果汁系チューハイのパイオニア、キリン「本搾り」が、今夏に過去最高の売り上げを記録するなど、コロナ禍で売り上げを伸ばしている。香料・酸味料・糖類無添加にこだわり、果汁とお酒のみでつくるこの製品は、当初メルシャンから発売された。開発の経緯や、独特のマーケティング戦略について小口氏が直撃する。

キリンの缶チューハイ「本搾り」。果汁とお酒のみでつくり、しっかりとした果実感が特徴
キリンの缶チューハイ「本搾り」。果汁とお酒のみでつくり、しっかりとした果実感が特徴

(編集部)
 キリン「本搾り」が好調な点は下のグラフからも分かる。緊急事態宣言が発令された2020年4月以降、在宅時間が増え、いわゆる“巣ごもり消費”が発生したこともあって缶チューハイを含むRTD(Ready to Drink、栓やプルタブを開けてそのまま飲めるアルコール飲料)全体の売り上げはほぼ前年度プラスで推移しているが、本搾りの売り上げはRTD全体を上回るペースで伸びている。5月には新フレーバーのライム、9月には期間限定のフレーバー「赤ぶどう&白ぶどう」を投入し、大きく売り上げが伸びた。キリンによれば本搾りは8年連続で売り上げが2ケタ増という。メルシャン 森口 敏也首都圏支社長に話を聞いた。

RTDの売り上げ前年比
RTDの売り上げ前年比
コロナ禍で在宅時間が増えたため、RTDは市場全体が伸びている。「本搾り」はRTD全体の伸びを上回っている
メルシャン営業本部 執行役員 森口 敏也首都圏支社長。大阪府出身。三楽(現メルシャン)入社後、現在のRTD事業の立ち上げに携わる。商品開発部、本社事業部、北日本支社長などを経て、2018年より首都圏支社(東京・千葉・埼玉・神奈川)の支社長
メルシャン営業本部 執行役員 森口 敏也首都圏支社長。大阪府出身。三楽(現メルシャン)入社後、現在のRTD事業の立ち上げに携わる。商品開発部、本社事業部、北日本支社長などを経て、2018年より首都圏支社(東京・千葉・埼玉・神奈川)の支社長

本搾りはニッチャー戦略から生まれた

小口 覚(以下:小口) 本搾りの発売は、今から17年前の2003年。メルシャン(現在はキリンホールディングス傘下)時代に森口さんが開発されたと聞きました。メルシャンといえばワインのイメージが強いですが。

森口 敏也さん(以下:森口) 私が入社してすぐに担当したのが、「ピーチツリーフィズ」です。

小口 懐かしい!80年代に山瀬まみのCMで大ヒットした桃のカクテル。そのせいもあって、メルシャンにはどことなく女性的なイメージがあるのでしょうか。本搾りもその流れで開発された?

80年代にヒットした桃のカクテル「ピーチツリーフィズ」
80年代にヒットした桃のカクテル「ピーチツリーフィズ」

森口 その前に、ワインとRTDのマーケットの違いを説明させてください。ワインは週に1回以上飲むヘビーユーザーが全体の8割を消費しているマーケットです。コアユーザーが多く、知識を深めたりワイナリーとの絆を求めたりする傾向があります。なので、イベントやセミナーといった対面のマーケティングが中心です。一方、RTDはライトユーザーが多いので、より広く知っていただくためにテレビ広告などのマス広告が中心となります。

小口 RTDはブランドやイメージで買う、どちらかというとビールに近い。

森口 90年代前半はピーチツリーフィズに多額の広告費を投入しました。RTDの場合は、多額な広告投資ができるビール大手などと争わなければならないからです。それに加えて、店頭での露出にも施策が必要ですが、これもビールメーカーが得意とする分野です。

小口 広告と営業で不利な戦いを強いられていた。

森口 当時のメルシャンの規模では、「ニッチャー戦略」をとらざるを得なかった。そこで、ワインで培ってきた素材やものづくりへのこだわりを生かし、RTDでも「おいしい」とうならせるものをつくろうと思ったのです。そのときに居酒屋さんで人気だったのが、レモンやグレープフルーツをスクイーズして焼酎などに混ぜる生搾りサワーでした。個人的にもおいしいと感動したので、これをシンプルに果汁とお酒だけでつくることにしました。ワイン造りの経験を生かした、果実の皮を含めてまるごと搾り、香りまで逃さない本搾りの特殊な搾汁方法なら、他の大手メーカーにはまねできないだろうという勝算もありました。

小口 自分で果実を搾ったときの、皮の香りや味まで再現されている。

森口 ちなみに、果汁はグレープフルーツが28%、レモンが12%ですが、これは居酒屋のメニューにある生搾りサワーとほぼ同じ比率です。何軒も居酒屋を回って分析したところ、男の手で生搾りサワーをつくったときにこの果汁量になるんです。グレープフルーツは果実が大きい分比率が高い。

小口 てっきり、果実の原価によって量が変わるのかと思っていました。

森口 違います(笑)。とはいえ、グレープフルーツとレモン以外は、居酒屋のメニューにありませんから、この公式は当てはまりませんが。

小口 そういえば、「生搾り」でネットを検索すると本搾り関連のページが多く表示されます。いっそ「生搾り」という商品名にしたらよかったのではと思いましたが。

森口 商品名で鮮度を言うのは問題があるんです。何が「生」なのか、最後まで説明しきれないので難しいですね。

小口 生ビールは「加熱処理していない」で説明できるけど。制限が色々あるのですね。

 

パッケージの果実の面積にも制限が

小口 今でこそRTD市場は女性にも広く受け入れられていますが、昔の缶チューハイは、そうではありませんでした。

森口 どちらかと言うと男性向けのものが多く、安く気軽に飲めるという感じでした。でも居酒屋の生搾りを見たときに、ただ酔うだけじゃない果実のおいしさやヘルシーな側面を伝えたかった。そこで、パッケージも全体の棚割りの中で目立つような、男女ともに手を出せるようなデザインにしたのです。

小口 今では当たり前になっていますが、大きく果実のイメージが使われています。

森口 実はその点にも果実の面積を全体の25%以下にしなければならないという業界の自主基準がありまして……。

小口 未成年がジュースと間違えないように。そう言われてみると、果実が水にドボンと入っていたり、しずくが周囲に飛び散っていたりする、みずみずしさを表現する苦労がうかがえます。

小野寺 有紀さん(以下:小野寺) デザインは17年、20年と細かく替えてきました。果実をおいしそうに見せるために、コストは少し上がるのですが、インクをいくつもかけ合わせた特殊な印刷をしています。果実が飛び出てきそうな立体感を出しています。

小口 ビールに比べると初めて手に取る人も多いから、見た目の印象は大事ですね。

キリンビール マーケティング本部 マーケティング部 RTDカテゴリー戦略担当 小野寺 有紀主務。04年4月キリンビール入社。16年よりRTD全般の商品開発に携わり、20年4月より本搾りのブランドマネージャー
キリンビール マーケティング本部 マーケティング部 RTDカテゴリー戦略担当 小野寺 有紀主務。04年4月キリンビール入社。16年よりRTD全般の商品開発に携わり、20年4月より本搾りのブランドマネージャー

テレビCMをやめてSNSでの情報発信に移行

小口 販売店への売り込みも最初は大変だった?

森口 当時、メルシャンには店頭カバレッジ60%の壁がありました。(キリングループとなった)2007年以降は、広告を大量に投入することで、かなり置いてもらえるようになりました。氷結よりも多く売れているお店も中にはあるんですよ。

小口 それだけコアなファンが多い。20年のデザインリニューアルでは「無添加」の文字をより目立たせたそうですが、無添加が一番響く層は?

小野寺 どちらかと言うと40代・50代です。一通りおいしい飲み物や食べ物に触れてきて経験値が上がってきた年代だと考えています。お客様は成分をしっかりご覧になっていて、ビールや他の商品と比較して糖類が少ないとの理由で買われる方も多い。果汁の量が多いにもかかわらず、余計な甘さがなくて食事にも合うという意見も伺っています。

小口 レモンやライムはとくにそうですね。ダイエットしていても罪悪感がない。一番人気は?

小野寺 グレープフルーツです。缶チューハイは、レモンが一番人気のブランドがほとんどですが、本搾りはグレープフルーツです(レモンは2位)。果汁感がしっかりありながら、さっぱりしていて苦みもあるのが特徴です。

小口 しかも、普通のグレープフルーツとピンクグレープフルーツの2種類ある。

小野寺 3位がピンクグレープフルーツです。

小口 一時期流されていたテレビCMはやめられた。

小野寺 CMが入った14年以降は売り上げも大きく伸びましたし、ブランドが広く認知されました。しかし、CMではなく店頭でしっかりお客様に認知を広げていくことを目指そうと考えました。それに加えて、WebサイトやSNSなど、デジタルを中心にコアなお客様への情報発信に力を入れています。

小口 デジタルのほうがより深い情報を発信できる?

小野寺 たとえば、LINEの本搾り公式アカウントは現在約3万8000人の“友だち”がいます。通常は、引き換えクーポンを配布するなど販促プロモーションとしてLINEを使うケースが多いのですが、本搾りの場合は情報発信がメインです。

小口 クーポンがもらえるわけでもないのに登録する人は、確実にファンですね。

LINEの本搾り公式アカウントなど、情報発信はWebサイトやSNSを中心に力を入れている
LINEの本搾り公式アカウントなど、情報発信はWebサイトやSNSを中心に力を入れている

小野寺 「どこで買えますか」「新製品のライムが売っていない」という質問はツイッターでもいただきます。そうした声に対して、お客様相談室の担当が、ツイッター上で「お電話をいただければお客様の近くのお店を教えます」とお答えするようなコミュニケーションもあります。SNSでは、他のブランド以上に写真を載せていただくことが多いのも本搾りの特徴ですね。

小口 発売間もない頃は、掲示板の「2ちゃんねる」で本搾りのスレッドが立っていたとか。

森口 かなり好意的に書いてもらっていました。有名になる前のアイドルを知っているとうれしくて語りたくなるという感覚かもしれません。

小口 “推し”を世間に広めたいファン心理ですね。果実のフレッシュさ、無添加というピュアさが理想のアイドルに近いのかもしれません。そういう愛されキャラを本搾りには感じます。

「本物の果実を搾ったおいしさを味わってほしい」という森口 敏也氏(右)、小野寺 有紀氏(左)
「本物の果実を搾ったおいしさを味わってほしい」という森口 敏也氏(右)、小野寺 有紀氏(左)
【意識低いポイント】「他の大手メーカーにはまねできないだろうという勝算もありました」
あえて手間のかかる製法を使うことで、大手メーカーにまねされることを防ぐ戦略。“生搾りのおいしさを再現した無添加の缶チューハイをつくる”という部分は意識が高そうだが、居酒屋での人気メニューを商品化するという発想、さらに制限のあるなかでのデザインの工夫、SNSを活用したプロモーションなど、地道な活動が実を結んでいる。商品の個性がコアなファンをつかんでいたことで、キリン傘下でもキリンの缶チューハイ「氷結」と競合することなく売れ続け、さらに発売当初はニッチだった果汁系チューハイのカテゴリーをブームに押し上げたと言えるだろう。

(写真/渡貫 幹彦、写真提供/キリンビール)