「あずきバー」「肉まん・あんまん」でおなじみの井村屋(津市)。最近は、りんご果肉とパイ生地が入ったアイス「ごろろん果肉 アップルパイバー」や、具のない中華まん「すまん」など、他にない個性的な製品で話題を呼んでいる。1896年(明治29年)創業、ようかんなど和菓子づくりから始まった老舗が、なぜ斬新な製品を生み出し続けているのか。津市の井村屋グループ本社を小口覺氏が直撃する。
アイスが肉まん・あんまん誕生のきっかけに
小口覺(以下、小口) 井村屋といえば「肉まん・あんまん」と、「あずきバー」などのアイス製品が主力というイメージですが、歴史的にはどちらが先ですか。
井村屋 開発部冷菓チームの嶋田孝弘さん(以下、嶋田) アイスクリームが1963年(昭和38年)、肉まん・あんまんが翌年の64年なので、アイスが1年先ですね。あずきバーは73年発売です。
小口 夏と冬を象徴する2製品がほぼ同時期に発売されている。
嶋田 それには理由があります。今でこそ冬場でもアイスは購入されますが、当時は夏が中心の食べ物。冬場は(店頭に並ばないため)冷凍ストッカーが空になってしまっていた。その空いている冷凍ストッカーを有効活用してもらう商品として、肉まん・あんまんを開発したのです。
小口 子供の頃の記憶をたどると、パン屋さんや駄菓子屋さんも冬はアイスの冷凍ケースにはカバーがかけられ、かわりに肉まん・あんまんのスチーマーが設置されていました。
嶋田 肉まん・あんまんを冷凍ストッカーに保存してもらい、必要な分を取り出して提供する形をつくり上げたのです。スチーマーも機械メーカーさんと共同で改良を重ねてきました。
小口 実に合理的です。ということは、もしアイスを出していなければ、肉まん・あんまんが季節の風物詩になっていなかったかもしれないわけですね……。
「あずきバー」がまねできない理由
小口 今あずきバーはどのくらい売れているのですか。
嶋田 20年度は、シリーズの合計で約2億9200万本。過去最高になりました。
小口 日本人1人あたり年に2本以上食べている計算ですね。うちも箱入りタイプを買っていますが、店頭で食べるより家にストックしているイメージが強い。
嶋田 全体の8割ほどが箱入りタイプで、これはずっと右肩上がりです。他社の人気アイス製品と比べても箱で売れる割合が多いですね。
小口 箱入りタイプはいつから販売しているのですか。
嶋田 箱入りタイプの発売は79年です。各社が箱で出してきた頃で、背景には冷凍庫を備えた大型冷蔵庫の普及があります。それまでは独立した冷凍庫がなく、製氷皿があるだけという冷蔵庫も多かったですから。
小口 冷凍庫付き冷蔵庫が一般家庭に広く普及したのが70年代の中頃ですから、家庭で食べる箱入りタイプへの参入は時流に乗っていた。あずきバーがロングセラーでありながら、今も人気を高め続けている理由は。
嶋田 シンプルな素材で造られた食べ飽きない味わいが、他社にはまねできないという点でしょうか。
小口 確かに類似商品は見当たりません。まねできない理由とは何でしょうか。
嶋田 小豆は農作物なので、取れた年や場所によって大きさや色、形がバラバラです。それを均一に選別して加工するのが難しい。井村屋はようかんなどの小豆を使った和菓子から始まった会社なので、小豆を選別して加工する高い技術を持っているんです。
小口 コーヒー豆の選別みたいなイメージですか。
嶋田 ええ。当社ではようかんなどに使われるものを含め、毎日1億粒の小豆を選別しています。そのうちの2%、約200万粒が選別ではじかれ、それらはこしあんなど、豆粒が残らない商品に加工されます。
小口 選別しないで造ったらどうなりますか?
嶋田 小豆の炊きムラが起こるので、色がものによってバラバラになってしまいます。
もう一つは設備面ですね。小豆を加工する工場では、製造の過程で大量に煮汁が発生しますが、それをきれいに廃水処理するにも大掛かりな設備が必要です。他のアイスメーカーさんがそれを今から導入するのは難しいでしょう。街の和菓子屋さんは作れるかもしれませんが、大量生産はできないと思います。
小口 餅は餅屋的な、小豆は小豆屋的な、専門性があるのですね。幾度となく世間で話題になる「固さ」の理由も教えて下さい。
嶋田 意図して固くしようとはしていません。シンプルな素材を固めただけで、結果として固くなっているのです。今はもう固さがアイデンティティーになっていて広く知られていますが、発売当初はクレームも多かったと聞いています。
小口 やわらかくしようと思えばできるんですか?
嶋田 できますが、小豆の風味が減っていってしまう。過去に3回ほど、やわらかいあずきバーを販売したこともありますが、全く売れなかったんです。
小口 ネットでは「固すぎる」と言われますが、固さも含めて個性であり魅力なのでしょうね。
Twitterの投稿から生まれた具なしの「すまん」
小口 Twitterの公式アカウントも存在感があります。あずきバーが固いといったネタなど“やわらかい”投稿で話題を提供している。最近のヒット作である、具のない中華まんの「すまん」はTwitterがきっかけとなって生まれたということですが。
井村屋SNS担当 SNS中の人(以下、中の人) 14年にTwitterで“中身の入っていない中華まんを井村屋さん造ってくれないかなぁ”という趣旨の投稿をいただいたのが起点です。
小口 だいぶ前の投稿です。
中の人 14年の時点で開発部に伝えていたのですが、会社の事情が整わず、開発を一度断念しました。しかし、井村屋のウェブショップがしっかり出来あがって販売できる環境が整ってきたので、20年9月に開発をスタート。20年11月に数量限定で発売しました。
小口 開発の過程を「具のない中華まん進行状況報告」としてTwitterで発信されていた。今はやりのストーリーマーケティングがリアルタイムかつナチュラルに行われていました。「すまん」はどのぐらい売れているのですか。
中の人 具体的な数は非公表ですが、20年は生産予定数を2カ月で完売しました。そこで21年はその3倍生産したんですが、再販から1週間で生産数の半数以上の受注があったため、追加生産を行いました。おかげさまで今期の販売も好調で、22年1月末には今期数量分も完売となりました。
小口 素人目には作りやすそうですし、具がないぶん儲かりそうです。
中の人 私も中身を抜けばいいんだから簡単だと思っていました。しかし、通常の中華まんと違って具材の水分がないので、製造時の発酵条件が変わったり、レンジでチンした時の水分量が変わったりしてしまうんですね。それで開発部には苦労をかけました。
小口 パサパサした食感になってしまうのですか。
井村屋 開発部点心・デリ/DCチームの小林伸也さん(以下、小林) 生地だけだとどうしても乾燥してしまいます。そこで水分を多めに含ませているのですが、水分を保持させるのが簡単ではありませんでした。
小口 より素材の味が求められるし、食べ方のアレンジも一様ではない。
小林 いろんな発想で食べていただける商品だと思いますし、アレンジしたものを撮影してSNSでシェアするなど今の時代に合っている。より素材の味を楽しんでいただけるよう、高級ラインである「ゴールド肉まん」と同じ、“二段発酵製法のもちもち生地”を使用しています。
小口 「すまん」はウェブショップ限定なのですね。
中の人 一般の店頭では、メインの肉まんやピザまん、カレーまんがあることを考えると、「すまん」を置く余地がないんです。面白がって購入される方は、SNSに慣れ親しんでいる方が多いので、今はインターネット限定で販売しています。
バブルのあだ花「ビジネスまん」とは
小口 「肉まん・あんまん」とセットで呼ばれますが、売り上げの比率を教えてください。
小林 圧倒的に肉まんです。比率は肉まんが4としたらあんまんが1程度です。
小口 そんなに差があるんですね。
小林 肉まんの次に売れているのはピザまん、次がカレーまんです。肉まんはどちらかというと男性、ピザまんは女性に好まれる傾向があります。ちなみにあんまんは、関東がこしあん、東海圏より西は粒あんが好まれます。両方の製品を出していますが、特に粒あんは和菓子屋の時代からやっているためか、井村屋のものが一番おいしいと言っていただけることが多いです。
小口 同じ肉まんでも、年ごとに味が違うそうですね。
小林 毎年おいしくなるようにリニューアルしています。ライバル製品と食べ比べてみて、新しい技術を使ってもっとおいしくできないかと常に考えています。
小口 味にトレンドがあったりしますか。
小林 肉まんはジューシーで肉感のあるものが人気なので、それを目指して造っていますね。「台湾魯肉まん」や、今だと「麻辣チーズ肉まん」など期間限定の変わり種、リニューアルを含めて毎年中華まんだけで50ぐらいの新製品を出しています。
小口 新製品のアイデアはどこから出てくるのですか。
小林 一つは、はやってるものの調査です。これは営業さんに手伝ってもらいます。もちろん、個人的なひらめきもあります。
小口 何にでも合いそうな中華まんですが、失敗したフレーバーもあるのでしょうか。
小林 一番失敗したのは96年に発売した「ビジネスまん」ですね。“24時間働けますか”のバブルの時代で、栄養ドリンクをイメージした酸っぱいソースを入れた肉まんを開発しました。しかし、これが全然おいしくなかった。あったかくて酸っぱいものは、肉まんとかなり相性が悪かった。
小口 独自性の陰に失敗ありですね。本日はありがとうございました。
(写真提供/井村屋、写真/湯浅英夫)