心配と思う人間が現地に走れ

中之島駅ホーム酒場は、「昭和レトロ」や「海の家」といったテーマが毎回設定され、さまざまなお店が登場する
中之島駅ホーム酒場は、「昭和レトロ」や「海の家」といったテーマが毎回設定され、さまざまなお店が登場する

小口: 閉鎖された空間とはいえ駅のホーム、しかも通勤路線でお酒を提供するとなると、安全面でクリアすべき課題も多いと想像できます。

吉城: 一番苦労したのは消防法です。中之島駅は地下なので可燃性のものは設置できません。設置するテントなどは不燃性にすることにし、また電車が駅に入る際に起こる風でテントが飛ばないか、火事の場合の避難経路や誘導はどうするかなど、一つ一つ潰していきました。

 防火を考慮してガスは使えない。かといって、駅構内の電源でホットプレートを使うとなるとブレーカーが飛んでしまう危険性もある。駅の機能に支障が出ると大問題ですから、京阪電車の電気部が1店舗あたりで使える電気の量を計算して割り当てました。

小口: 電気部というのは普段はどういう仕事を。

吉城: 電車を走行させるのに必要な電気設備のメンテナンスや工事を行っています。

小口: ガチなやつだ。

吉城: 思いのほか大変だったのは、電車のドアを長時間開けっぱなしにすることです。通常の運転時、駅などでドアを開けている時間は1分や2分じゃないですか。でも「中之島駅ホーム酒場」で使用する電車では、ドアを常に開けた状態にしておく。さらに長時間照明や空調はつけておかなければならないので、電気を使わずドアを開きっぱなしにするには、特殊な手順が必要でした。

小口: 全社的な協力が必要なのですね。安全を考えると反対もあった?

吉城: 「わざわざ危険を招くようなイベントをするのはおかしい」という意見は強かったです。ただ、会議が後ろ向きになっているときに、当時の役員が、「みんな心配やろ。心配と思う人間が安全を守るために現地に走れ」と言ってくださった。

小口: カッコイイですね。安全は心配することではなく自分たちで確保するものだと。

吉城: なので1回目は役員や駅長クラスの人がお客さんに負けないほどいて、G20並みの厳戒態勢でした(笑)。

小口: 一般の人間が想像する以上に難しい企画だったのですね。他の鉄道会社の反応は?

吉城: 驚かれていたのは確かですね。見に来られる同業他社の人は多かった。「どうやって企画を通したんですか」とか「うちもやろうかな」という感じで。

小口: 実際、京急の「京急川崎ステーションバル」など、この後から他の大手私鉄が似たようなイベントをするようになりました。今年は、まだ開催が発表されていませんが(19年7月時点)。

中西: 19年に限っては未定です。例年は6月下旬頃に実施していたのですが、G20があったので実施できませんでした。日程調整が一番難しいですね。社内の部署間調整をはじめ、夏は石山坂本線で「ビールde電車」が始まるので。スタッフが調達できない。冬は忘年会シーズンでお飲みになる機会が多いですし。

京阪電車石山坂本線「ビールde電車」7月12日~8月31日の期間中、金曜日と土曜日の計10日間運行。こちらは完全予約制。3980円でお弁当付き、生ビールとハイボールが飲み放題
京阪電車石山坂本線「ビールde電車」7月12日~8月31日の期間中、金曜日と土曜日の計10日間運行。こちらは完全予約制。3980円でお弁当付き、生ビールとハイボールが飲み放題

小口: では19年にあるとしたら秋ぐらいですかね。期待しています。

【意識低いポイント】「先頭車両の入り口で日がな1日パンフレットを配りながら妄想していました。『ここで飲めるよな』と」
個人的な欲望、妄想こそマーケティングでは大事。家に帰るまでの駅や電車でお酒を飲みたいというのは、多くの人が潜在的に持っている欲望でもあるからだ。ただし、それが今まで実現していなかった理由もしっかりあるため、最初に実現するにはかなりの努力が必要とされると、今回の取材で分かった。

(写真/小口覺、写真提供/京阪ホールディングス)