鳩(ハト)をかたどった豊島屋(神奈川県鎌倉市)の焼き菓子「鳩サブレー」。鎌倉銘菓だが知名度は全国区だ。豊島屋は鳩グッズや海水浴場の命名権などでSNSでもたびたび話題になっている。明治27年創業の老舗と銘菓が、なぜこれほど人々の興味を引きつけるのか。豊島屋の久保田陽彦社長を小口氏が直撃する。

鳩をかたどった豊島屋の焼き菓子「鳩サブレー」。手提げに入った5枚入りで648円(税込み)から
鳩をかたどった豊島屋の焼き菓子「鳩サブレー」。手提げに入った5枚入りで648円(税込み)から
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売名行為は嫌い

小口覺(以下、小口) 老舗の銘菓でありながら、定期的にネットで話題になります。

久保田陽彦社長(以下、久保田) なぜ話題になるんでしょうね? なぜこのタイミングで、何が原因でと、いつも不思議に思っています。例えば海水浴場の命名権なんて何年も前の話(2013年)なのに、定期的にバズるんです。

小口 鎌倉市内の3海水浴場(由比ガ浜海水浴場、材木座海水浴場、腰越海水浴場)の命名権を取得しながら、元の名前をそのまま残された。

久保田 その発表の記者会見も、たいしたことはないだろうと一人でふらっと会場に行ったら、テレビカメラが何台も並んでいて、お昼のニュースにもなって驚いた。こちらとしては、狙ってやっているわけじゃなかったので、訳が分からなかったというのが正直なところです。

小口 それだけ、世間が注目したニュースでした。県外に住む人も「いい話だな」って思いましたから。

久保田 「鳩サブレー海岸」とかにしたら油っぽくて泳ぎたくないでしょ(笑)。鳩サブレーみたいにこんがり焼けちゃうのかって感じじゃないですか。基本的に売名行為のようなことは大嫌いなんですよ。他の人から言っていただけるのはありがたい話ですが、自分からは言いたくない。

豊島屋社長 久保田陽彦さん。慶応義塾大学出身。銀行勤務を経て、1987年に家業である豊島屋に入社。鳩サブレーの工場からはじまり、十数年間は製造の現場に身を置く。98年に本店・本社の建て替えにあわせ本店長に就任。その後常務、専務を経て2008年、代表取締役社長に就任
豊島屋社長 久保田陽彦さん。慶応義塾大学出身。銀行勤務を経て、1987年に家業である豊島屋に入社。鳩サブレーの工場からはじまり、十数年間は製造の現場に身を置く。98年に本店・本社の建て替えにあわせ本店長に就任。その後常務、専務を経て2008年、代表取締役社長に就任
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インスタグラムは社長みずから

小口 これだけTwitterで話題になるのに、公式アカウントはない。

久保田 Twitterは武器になるのか凶器になるのか、よく分からないのです。ただ、インスタグラムはアカウントがあって、私が毎朝7時過ぎにアップしています。毎日プレッシャーがかかるんですよ。

小口 インスタグラムの効果はありますか?

久保田 店頭にもインスタグラムを見て来ていただいたというお客さんがいらっしゃいます。

小口 お店に来るお客さんの層は? 今日は平日ですが、修学旅行か遠足なのか中学生が目立ちました。

久保田 お客様の年齢層は割と高めです。子どもたちが来てくれるのは本当にありがたい。鎌倉でいい思い出をつくってもらって土産話にしてほしい。お父さんやお母さんに、「鎌倉に行って楽しかった。今度みんなで行きたいね」と。うちのお菓子で、そういう演出ができたらうれしいですね。

鶴岡八幡宮の参道沿いにある、豊島屋本店。壁に鳩の意匠があしらわれている
鶴岡八幡宮の参道沿いにある、豊島屋本店。壁に鳩の意匠があしらわれている
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鳩グッズでコアなファンを増やしたい

小口 鳩サブレーのおもしろグッズをたくさん出していますが、これらも、そういう思いから?

久保田 ええ。よりコアなファンになっていただきたくて。お客様がお得意様に、お得意様がご贔屓(ひいき)様になっていただければと思っています。“ご贔屓様”って死語かもしれないけれど、豊島屋じゃなきゃねというふうにしていきたい。グッズを見て鳩サブレーを思い出してくれれば豊島屋にとってプラスだと思っています。

小口 グッズを売り出したのはいつから?

久保田 2002年の4月に出した「鳩三郎」(根付け)が最初です。当初は食品サンプルと同じ製法で作っていたので、色落ちしたしコストも高かった。

オリジナルグッズの第1弾「鳩三郎」。鳩サブレーをそのまま小さくした根付け
オリジナルグッズの第1弾「鳩三郎」。鳩サブレーをそのまま小さくした根付け
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小口 グッズを買うのはどんな人?

久保田 20代から30代の独身女性を狙いたいと思っています。

小口 グッズを見て「カワイイ!」って言うような。

久保田 大人になると購買力が上がってこうしたグッズを衝動買いできるでしょう。それにその年代の女性に人気があるものは自然と年齢が下の層に波及していくし、より年齢が上の、おじいちゃんやおばあちゃんにも波及していく。音楽とかもそうじゃないですか。

【意識低いポイント】「20代から30代の独身女性を狙いたい」
いわゆるF1層(20~34歳女性)と重なっている。ユーザーの年齢層が高めの老舗菓子店であるが、この年代の心をつかめば、40年後、50年後にもお得意様、“ご贔屓様”になっている可能性が高い。中長期目線でのF1層開拓を、かわいらしい鳩グッズで仕掛けている。どうやって女性の心をつかんでいるのか久保田社長に尋ねたところ、「それは人生経験で(笑)」と返ってきた。

小口 鳩サブレーそっくりな手鏡や、トートバッグの「ポーポバッグ」、消しゴムの「鳩サブローの過去の消し方」など、ネタやダジャレで攻めています。

久保田 「ばっかじゃないの?」「何やってるのこの会社?」って言われるようなことが大好きなんですよ。

「鳩妻鏡(ハトミラー)」。鳩サブレーそのものに見える手鏡
「鳩妻鏡(ハトミラー)」。鳩サブレーそのものに見える手鏡
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着せ替えのできる消しゴム「鳩サブローの過去の消し方」。「消えない過去もたくさんございますので、ご使用の際には十分にお気をつけ下さいませ」と注意書きにある
着せ替えのできる消しゴム「鳩サブローの過去の消し方」。「消えない過去もたくさんございますので、ご使用の際には十分にお気をつけ下さいませ」と注意書きにある
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グッズ考案も社長みずから

小口 グッズを考えているのは誰なんですか?

久保田 基本的にすべて私です。うちは菓子屋ですから、社員には「お前たちは菓子を考えろ。鳩グッズはプラスアルファだから考えなくていい。俺がやるから」と言っています。グッズは、広報の担当者ですら発売前日になって初めて知るなんていうこともあります(笑)。

小口 ほとんどのグッズは、ここ鎌倉の本店でしか買えません。

久保田 鎌倉に足を運んでほしいという意識でやっているんです。極端な話、鎌倉に来ていただければ、うちで買い物していただけなくてもいいとすら思っています。グッズでもうけたいとも思っていません。最初のロットは全部売れても薄利どころかギリギリで、1ロット追加されれば少し利益が出るという感じ。そういう発想でやっているので、売れずに消えていったものも、たくさんありますね。

小口 グッズは年に何点出すと決めているのですか?

久保田 それはもう気分次第です。今も2つ3つ用意しているんですけど、コロナ禍なので出してないんです。鎌倉に来てという、外出を促すメッセージになってしまうので……。

鳩の形のクリップ「鳩クリップス」。これはかわいくて実用的
鳩の形のクリップ「鳩クリップス」。これはかわいくて実用的
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小口 オンラインストアも手がけていますが、コロナ禍で販売は?

久保田 ECの売り上げは増えました。サイトのリニューアルが先日完了し、スマホでも見やすくなりました。サイトも所々に遊びを入れています。

小口 そういう遊び心の原点はどこにあるのでしょう?

久保田 子どもの頃、好きだったコミック本で、カバーを外すとそこに漫画が描かれていたものがありました。そういう、“分かる人が分かればいい”楽屋オチが大好きなんです。グッズでも、例えば「あぶらとり紙」には1枚1枚鳩の透かしが入っているんですが、何枚かに1枚大きな鳩がいる。さらに、何十枚かに1枚はオリーブをくわえた鳩がいるんですよ。社員ですら知らないほどの仕掛けですが、誰かが気づいてくれたらうれしい。そういった豊島屋トリビアはたくさんあるのですが、私自身忘れてしまっていることも多いです。

美濃和紙製の「あぶらとり紙」は81(ハト)枚入り。透かしに仕掛けがある
美濃和紙製の「あぶらとり紙」は81(ハト)枚入り。透かしに仕掛けがある
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連綿と引き継がれ進化する鳩のアイコン

小口 話をぐっと戻してしまいますが、そもそも鳩サブレーはなぜ鳩なのでしょうか?

久保田 明治時代に創業した豊島屋の初代――私の曽祖父ですが、外国人から大きなビスケットのようなお菓子をもらったのがきっかけです。レシピが全く分からないので自分の舌だけを頼りに試作を繰り返し、バターが使われていることが分かった。しかし、バターなんてなかなか手に入らないような時代です。鳩の形になったのは、初代は鶴岡八幡宮を崇敬していて、常々八幡様にちなんだお菓子を作りたいと思っていたからです。鳩は八幡宮の神様が地上に降りてくるときの姿とされていて、本宮に掲げられた「八幡宮」の「八」の字は、鳩の絵にになっています。境内にも鳩が多くいて親しまれていることから、鳩の形にしたと聞いています。

小口 しかし、外国のお菓子を初めて作るにしては、鳩の形というのは難易度が高いですよね。普通なら丸や四角で作りそうです。

久保田 鳩の形だと均等に焼くのが難しく、しっぽやくちばしの部分が焦げやすいんです。作るのは結構大変なんですよ。よくこんな形を考えたなと思いますね。

小口 しかし鳩サブレーは今でも通用する普通にかわいいデザインです。アイコンになっているお菓子としては日本初かもしれません。

久保田 明治の人とは思えないセンスですよね。実は鳩サブレー、昔は今より若干細身でした。今は私のように太っていますが(笑)。それから、我々は“ワリ”と呼ぶんですけど、原料の配合は発売当時から全く変えていません。鳩の形は、意図してアイコンに仕立ててきました。先代は黄色い缶に白い鳩をデザインしました。この企業カラーの黄色は、バターの色なんです。こうしたデザインは今後もずっと引き継いで前面に出していきたい。どんな形であれ、鳩を見たときに、うちを連想してもらえればと思っています。

鳩サブレーは缶入り、箱入り、手提げ入り、袋入りがある。黄色地に白い鳩のデザインでおなじみだ
鳩サブレーは缶入り、箱入り、手提げ入り、袋入りがある。黄色地に白い鳩のデザインでおなじみだ
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(写真/湯浅英夫)