日清食品のキャラクターを悪魔にするなど、ユニークな企画で現在注目のクリエーター電通の尾上永晃氏。前編に引き続き、今回は尾上氏のクリエイターとしての原点に迫る。
閉店の張り紙には人生が込められている
小口: 渋谷駅の山手線ホームにあった「どん兵衛」が食べられる店「どんばれ屋」。あの閉店告知も尾上さんの仕事ですね。お店に掲げられたお知らせには、閉店の理由として「最近朝起きても疲れがとれなくなってきたので」とあり、これも意識低いテイストでした。さらに、店内にひっそりとヤカンと「お湯入れるだけでいいから楽だったのに……。」と書かれたメモが置かれ、これもネットでバズりました。あのヤカンは、最初から狙ってましたか?
尾上: 正直、あんなにうまくいくとは思っていませんでしたが、あれは狙っていました。賭けだったんですが、誰かが見つけてくれて広めてくれた。かかったお金は、かっぱ橋道具街で買ったヤカン代の5000円ぐらい。うまくいかなくても全然リスクがない。それが、広告換算で5000万円ぐらいになりました。
小口: 1万倍!
尾上: 僕は閉店広告が好きだったので、何かやらせてくださいとお願いして、ヤカンを置かせてもらった。
小口: 閉店広告というジャンルがあるんですか?
尾上: ジャンルというか、閉店するお店によく張り紙が貼られていますよね。あれにはすごく店主のキャラクターが表れるなと思っていて、以前から写真を撮りためていたんです。先日も、家の近くでやっていたあるお店が、「何十年間やってきて私はとても幸せでした」というようなことをとうとうと書いていて、グッときました。よく考えてみたらあの閉店広告って、長年かけてきたことを最後に終わらせるボディーコピー(広告の本文)で、グッっとくるはずなんです。そこで普通のことしか書いてないのを見ると腹が立ちます。だから店が終わるんだよって。
小口: (笑)
尾上: なので、「どんばれ屋」の閉店の話を聞いたときは、やるしかないなと。ああいうのが成功しちゃうと、もうなんかちゃんと広告やるのがバカらしくなってきますけど(笑)。もちろん、あれは長年あったお店がなくなるというエネルギーの差分を利用したからうまくいったわけです。
ちょっと怖いラブレター
小口: 閉店の張り紙を広告と考えたことはなかったですが、街のウォッチャーだったんですね。
尾上: 学生時代、宝島のVOW(※)とか好きで。ああいうものが気になっちゃう。今はSNSで全人類が、総VOW化してるじゃないですか。
小口: 投稿って昔は一部の人の趣味だったのが、SNSでほとんどの人が投稿するようになった。
尾上: みんなが常に面白いものを探しているような世の中になっている。アパレルブランドのディーゼル(DIESEL)が2018年カンヌで賞を取ったんですが、米国のマンハッタンにあるパチモノがよく売られているキャナル・ストリートに、「デイゼル(DEISEL)」って偽物の店を出したんです。店員には「本物です」って言わせるんですが、誰も信じない。
小口: そりゃそうです(笑)。
尾上: ところが、ファッションウィークでディーゼルが公式に(デイゼルはわれわれのショップだと)発表した途端、人が殺到して、「公式の偽物」をがんがん買っていった。バカにしているんですよね、人のことを。お前ら最初は偽物だと思って買わなかったのに、本物と分かったら買うんだ。本物ってなんなんだ、と。
小口: 実にアートっぽいですね。
尾上: そういうみんなが発見して面白いと言えるようなものは、広告ではないかもしれない。基本、広告って押すものですからね。あんばいがなかなか難しい。
小口: 尾上さんの手がける広告は、手紙に近いですね。
尾上: そうですね。手紙は効くんです。うまくいったのは、「どん二郎」のサイトです。
小口: 一応説明すると、「どん二郎」とは、「どん兵衛」に牛脂や野菜、ニンニクなどを入れて「ラーメン二郎」風にするもので、ネット上で拡散しました。
尾上: 「乗っかるしかないな」と思ったんですけど、また(「10分どん兵衛」のように)謝っても面白くないんで、今度は持ち上げようと思って、ラーメン二郎に対してどん兵衛がラブレターを書く形式にしました。女の子が書いたようなファンシーな手紙なんですが、よく読むと怖い。
小口: 思春期の女子が書きそうな文面です(笑)。
尾上: これも、どん兵衛のサイトにそっと置いておいて、何日かたってからツイートしようと考えていたのですが、その前に何者かが見つけてネットに広めちゃった。
小口: 発見される率が高い。
尾上: どん兵衛のときに思ったのは、広告はみんなに対して何かを言うものですけど、普通じゃない人が、特定の一人に対して告げているもののほうが面白い可能性がある。例えば「テラスハウス」みたいな番組で、誰かが告白するその瞬間にグッとくる。別に自分に言われているわけでもないのに、共感しますよね。広告もみんなに向けなくてもいいんじゃないかなと。
このときに参考にしたのは、「マツコの知らない世界」なんです。あの番組は、あるジャンルに異様に詳しい人がマツコに教えるのを、みんなが見て面白いという構造です。「どん二郎」のときも、二郎関係者じゃないと書けないような異様に詳しいネタを入れたんです。社内にラーメン二郎を題材に論文を書いて卒業した人間がいて、そいつをアサインして話を聞きながら一緒に作りました。
小口: SNSなんかでも、自己承認欲求で書く投稿よりも、好きな子に書くDMとかのほうが痛いかもしれないけど面白い。そうした特定の個人への指向性が広告でも面白いというわけですね。
尾上: そのほうキャラクター性が出ますからね。これも、2018年のカンヌで賞を取ったバーガーキングの事例なんですが、バーガーキングの投稿に毎回コメントつけてくるサリバンさんというおじさんがいて、その人を一番のファンと仮定し、バーガーキングはサリバンさん専用の店を作ったんです。専用席とか専用駐車場、専用ハンバーガーとかいろいろ作って、一人をもてなす映像を公開して、大きな話題を呼びました。
小口: これですね。言葉は全然分かりませんが。
小口: 無名でもエッジの効いた人は面白い。いや、無名だからこそ面白いのかもしれません。
尾上: 常にSNSに書くネタを探している人は多いので、話題にしたくなるようなものは喜ばれるんですね。
関連リンク
・どん兵衛「全部のせ」の衝撃、意外なものがリッチに
建築と広告のプロセスは似ている
小口: お話を聞いていると、いい意味でハッカー的ですね。ちょっとした工夫で最大の効果を得る。それは、小さい頃からの性分みたいなものですか?
尾上: どうなんだろう、「楽してうまくやろう」みたいのは、この会社に入ってからです。大学時代は建築をやっていたんですが、ずっと変なものばかり作っていたんですよね。建築学科の課題は、最初一戸建てから始まり、集合住宅、大きな複合施設というように、どんどんスケールが大きくなっていきます。学生はそれに応えていき、卒業制作はたいてい空港や都市を作るのですが、それに違和感がすごくあったんです。ずっと家を作ったっていいだろうと。
小口: でかけりゃ偉いのかと。
尾上: スケールが大きくなるにつれて、大味になってつまんなくなってくるし、創作的じゃないと思った。僕は学生のときに家具を自分で手作りしていたのですが、彼ら自分では家具ひとつ作れないじゃないか、という怒りもあったんです。
そこで僕の卒業制作は、パソコンを木枠の中に入れて、1/25、1/100……というようにスケールを書いた。イメージの中でパソコンがそのサイズに変わることで、住宅になり、さらにスケールを大きくすると複合施設になる。そうなるとパソコン内部の見方も違ってくる。例えばハードディスクは貯蔵庫なので、家では倉庫、複合施設だと博物館、都市だと歴史地区……というように。同じパソコンでもスケールを置くだけで色々違って見えるんです。
小口: パソコンを建築物にみなす。
尾上: これは皮肉でして。パソコンを使って設計はできても、実際に何も作れない連中に対しての皮肉だったんです。それまで真面目にやっていても、ヘンなもの作る人としか見られていなくて、その怒りが爆発して作ったのですが、それが褒められたりして、このやり方でいいんだと、そのとき分かった。
小口: ひと泡吹かせてやろうという気持ちが、仕事にも入ってくる。
尾上: 日清食品さんを担当することから、ひと泡吹かせてやろうに、さらに「楽しく」が入ってきた感じですね。じゃないと耐えられないっていうのもありますが(笑)。
小口: 建築の道へ行かないで電通に入られた理由は。
尾上: 建築で面白いことばかりしている将来が想像できなかった。かつ、問題のアプローチが建物だけである必要はないんじゃないか、そもそも建てなくてもいいじゃないかと思って。建築の道へ行くと建てなきゃいけないなと。
小口: まあ、建てないとお金になりませんからね。
尾上: そう思っているときに、この会社なら色々できそうだなと。広告と建築のプロセスは意外と似ています。クライアントや施主さんとのオリエンがあって、課題を解釈して、自分なりに提案する、それに対してクライアントや施主さんが修正して実行する。建築でやっていたやり方が、活用されています。建築から広告に来られる方は結構多いんですよ。
やらなくていい仕事が多すぎる
小口: 今後されたいことはありますか。
尾上: 池上線の1日無料乗り放題のときも思ったんですけど、外に向かって宣伝するのはお金もかかるし大変だけど、1日無料にするだけだったらそんなにコストをかけずに認知度を高めることができる。なるべく大変なことしないでうまくいく方法を見つけたいとは思っていますね。
小口: そこは根底にありそうですね。
尾上: 色々作るのは好きなんですけど、やらなくていい仕事が多すぎるとは思いますね。とりあえずこの時期にこのCM枠買っちゃったから作ってください、というような依頼が多い。なぜ枠を買うところからなんだよと。CMそのものも人気があるんだったら、それをずっと流していればいいのに、なぜ期間ごとに変えなきゃいけないのとか。予算が付くから使わなきゃいけない、作らなきゃいけないのは、僕らもあくせく働かされるし、良くはないんじゃないかな。
小口: すごくコスパがいいし、仕事に対する考え方が従来の広告代理店と違うのは、尾上さんの世代的なものも関係していそうですね。
尾上: 予算がいっぱいあった幸せな時代もかつてはありましたけど、幸いそういう時代じゃなかったので頑張ることができているのかもしれない。「予算あるからハワイに行くぞ!」という時代に対するアンチもある。お金のない時代に入社したので、従来の方法で彼らにかなうはずがない。あと20年は上の人たちが、おいしい仕事を手放さないでしょうし……。なので、こちらはお金かけないでやるしかない。それで喜ぶ人もいることですし。
小口: とはいえ、とんでもなく大きな予算の仕事が降ってきたらどうします?
尾上: そしたら、きちんと使って、期待以上の成果を出したいです(笑)。予算はやはり品質に直結しますし、なんでも安くできるっていうのも違うと思うので。
(写真/稲垣純也)
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2018年12月5日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています