ほとんどのメニューが1皿100円台の立ち飲み「晩杯屋」。2009年に1号店がオープンし、19年で10周年を迎える。現在は「丸亀製麺」などを運営するトリドールホールディングスの傘下に入り、東京・神奈川に49店舗を展開するほど急成長。その安さの理由を、小口氏が運営元のアクティブソース(東京・品川)に直撃した。
創業者は自衛隊出身で角打ちの名店で修業
小口: 「意識高い系」というフレーズがネットでよく見られます。そんな意識高い系の人々に支持されたものの、あまり売れなかった製品やサービスは多く、逆に難しいことは考えていないような「意識低い系」の人々の支持からヒットが生まれている――。この連載は意識低い系の考え方のほうがヒットを生むという仮説を検証するために私、小口がさまざまな分野の企業を取材します。
今回は晩杯屋さんにお邪魔しました。少し前、最寄り駅の近くに晩杯屋ができて、利用するようになったのですが、お客さんが老若男女でびっくりしました。昔は立ち飲みというと、完全におっさんだけのディープな世界でした。立ち飲みが、ここまで広まった理由はどこにありますか。
池本圭さん(以下:池本): 立ち飲みの良さは、1人で気兼ねなく入れて、1杯だけ飲んで帰れる気楽さじゃないでしょうか。これが居酒屋だと、チューハイを1杯だけ飲んで帰るのは心理的に難しいし、お店側は接客で怒らせてしまったのかなと思いますよね。
小口: 昨今の“ちょい飲み”ブームにもハマった創業者の金子さん(金子源さん)は、自衛隊出身で、赤羽にある立ち飲みの有名店「立ち飲みいこい(以下、いこい)」で修業されたとのことですが。晩杯屋を創業した理由は。
池本: 自衛官は24時間勤務の後、3日間休日というような特殊な勤務形態で、しかも勤務地がへき地だったりするので、休日には酒を飲むぐらいしか楽しみがなかったそうです。しかし、1人で気軽に飲んで帰れる、入りやすい店が少ないと思っていた。
自衛隊を退職してレインズインターナショナル(横浜市、牛角などを運営)に転職、そこで飲食における仕入れの重要さに気づき、青果市場や水産関係の会社で働きながら、独立資金をためた。そして、知り合いのつてをたどって「いこい」で修業をさせてもらったという流れです。1人で気軽に飲める店をやりたいという金子さんの思いと立ち飲み屋という業態がマッチしたんですね。
小口: 「いこい」さんは、もともと角打ち(かくうち)といって、酒屋で買ったお酒をそのまま飲める店。ディープな文化で、チェーン展開すると想像した人はいなかったのではないでしょうか。武蔵小山に1号店をオープンし、直営店を24店舗まで広げた段階で、トリドール傘下に入りましたが、その理由はさらなる多店舗展開を見据えてのことですよね。
池本: トリドールの社長が晩杯屋の業態を深くご理解されていたことも大きかった。個人的にも使っていただいていたようです。
小口: 池本さんは最初から晩杯屋での勤務ですか?
池本: 僕はもともとトリドールで営業の部長をしていまして、アクティブソースがグループに入ったときに、転籍して取締役として入社いたしました。飲むのが好きだったので白羽の矢が立ったのかもしれませんが。
小口: キャラ的にということですね(笑)。
池本: 僕も晩杯屋はよく使っていました。最後のほうはただ単純に好きだったから行っていただけですが、これで成り立っているということは、すごい業態だなと。
小口: プロの目から見ても晩杯屋のビジネスモデルは不思議だった?
池本: 計画的に食材を確保しているならすごいですし、その都度仕入れた食材でこの店舗数を回しているなら、それもまたすごいなと。「どうやっているんだろう」とはずっと思っていました。
人気のメニューでも仕入れが高くなれば消える
小口: 実際には、市場の仲卸さんとの信頼関係があって、安い食材をその都度仕入れることで実現できたと聞きました。市場から直接仕入れているからうまくて安いとうたっている飲食店は珍しくないと思いますが。
鈴木悠理さん(以下:鈴木): 鮮魚は、日本中から豊洲市場に集まります。地方の市場でたくさん水揚げがあっても、その市場で流通する量は決まっており、残りは豊洲に運ばれます。その後、大卸→仲卸と食材が分けられていきます。あくまで分けてもらうというスタンスです。
小口: 自分の欲しいものだけは買えない。
鈴木: はい。一方で居酒屋に来るお客さんに、「本まぐろが食べたければコハダを食べなきゃダメだよ」とは言えない。漁船は小売りや飲食店の注文に合わせて獲ってくれるわけではないので、どこかでダブつき続ける。仲卸が処理に困ってしまう魚が出ると、晩杯屋は値段も数量も仲卸の「おっしゃる通り」に買う。それで信頼を得ていって、どんどん良い品を分けてもらえるようになった。
小口: ここまで店舗数が増えても(現在49店舗)安定的に供給できるのでしょうか。
鈴木: 晩杯屋はグランドメニューがないことが特徴であり、強みです。つまり、どんな人気商品でもものがなければ終了で、無理して買って出したりはいたしません。
小口: 安く提供できなければ出さない。以前、「タモリ倶楽部」(テレビ朝日系)でタモリが晩杯屋のアジフライを絶賛したらしいですが、評判になったから定番化しなきゃというふうにはならないんですか。
鈴木: ならないです。話題にしてもらってありがたいんですけど、アジが高くなったらやめます。実際、撮影時に常連のお客様がご注文なさったメニューでも、放映日までに残念ながらメニューから無くなったものもありました。
小口: テレビに映るというのに(笑)。
鈴木: 最近ですと、人気メニューだった塩サバは、市場での価格が高騰しているため、なかなか仕入れられておりません。世の中の需要が高まり、価格が高騰すると、晩杯屋のメニューから無くなることもあります。逆に、旬で安くなった魚は新メニューとして加わる。また、きのこ類は年中採れますが、需要として増えるのは鍋物を食べるようになる秋から冬にかけて。ここで値段が上がってくる。逆に暑い時期は値段が下がるので、夏にきのこメニューを作ったりします。
小口: 市場の調整みたいな役割ですよね。食品ロスをなくすために貢献している。
鈴木: 一般的には、店舗側からの発注に合わせて商品は納品されるのですが、それとは別に、市場で安く手に入った食材があれば送り込むこともあります。店舗は売るしかない(笑)。すごくプロダクトアウトな商品ですが、だからこそ値段も安くできる。大特価で仕入れた商品なので、ボリュームもたっぷりで価格も安いので喜んでいただける。それに、晩杯屋は対面でサービスしているので、「今日は、いい○○が入りましたよ」とお客さんに直接おすすめができるんです。
小口: そのあたりはトリドール傘下でも変わらない。
鈴木: スピード感という強みは残していきたい。一方でその他のさまざまな食材は、トリドールグループ傘下になったことのメリットが非常に大きいです。
(写真/小口覺)