イベント列車は当たり前、ぬれ煎餅やスナック菓子「まずい棒」の販売がネットでバズり、ついには映画製作にも乗り出した千葉県のローカル鉄道「銚子電鉄」。鉄道に詳しくない人でも、ご存じの人は多いのではないだろうか。自ら電車の運転までする竹本勝紀社長を、小口氏が直撃する。

竹本勝紀社長。1962年(昭和37年)、千葉県木更津市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。千葉県内の税理士事務所勤務の後、2009年に竹本税務会計事務所を開設。05年より銚子電気鉄道顧問税理士、08年社外取締役、12年代表取締役に就任。銚子電気鉄道は社員数30名。主業は米菓製造業で、18年度の売上高は約5億1500万円
竹本勝紀社長。1962年(昭和37年)、千葉県木更津市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。千葉県内の税理士事務所勤務の後、2009年に竹本税務会計事務所を開設。05年より銚子電気鉄道顧問税理士、08年社外取締役、12年代表取締役に就任。銚子電気鉄道は社員数30名。主業は米菓製造業で、18年度の売上高は約5億1500万円

小口: 意識低い系マーケティングと称して、“ちょいバカ”なビジネス手法を取材しています。以前から、存続のために鉄道以外の事業を手がけてきた銚子電鉄ですが、最近は「まずい棒」を売り出し、映画「電車を止めるな!」の制作に乗り出すなど、ちょいバカ度が増しているように見えます。

竹本勝紀さん(以下:竹本): “ちょいバカ”って、うちにぴったりですね。意識高い、真面目くさいというのは苦手です。現場を見据えて地べたをはいつくばるような、そして既成概念をぶっ壊したいという意味での意識低い系だと解釈しています。

小口: 竹本社長は2005年に顧問税理士として銚子電鉄に入られた。今も税理士として企業の税務、経営指導を行われています。むしろ、意識は高いほうでは?

竹本: なんてことない人間ですよ。若い頃は意識高くさせられた時期があって、世の中を何とかしなきゃと考えたこともありました。それがあって肩の力が抜けた今がある感じです。まあ肩は凝ってますけど。⾸も凝っていて⾞で⾞線変更するときとか、けっこう首が痛いんですよ。病院に行ったら、首が回らないのは借金のせいでしょうと言われて。

小口: 社長、最初から新幹線並みに飛ばしすぎです。「経営がヤバイので、ぬれ煎餅を買って下さい」と、自虐マーケティングを最初にネットでヒットさせたのは銚子電鉄です。

竹本: ぬれ煎餅には2回ブームがあります、第1次ぬれ煎ブームと私が名付けているのは、まず1998年。

小口: 20年ぐらい前ですね。

竹本: 副業全体だと、1976年、観音駅にたい焼き屋を開いたのが最初です(現在は犬吠駅で販売)。もちろん、当時ヒットしていた『およげ! たいやきくん』にあやかって。最盛期には年間2000万円ぐらい売れたんじゃないかな。

小口: ブームに即乗るのはナイスな意識の低さです。

竹本: それが副業第1号。さらに、たい焼きのあんこが入っていたブリキ缶を切って、ちりとりを作り、100円で売った。手作りする人件費を考えると赤字だと思うんですけどね。要は売れるものは何でも売ってお金に換えるという執念ですよ。その伝統を作ったのは、長年銚子電鉄の屋台骨を支えてきた綿谷岩雄元専務で、ぬれ煎餅もその綿谷さんのアイデアです。

小口: なぜ、ぬれ煎餅だったのですか?

竹本: 1995年頃、ぬれ煎餅が全国的なブーム、といっても大きなブームではなく静かなブームを迎えていました。銚子は醤油(しょうゆ)の街でいくつかのメーカーがぬれ煎餅を作っていた。そして綿谷さんがそれを見て「うちでも作れるんじゃないか」と言い出したのがきっかけです。

銚子電鉄の屋台骨を支える「ぬれ煎餅」。ぬれ煎餅の存在を銚子電鉄を通じて知った人も多いと思われる
銚子電鉄の屋台骨を支える「ぬれ煎餅」。ぬれ煎餅の存在を銚子電鉄を通じて知った人も多いと思われる
銚子は醤油の街。車庫や本社のある仲ノ町駅にはヤマサ醤油が隣接、JRと接続する銚子駅近くにはヒゲタ醤油の工場がある
銚子は醤油の街。車庫や本社のある仲ノ町駅にはヤマサ醤油が隣接、JRと接続する銚子駅近くにはヒゲタ醤油の工場がある

小口: たい焼きの経験もあるし、ちりとりも作っちゃうぐらいだから。

竹本: 社員が作り方を学んでスタートしたのが1995年の秋口。最初は手焼きの実演販売で始めて、好評だったので半自動の機械を入れて1日6000枚ぐらい作っていました。さらに1997年には、ここ(仲ノ町駅)に8000万円を投じて工場を作ったんです。

小口: かなり思い切った投資ですね。

竹本: もちろん借金をしてですね、周囲の反対を押し切って作った。ここの駅長が煎餅工場の工場長を兼ねたのですが、鉄道を守るために駅長が煎餅屋になったというストーリーがテレビに好意的に取り上げられて全国的なブームにつながりました。これを第1次ぬれ煎餅ブームと呼んでいるのですが、1998年にぬれ煎餅の売り上げが2億円を超えた。鉄道収入が1億ちょっとだったので、20年前から銚子電鉄は食品製造販売の会社なんです(笑)。

小口: 事業領域のシフトは正しい生き残り方だと思います。

仲ノ町駅ホームに隣接している本社。小さな小屋にしか見えない(失礼)
仲ノ町駅ホームに隣接している本社。小さな小屋にしか見えない(失礼)
昭和の雰囲気が漂う
昭和の雰囲気が漂う
時刻表は手書き、切符は手売りと、ノスタルジーを感じさせる駅構内。当然SuicaやPASMOといったICカードには対応していない
時刻表は手書き、切符は手売りと、ノスタルジーを感じさせる駅構内。当然SuicaやPASMOといったICカードには対応していない
【意識低いポイント】「20年前から銚子電鉄は食品製造販売の会社なんです」
正しい現状認識であり、少々の自虐も含まれたフレーズかと思われる。「誇り高き鉄道マンがたい焼きなんて焼けるか!」だったら会社が消えていたかもしれないわけで、こうした柔軟な姿勢がここまで銚子電鉄を存続させてきたのだろう。
■変更履歴
記事中の「⾸も凝っていて~」の表現を変更しました。[2019/11/29 11:00]