃を受けた」とか、「モヤモヤしたけど、決して悪いモヤモヤではない」といった感想ではダメで、ちゃんとそれが文章で表現できていないとよろしくないという風潮はあるように思います。
佐々木 “テーマ主義の呪縛”みたいなものは根強く存在しますよね。これは、核心を突く話かもしれませんが、番組の最後の最後に巧みなエピローグがあって、それを見て「なるほど、この番組は『伝えるって何?』とか、『報道するってどういうこと?』ということをテーマ(問題提起)にしていたんだ」というのが分かる構成になっていると思いました。もちろん、これは私の勝手な感想ですが、それが一番、土方さんがこだわった部分なんじゃないかと。
土方 そうかもしれないです。
佐々木 だから、そもそも『さよならテレビ』はテレビ業界批判を展開することが目的の番組ではない。あえてテーマを言うとしたら、「“伝える”とはどういうことか?」みたいな感じですよね?
土方 そうです。「何かを“表現する”ってどういうこと?」と。だから、僕の中では自分の気持ちが最もストレートに表れたシーンは、登場人物の一人である福島智之キャスターに「リスクを負わずに表現するのは無理だと思う」と話をした場面。あれが自分の思いに近いと思います。「万事、誰からも批判がないように表現する」のは無理なんじゃないかと。それと、「ドキュメンタリーにも当然、演出はある」ということ。それがいいとか、悪いとかじゃなくて、「そういうものなんだ」と。なぜかドキュメンタリーって一番、そういうものと縁遠い世界だと思われがちじゃないですか。
佐々木 「ドキュメンタリーにも演出は存在する」という前提に立って、いかに効果的に伝えるか、知恵を絞り、技術を凝らすのがプロのテレビ屋の仕事ですよね。
土方 そう、「そういうものなんだ」という。それを別にいいも悪いも言ってなくて、ただその現実を提示したというのが、あのラストシーンなんです。
※第2回につづく(全4回)。
(構成/佐々木 健一、人物写真/中村宏)
佐々木 健一 氏が企画・制作したBS1スペシャル「ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~」は5月1日(水・祝)20:00~20:49(NHK BS1)放送。再放送は5月6日(月・祝)19:00~19:49(NHK BS1)